49話「一方、エルクス王国では」
キースが皇国で充実した生活を送り始めている一方で、エルクス王国内は大混乱状態に陥っていた。
ヴォルクス皇国から要求された賠償内容が、貴族たちにとって何も腹が痛むものではなかったので、最初は胡坐をかいていた。
しかし、その後にペルガヤ連邦とトパード皇国から多額の賠償金を要求され、驚いた貴族たちは皇国の要求した賠償内容を持ち出して、二国に賠償要求内容としておかしいのではないかと敗戦国でありながら反発するという始末だった。
そんな貴族たちの態度に二国は怒りの声を上げ、賠償金が支払えないならこのまま領土を占領して行くと宣告された。
皇国側が分析したように、二国のこの宣告はあくまでも脅しだったのだが、そう言ったことを考えられるのような頭を持っていない貴族たちは慌てふためいた。
急いで発言を撤回した後、多額の賠償金を払うためにどうするかの話し合いが日々行われていた。
「どうだ、資金調達の方はちゃんと進んでいるか?」
「それが……。想定した額の4割ほどしか集まっていません……」
「なぜそんなことになっているんだ!」
「王国民は戦争による貧困や疲弊状態であるのに、さらに働かされていると反感を抱いております。工場、農場と言った主要産業地での反乱が起きているいるため、生産が進まないといった状況であります……」
しかし、自分の資産を失うことを出来るだけ避けたい貴族たちは、王国民をより厳しく働かせて今回の戦争に関係しなかった他国へ輸出出来る産物を増やそうとしたり、自分たちの派閥に付いている中級から下級貴族達からの資金徴収を強要するありさまであった。
下級~中級貴族たちは、こう言った国を牛耳る上級貴族達に媚びへつらって今の立場にまでなった者も多く、逆らうことは許されない状態であった。
かといって普通の王国民からは貴族扱いされ、反発を抱かれてしまう。
そんな圧の板挟みにあっている貴族達からの資金調達はそれなりに進んでいたのだが、王国民は従うことなく至る所で反乱が起きていた。
貴族側に付いている兵士と、王国民と共に反乱を起こした兵士との衝突も起きて、さらに混乱を極める有様であった。
そしてこの治安の悪化に呼応するようにならず者が増え、悪循環に陥っている。
「あら、そちら側は資金調達がうまく進んでいないようですね?」
「うるさい! お前の方も、担当している地域からの生産報告が無いではないか!」
「別にそれでも良いでしょう。私はこれまでに恩をかけてやった下級貴族たちが居ますからね。足りない分はさらにそこから搾り取ればいいだけです。あなたはその辺りの人望が少ないようですね?」
更に、上は上で国を牛耳る貴族たちの中で、いかに身を切らずに周りよりも資金調達が出来るかという争いが起きている。
ここでどれだけ自分たちの影響力があるか、資金調達の結果で分かってしまう。
少しでも何か劣っているところがあれば、今の立ち位置に割って入ってこようとする相手が居ることを貴族たちは知っている。
なので、そう言った面も下に付いている貴族や王国民への圧をさらに強くしていた。
ただ、どんなに争い合ったところでどの貴族も満足に資金が集められているわけではなかった。
このままでは要求されている賠償額に到底満たないことを、貴族たちも口に出すと腰抜けだと思われるために発言こそしないが、少しずつ感じ始めていた。
そうなると、自分の持っている資産を使って払わなければならない。
だが、自分の武器はその資産だということは当然分かっている。
失えば、自分の元から実力のある兵士たちがどんどん離れていく。あるいは歯向かわれる可能性がある。
そうなってしまうと、特に間違いなく命が無い。
これまでに培ってきたものが全て無くなり、自らを守る手段を失う。
身近なところに強力な敵を増やすことになる。
「し、失礼します! ヴォルクス皇国から書類が届きました! 皇国側から、必ず返信せよとの申しつけもありました!」
目の前に降りかかる問題に頭を悩ませる貴族たちの元に、一人の兵士が駆け込んできて書類を差し出した。
「皇国からだと!? もう要求内容であった役立たずのあの男を渡して、あの国から受け取ったという書面も来たではないか!」
手紙を急いで持ってきたのに、余裕のない貴族たちに怒鳴られて兵士は委縮してしまった。
その兵士から手紙をひったくると、乱暴な手つきで折りたたまれた書類を開いて読み始めた。
―エルクス王国代表宛
先日も申し上げたが、賠償要求に受け入れてもらい重ね重ね感謝する。
おそらくそちらの国では、ペルガヤ連邦とトパード皇国からの多額の賠償金に苦しんでおられるのではないかと思われる。
そこで、こちらが新たに提示する要求を呑むのであれば、あの二国の賠償金をこちらが肩代わりする。
内容についてだが、そなたたちに実際に皇国に足を運んでもらったところでお伝えする。そなたたちの命などを要求するものではないことだけはお伝えしておく。
こちらの提案を受け入れるかどうかという旨に加え、受け入れる場合はいつこちらに足を運ぶかも詳細に記載して返信せよ。
自らの資産と地位を守りたいのなら、冷静に検討することをお勧めする。
一人の貴族が声に出して読み上げていったところ、聞いていた貴族たちも最初は興味無さそうにしていたが、賠償金を肩代わりするという言葉が聞こえた瞬間に全員が体を起こして反応した。
そして書類を読み上げている貴族の元に近づいて、書面を覗き込んで自ら内容を確認している。
「賠償金を肩代わりだと……!?」
「皇国め、何を企んでいるのだ……?」
「皇国の提示する要求とは一体、何だ……?」
書面を読み終えて、貴族たちは各々思ったことを口にする。
ただ、心の中では「賠償金を肩代わりする」という言葉に引き付けられつつあった。
今、何よりも解決したい問題で、それさえ解決できれば自分たちの身の安全がひとまず確保することが出来る。
それに相手は殺さないことを明言している。
「よ、要求内容がとんでもないものであった場合でも、あちらに居れば逃げ出すことも出来ないではないか!」
「よく読んでください。命だけでなく、『資産や地位を守りたいのであれば……』という文があります。つまり、我々が絶対に死守すべき自分の命・資産・地位を奪うつもりではない、ということでしょう」
一人の貴族が自分は冷静に書類を読めていると言わんばかりに、得意そうに考えたことを口にした。
「こ、この書類の内容が嘘だった場合、どうするのだ?」
「どの国もが一目置くような大国の主が、わざわざ嘘の書類で私たちをおびき出すのですか? 周りの国の目もありますし、そんな野蛮なことをするとはとても思えませんがねぇ」
この書面一枚では、色々と信じ切れないことや疑わざるを得ないことがあり、各々気になることやそうなって欲しいという願望をひたすら言い合った。
しかし、このままではどうやっても賠償金が払えないのは紛れもない事実。
この書類の提案に乗らなかった場合、確実に自分の資産を賠償金として差し出して地位を失ってしまうか、領土を奪われて常に自分たちの命が危ない状態になる。
この書類を読んで色々と考えた結果、貴族たちは皇帝からの提案に乗るしか自分の身を守る可能性が無くなっていることに気が付き始めた。
そして貴族たちはなかなかまとまることの無い長い話の末、遂にヴォルクス皇国からの提案を受け入れるとの意を示す書面をしたためた。
それが、数日前に要らない存在とあっさりと皇国に渡した人物の考えた作戦に、面白いようにハマってしまっているとも知らずに。
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