51話「貴族と対峙①」
「はぁ……。只今、戻りました」
「ひとまず貴族たちは、こちらへ連行中でーす。順調であれば、あともう少しで到着するんじゃないかと思います」
しばらくすると、ため息をつきながらややぐったりとした様子のレックとミーシャが帰ってきた。
「任務ご苦労だったな。その反応からして、回収に手間取ったか?」
「何となく予想していましたけど、色々と言ってなかなか指示に従わなかったですね。イライラしましたけど、ここで何か手荒い行動をすると面倒なことになるので、無理やり馬車に押し込むわけにもいきませんでしたし」
「って言っても、最後は強引な感じで進めてなかった?」
「まぁそれは否定できないな」
「まぁああでもしないと、いつまでも駄々こねて話が進まなそうだったもんね」
「レックの様子でも十分に苦労したことは分かったが、話せばいつも喧嘩してばかりのお主たちの反応がぴったりと合っている時点で、面倒であったことはよく分かったぞ」
キースは貴族たちの性格を知っているので、あれこれ言ってなかなかこちらの指示に従わない様子は、話を聞いているだけでも容易に想像が出来る。
ただでさえ腹に据えかねるものがあるのに、そんな態度を取ってくるのだからネフェニーが回収に言っていたらそこで貴族たちの人生が終了していただろうな。
こういう状況の際に、最前線で冷静に動けるというレックの存在がいかに大きいかがよく分かる。
「失礼します! 先ほど、エルクス王国の貴族たちを乗せた馬車が帝都に入ったとの連絡が入りました! まもなく到着になるかと思われます」
レックとミーシャから回収時の話を色々と聞いていると、一人の将兵が駆け込んできて、貴族の到着が間近に迫っているとの報告が入ってきた。
「さて、いよいよか。そろそろ外で出迎えるための準備をしてやるとしよう。皆の者、行くぞ」
椅子からぴょんと立ち上がったミサラは、着ている服を自ら整えなおした。
そんなミサラの後に続いて、キースを始めとする皇国メンバーたちはアポロとクロエの待つ敷地に向かった。
「え、何かロアと一緒にいるドラゴン以外にもう一匹いるんですけど!?」
「ああ、そう言えばロアとルナ以外は知らないのだったな。我とロアが特に注目していた有望株だ。気難しい性格のドラゴンだが、キースがロアと一緒にいる際に手懐けてしまったのだよ」
「マジかよ……」
「私もロアに憧れて手懐けるのチャレンジしたけど、失敗しちゃったから羨ましいな」
知らなかったメンバーが驚いている姿を見て、クロエはまた満足そうに鼻息を鳴らしている。
「よし。我がざっとお主たちの配置を考えておいたから、その位置に並んでもらえるか?」
ミサラの指示で、誰が誰の横に並ぶかなどを伝えていく。
ネフェニーが我慢できなかった際に、すぐに止められるようにレックが隣に居られるようにして置いたり、ロアの隣にキースとミストが居られるようにしておくというものである。
「キース。お主の左隣にはロア、そして右隣には我がいるという形にするぞ? いかにお主を可愛がっておるか見せつけたいしな」
「分かりました」
一通りミサラの考えた配置に並びなおし、キースとロアの後ろにそれぞれクロエとアポロが待機するという形をとった。
「お知らせします! 貴族たちを乗せた馬車が、城前に到着しました!」
「ふむ。では、連れてこい。またぐちぐちと文句を言うだろうが、無視してそれなりに強引に連れてきて構わん」
「ははっ!」
報告に来た将兵は、ミサラの命令を受けて再び引き返していった。
「さて、キースよ。我が触れやすいように、少し屈んでくれんか?」
「は、はい! こ、こうでしょうか」
「ふむ、その高さなら届くな。キースよ、我にもっと近く寄ってくれ」
そのミサラの要求に応えてもっと近づくと、皇帝はキースの方に腕を回した。
「いきなりこんな光景が飛び込んで来たら、なかなかにやつらは驚くだろう。我がこんなことをする機会などまず無いのだから、喜ぶといいぞ?」
「は、はい……」
喜ぶといいと言われても、相手が皇帝であることと状況が状況なのでそう言うわけにはいかないのだが。
「もっと近くに寄れ。我の手ではお主の肩をしっかりとまわすことが出来ん」
そう言うと、ミサラはちょっと強引にキースをさらに寄せた。
外から見ると、側近と言う風に見えなくなっていそうなのだが。
「おい、もっと優しく扱え! この服は良い材質のものなのだから……!」
そんなことを思っていると、遂に将兵達が貴族たちを連行してきた。
キースが少し前まで見慣れた姿と、場所をわきまえない発言。
先ほどまで緊張感があったが、その姿をこうして見るとそれが一瞬でバカバカしくなってきてしまった。
他のメンバーも、呆れてため息をついているほどである。
「静かにせい!」
見かねたミサラが、貴族たちを一喝すると貴族たちは飛び上がって皇帝の方を向いた。
そしてその瞬間、ミサラに抱き込まれるキースの姿が貴族たちの視界に入った。
「キース……!? なぜお主が生きている!?」
あまりの驚きに貴族たちは、キースを指す手が震えている。
「お前らの方から質問できるような立場があると思うか?……と言いたいところだが、教えてやろう。我はお前らの無能さの中で、的確な指揮や行動を執ることの出来るキースがどうしても欲しくなったのだ。処刑でもしたと思ったか?」
「そ、それは……」
「真面目で優秀なキースは、我にとって可愛くて仕方がない。今や我の元で、お前ら以上に裕福な暮らしを提供しておる」
そう言いながら、ミサラがキースの頭を撫でている。
キースが貴族たちを見ると、悔しそうな顔をしながらこちらを睨みつけている。
「おい、キースにそんな顔を出来る立場だとでも思っているのか? こちらが提案したとはいえ、お前らはこのままだと賠償金が到底支払えない。このままでは、お前らはこちらが手を下す前にあの二国に攻め込まれて終わりだ」
「そ、そうだと分かっているなら、早くそちらが提示するという条件を聞かせて頂きたいな。そのために我らここに来た。そこにいるやつが、良い生活をしているということを聞きに来たわけではないぞ!」
ミサラに国内情勢を煽られたことに苛立ちを感じたのか、金髪小太りの貴族が声を荒げた。
先ほどの一喝には驚いていたものの、ミサラの見た目は幼い少女なので見慣れてくると怖さを感じなくなっているようだ。
すると、そんな態度を見かねたネフェニーがずかずかと文句を言った金髪の小太り貴族の元へと歩み寄った。
レックが慌てて止めようと後ろから追いかけようとしたが、ミサラが手でレックを制止させた。
「お前ら、自分が今どういう立場か分かってるのか! 卑怯な手を使い、我が部下を苦しめたにも関わらず責任は無いかのような振る舞いを行いおって!許せん!」
「や、止めろ……!」
ネフェニーは、小太り貴族の服の胸ぐらをつかんで軽く宙に浮かせた。
彼女の怒りから発せられる圧は恐ろしいものだが、小太りの男の胸ぐらをつかんで軽く宙に浮かせる力はとてつもないものである。
キースがロアの方を見ると、それほど表情は変えていないものの緊張感を帯びている。
そんなロアにアポロが頭を摺り寄せている。やはり、出来る男である。
「先ほども言ったが、自分たちの置かれている状況をよく考えた方が良い。我からは直接お前らに手を下すことはないが、ネフェニーは本気でお前らのことを消したいと思っているからな。ネフェニー、それぐらいにしておけ。怪我をさせるとより耳障りになるぞ」
「……次またそのような態度をとった場合、腕か足を吹き飛ばす」
ネフェニーは威圧感のある声でそう言い放つと、掴んでいた手を放して持ち場に戻った。
「では、そろそろこちらが提示する条件を話してやるとするか。それも、この案を考えた本人にな」
「考えた本人……?」
「まだ分からぬか。この作戦は、キースが考えてくれたものだ。お前らが不要だと感じ、処刑されるとあざ笑っていたこの男がな」
ミサラがそう言うと、再びキースの方を憎悪の目を向けてくるが、怯む要素などは何もない。
エルクス王国を支配する貴族たちにとって、誰の考えた案であろうと多額の賠償金問題を解決しないといけないのだから。
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