50話「当日の朝」

 ミサラがエルクス王国へ書面を送り、作戦の最終段階に入った次の日。

 キースは、いつもと同じような朝を迎えていた。


「いよいよ、あの貴族たちと再会することになるのか……」


 送った書面に対して、エルクス王国の貴族たちが受け取ってすぐに返答してきたため、数時間後にはミサラの元に届いていた。

 賠償金を支払う見込みが無く、この案を受け入れると同時にすぐにでも足を運んでくるとの予想を立てていた。

 その予想通り、貴族たちは明日にでも皇国側に迎えるとの意思を示したので、ルナとキースが策を練り合った場所でもあるエルクス王国とヴォルクス皇国との国境線にあるテルガウ平野に来るように通達した。

 国境線付近での貴族たちの回収はレック率いる鎧騎士部隊が行い、万が一の事態に備えるためにミーシャが率いる弓兵部隊がサポートに回る形になっている。

 そして貴族たちを馬車に乗せて、城まで連れてくるという計画を立てている。

 レックとミーシャは、貴族達よりも先に戻ってこられるようにロアが依頼した竜騎士たちに連れて行ってもらう手配が組まれている。

 その他のメンバーは、朝の集まりの時のようにミサラのもとに集まって貴族たちの到着を待つことになる。


 王国から帝都までロアに連れてきてもらった時のように、国境線から帝都まではドラゴンの飛行能力をもってしてもやや時間がかかる。

 そのため、舗装された道路を馬で全速力で飛ばしても、それなりに時間がかかる。

 ミサラによる嫌がらせで、貴族たちが国境線に来るように指定された時間がそれなりに早朝指定にはなっているが、まだ時間に余裕はある。

 レックとミーシャがすでに行動を開始していることや、各々気持ちを落ち着けてから集まるように言われているので、毎日ある朝の集合はない。

 だが、キースはいつも通りの時間にミサラの元へと向かうことにした。

 理由としては、いつもと流れが違うからと言って普段と異なることをするとより落ち着かなくなってしまいそうなのと、クロエの操作に慣れていないためである。


「じゃあ、そろそろ行こうか。クロエ」


 キースの言葉にクロエは軽くフンっと鼻息を鳴らすと、すぐに背中に乗れるような体勢を取った。

 クロエの背中に乗って、手綱ではなく自らの手で軽くポンポンと叩く。

 すると、クロエは体を起こしてそのまま真上に飛び上がった。

 そして、以前と同じように上空高くまで上がったところからゆっくりとしたスピードで手綱を引く方向に進み始めた。


「知らないところに行くときは、手綱じゃなくて自分の手で叩けばいいのかな?」


 城まではルナと一緒に歩いて向かうことが出来るくらいの距離なので、ここからクロエがそれなりのスピードで飛んでしまうと間違いなく通り過ぎてしまう。

 そのため、操作がうまくいかなくて焦ってクロエを自らの手で叩いた時の記憶から、軽く自らの手で叩くことで上空高くまで飛び上がって、ゆっくりと進んでくれるのではないかと考えた。

 そう考えた通り、クロエはあの時と同じような行動をとってくれている。

 そして、城の敷地に着地する際も屋敷に着陸させた時と同じ操作を行うと、すんなりクロエがキースの降りて欲しいポイントに着地した。


「こ、こんな操作でいいのかな……?」


 明らかにきちんと手綱を使いこなせていないのだが、この操作で一通りうまく言っている。

 前回は機嫌悪そうにしていたクロエも、今回はそこまで機嫌が悪くなっていないので、問題ないのかもしれない。


 ここまで連れてきてもらったお礼にクロエを撫でていると、ロアを乗せたアポロが颯爽とクロエの横に着地した。

 ゆっくりと着地させたキースと違い、やはり竜騎士らしく力強い操作が出来ている。


「キース様、おはようございます! クロエちゃんに乗って来たんですね!」

「うん。ロアみたいな操縦は出来ないけど、一応すんなりとここまで来ることは出来たよ」

「乗り始めてまだ間もないのに、クロエちゃんが把握出来ていない場所に問題なく来れているだけですごいと思いますよ!」

「クロエが優秀だからね」


 キースがそう言うと、クロエはフンっと鼻息を鳴らした。やっぱり言葉が分かっているような気がする。

 クロエとアポロを待機させて、キースとロアはミサラの待ついつもの部屋へと向かう。


「いよいよ、ですね」

「うん、そうだね。聞くべきじゃないかもしれないけど、大丈夫?」

「はい、大丈夫です!」


 キースですら、貴族たちと会うことに少し落ち着かなさを感じている。

 そのため、今になってロアの心理状態が大丈夫かつい尋ねてしまったが、ロアは笑顔で元気よく問題ないと口にした。


「「おはようございます」」

「うむ、おはよう」


 ミサラはすでに一昨日行った二国との交渉締結へ向かう際に着ていたような衣装に身を包んでいる。

 人前に出る際の正装ということだろう。


「お二人とも、おはようございます」


 ルナもすでに到着しており、いつもと変わらぬ姿を見せている。

 その一方で、静かにいつもよりも何倍も厳しい表情を見せている者がいる。


「ネフェニー、おはようございます」

「あ、ああ……。おはよう」


 今まで二人に気が付いていなかったのか、キースがネフェニーに声をかけると驚きながら挨拶を返した。

 そして、ロアの方を見て少し複雑そうな表情を見せると、さっとロアから目を逸らした。

 キースはそんなネフェニーの姿を見て、ロアの方へ振り向いた。

 ロアは、穏やかな表情を崩すことなくネフェニーの方へとゆっくりと歩み寄った。


「ネフェニー、おはようございます!」

「お、おはよう……」


 ロアがまさか歩み寄ってくるとは思っていなかったのか、声を掛けられた瞬間、ネフェニーは大きく飛び上がるくらい驚いていた。

 そして、目を逸らしたまま小さな声ではあったものの、挨拶を返してくれたことにロアは笑顔を浮かべた。

 そして、ネフェニーの厳しかった表情が大きな驚きが影響したとはいえ、少しだけ緩んだように見える。

 そんな二人のやり取りを見て、ミサラとルナが少しだけ安心したように小さなため息をついた。

 表には出さないものの、それだけみんなこの二人の関係性について気にかけている。


 小さい一歩ではあるが、少しだけ二人の関係性改善に向けて一歩を踏み出したことに少しだけ穏やかな雰囲気が流れた。

 キースはその中で、ミサラの元に近づいてある提案を行った。


「陛下、貴族たちを飛び出して話をする場所をドラゴンたちのいる敷地にしていただけませんでしょうか?」

「ロアをアポロの側に居られる状況にしておくということだな? 安心しろ、我もそのつもりだ」

「ありがとうございます」

「それに、この城の中に奴らを入れたくもないしな。更には、お主のドラゴンも見せつけることも出来そうだな。エルクス王国領土内には、ドラゴンは生息していないのだろう?」

「そうですね、間違いなく見たことないと思います」

「それにああいった連中は、人の力を軽く超えるような大型動物を特に怖がるだろうしな。ただでさえ、死んだと思った男が生きているのに、恐ろしいドラゴンまで相棒にしている。奴らはどんな顔をするのだろうな」


 クロエはドラゴン達の中でも、一際体が大きく視線も鋭い。そして、強いオーラを放っている。

 ドラゴンに興味があって、懐けたいと思う人を恐怖させるくらいの威圧感がある。

 ミサラの言う通り、貴族たちは動物や虫と言った生物をとことん嫌う。

 小さな非力な動物には、徹底した嫌悪感と排除を行おうとするし、大型動物には触れたこともない上に、自分では何も出来ない者たちなので恐怖で逃げ出したい気持ちになるに違いないだろう。


「おはようございます! って、遅かったですかね?」

「おはよう。いや、問題ないぞ」


 少ししてミストも合流し、待機組のメンバーも全員集結した。

 緊張感で普段よりもちょっとぎこちない会話を続けながら、一足先に帰ってくる予定の二人の到着を待つ。































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