52話「貴族と対峙②」

「では、こちらが提示する条件をお伝えしましょう。こちらが求める条件は一つ。『エルクス王国からヴォルクス皇国へと亡命を希望する民を全て認めて、こちらに引き渡す』。これがこちらが提示する条件になります」


 この要求は、キースがミサラにこの作戦を実行する中で、最終的に実現したいと伝えていたこと。

 捕虜になったロア達と共に皇国に脱出した兵士たち、あるいはキースの勧めで戦争中に皇国に降伏した兵士たち。

 この貴族達からの圧力でやむを得ず戦わされていたことなどを考慮し、ミサラは元王国兵士たちも受け入れるということをしてきている。

 ただ、兵士たちにはエルクス王国に残したままの家族がいて、自分の勧めで本人たちの命は助かっても、大切な家族を危険にさらしてしまっているという後悔がキースの中にあった。

 兵士たちが貴族に反感を抱いていたように、街で生活を営む民も厳しい労働と貧しい生活を強いられて反感を抱いていることは容易に想像がついていた。


「希望する全ての民の亡命を認めろだと!? 何と無茶苦茶な提案なんだ!」

「なんだ、不満でもあるのか? どうせ敗戦による内政状況の悪化で、そのしわ寄せが民に向かっており、不満を抱かれて毎日反乱を起こされてばかりなのだろう? 自分たちのことをよく思わないものを追い出し、慕ってくれるものだけで国を作っていけるではないか。足元についた火も消すことが出来る。その上、払えそうもない賠償金の問題も解決する。何と優しいキースの提案なのだろう!」

「……っ!」


 キースの出した条件に噛みついてきた貴族達だが、ミサラの指摘にグッと言葉に詰まってしまった。

 そもそも、キースが出した条件にすぐに大きな声で噛みついてきた辺り、民から反感を買われており、認めた瞬間多くの民が亡命してしまうという予想くらいは出来るらしい。


「う、受け入れましょう。あちらの言う通り連日のように民は反乱を起こし、資金源となる生産もままならず、むしろ他の物資を消耗してしまっています。賠償金の問題さえ解決すれば、今は何とかなります」

「そ、そうだ! 民がある程度この国に流れようが、こちらの元に付いている下の貴族どもは残るに違いない! 反乱の事しか考えていない血の気の多い奴らを放り出して解決を図るべきだ!」


 キースのことをずっと睨みつけている金髪小太りの男以外の貴族たちは、この条件を受け入れるべきとの考えを示し始めた。

 確かにこの上級貴族達の元に付いている下級~中級貴族たちは、民からも反感の目を向けられている。

 おそらくこれまで受けてきた上級貴族への恩や、自分たちはより皇国から恨まれているなどの心理が働いて亡命しないだろうとキースも考えている。

 なので、上級貴族の元に付いているものが離れないだろうという考えについては、なかなか良い判断が出来ている。


「うるさいうるさい! あんな貧乏な身分で、我々の何の力にもならなかったような男から、こんな偉そうな形で提示された条件を受け入れるなどあり得ぬわ! しかもそこにいる女どもは、一度捕虜にした奴らではないか! そんな奴らの前で、お前のようなむかつく男の条件を呑むなどと言う屈辱的なことはしたくないわ!!」


 いきなり指を指されたロアはびくりと体を震わせた。

 やはり、格好の切り札としつつ性欲のはけ口にしようとしていた女のことは忘れていなかったらしい。


「お前があの時にミスさえしなかったら、あの女どもを喰らいつくして皇国の士気をへし折ったはずなのに……! お前のせいで!!!」


 血走らせた目で、キースとロア達を交互に見ながら罵声を浴びせてくる。

 周りの貴族たちの意見を無視し、自らの感情だけで声を発している。


「も、もう許せん!」

「ネフェニー、待て!」


 我慢の限界を迎えたネフェニーが、常に持っている槍を握りしめて貴族に飛び掛かろうとしたが、動きを察知したレックがとっさに抱き留めようとした。

 だが、そんなネフェニーよりも先に貴族たちに向かって行った者がいた。


「クロエ!?」

「アポロ!?」


 キースとロアの後ろでそれぞれ待機していたクロエとアポロが、超低空飛行で貴族たちに猛スピードで向かい始めた。


「ド、ドラゴンだああ!」

「こ、こっちに向かって来るぞ!」


 そして、二匹は貴族たちの目の前で急ブレーキをかけて超至近距離で睨みつける。

 顔を真っ青にして、体を震わせる貴族たちへ更に二匹は自らの顔を近づけながら、ブオーといつもよりも大きく長い鼻息を漏らしている。


「「グオオオオオオオオオ!!!!」」


 一瞬の静かな間があった後、二匹は声をそろえてもの凄い咆哮をあげた。

 二匹の方向の衝撃波が至る所に伝わり、その咆哮をもろに浴びた貴族たちはその衝撃で軽く吹き飛ばされて、後ろに転倒した。

 クロエとアポロはいつもよりも恐ろしい目つきになり、鋭い歯をむき出し、口元から黒煙が上がっている。

 後ろに仰け反った貴族達との間合いを詰めるために、ゆっくりと一歩二匹は足を踏み出した。

 あまりの恐怖で腰が抜けてしまい、転倒した状態から動けなくなった貴族たちは這いずるようにしながら後ずさる。


「アポロがあんなに怒っている姿、初めてみました……」


 クロエとアポロは、自分の相棒が貶されていることを察知し、激しい怒りを感じているようだ。

 二匹がちょっと不機嫌になったところは見たことがあったが、本気で怒っている姿を始めてこの目で見ることになった。

 特に、もともと威圧感のあったクロエの怒っている目つきの恐ろしさは尋常ではなく、貴族たちが逃げ出さないように周り取り囲んでいる将兵達ですら、腰を抜かしてしまっている者までいる。


「た、助けてくれ……! このままでは食われてしまう!」

「心配するな。お前らのような奴を、その二匹が食いたいなどと思うわけがないだろうが。だが、このままだと尻尾で薙ぎ払われるか足で踏みつぶされる可能性は大いにあるな。ちなみに、どちらを喰らっても確実に即死だからな?」

「い、命の保証をすると書いていたではないか!」

「それは我らの意思であって、言葉を知らぬこやつらの意思ではない。それに、お前がこの二匹の主であるキースとロアを侮辱したためにこうなったのだ。自己責任としか言いようがないから、文句を言われる筋合いはないぞ」

「で、ではどうしたらいいのだ!?」

「先ほどの発言を撤回し、条件を受け入れてください。そうすれば、その二匹に落ち着くように説得します」

「くっ……!」


 これだけ詰め寄られてもまだ受け入れかねる様子を見せた金髪小太りの男に、クロエは目の前でついに巨大な足で思い切り地面を踏みつけた。

 男の隣には、クロエの大きな足跡が深々と出来上がった。


「分かった! 受け入れるから、おとなしくさせてくれ!!」

「だそうだ。キース、ロア。二匹を宥めてやってくれ」


 ミサラに促されて、キースとロアが二匹に声をかけるとこちらに向かってゆっくりと戻ってきた。

 そしてクロエはキースに頭を摺り寄せ、アポロはロアに頭を摺り寄せてきた。


「ありがとうね、クロエ」

「アポロ、本当にありがとう」


 すっかり二匹に恐ろしい思いをさせられた貴族たちは、クロエを懐かせているキースを信じられないという目で体を震わせながら見ている。


「よし、では交渉成立だな」

「ならば、我々は王国に戻っても良いということでしょうね?」

「そんなわけないだろう。交渉がまとまったからと言ってここでお前らを戻したら、こちらに亡命しないように圧をかけることぐらい分かっておる。こちらの部隊が直々に民の回収を終えるまで、お前らは拘束だ。最低限の生活環境は保証してやるが、今までのような豪華な生活など出来ると思ってくれるなよ?」

「そ、そんな……」


 クロエが残した大きな足跡の隣で、貴族たちが力なく項垂れた。


























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