48話「皇帝から改めて」

 ミストと話を終えたキースに、今度はロアが近付いてきた。


「キース様、クロエちゃんを連れてきても良いように打ち合わせを行いましたので、明日以降はクロエちゃんに乗っていただいて問題ありませんよ」

「うん、ありがとう」

「実際に、クロエちゃんに乗ってみた感想はいかがですか?」

「自分の操作が下手すぎて機嫌は悪くなったけど、そのことも踏まえて色々とカバーして動いてくれてた。今のところは何とかなってるかな?」

「やっぱり相当出来る子のようですね。そのお話から考えると、クロエちゃんは一度向かったところは完全に把握することでしょう。キース様の操作が慣れる前に、クロエちゃんが自ら動くようになっているかもしれませんね」


 ロアはちょっと冗談っぽく言ったが、割と本気でそうなるような気がする。

 自分の屋敷、城、各訓練場と、今のところ行き先はそれぐらいしかない。

 これから増えることが予想されるが、クロエなら方角と飛ぶ距離で先にどこに向かっているか理解してしまいそうだ。


「クロエは嫌がるかもしれないけど、それなりに乗る練習はしておいた方が良いな」

「クロエちゃんに任せても不便はないかもしれませんが、息が合うともっと自由に空で動き回れるでしょうからね。機嫌のいい時を見つけて練習に付き合ってもらうのも良いかもしれませんね」

「機嫌良い時か……」


 普段からツンツンしてて、機嫌が良い時がなかなか無いので結構難しい問題かもしれない。

 ご機嫌になってもらうためには、また昨晩のように一緒に寝るぐらいしか思いつかない。

 操縦スキルは磨きたいが、あの暑い中でずっと寝るのは少し厳しい気がするのだが。


「相棒の性格やご機嫌を把握することは、竜使いとして絶対に必要になってきますから頑張ってください!」

「うん」

「では、私も任務に向かいます。クロエちゃん用の餌をお願いしてきます!」


 そう言いながら、ロアも城から駆け出して行った。

 メンバーたちがそれぞれいつもの持ち場へと散っていったことで、残っているのは今日の予定がフリーになったキースと、書類をしたためるミサラだけになった。


「ん? 今日はミストの元へ行かんのか?」

「ミストからこの件が落ち着いてからが良いと申し出がありまして」

「確かにそれはそうだな。ということは、お主は今日予定なしになったということか?」

「そうですね、今日は予定が無くなりましたね」

「そうか。なら、我にちょっと付き合ってくれんか? と言っても、話をするだけなのだが」

「はい、喜んで」

「では、その辺の空いている椅子にでも座ってくれ」


 ミサラに促されて、キースは近くにあった椅子に腰かけた。


「こちらに来てすぐ色々な話を持ち掛けている立場で聞くのもどうかと思うが、ここでの生活はどうだ? 少しは慣れてくれたか?」

「そうですね。ただ、毎日のようにこれまで経験したことの無いようなことを経験していますが」

「昨日はいきなりドラゴンを懐かせたというし、それもそうだろうな。ロアも驚いていたが、ドラゴンが人と寝たがるなんてことは聞いたことが無いしな」


 また女性関係についての話が飛んでくるかと思ったが、思ったよりも真面目な話。

 今までこうして皇帝と二人で話になると、作戦面ぐらいでしか真面目な話をしなかったので、ちょっと違和感がある。


「毎日色々なことがありますが、全てエルクス王国では絶対に経験出来なかったことです。なので、陛下に引き抜いていただけて良かったと改めて思います」

「そうか。お主がこちらに来て生活し始めて、こういうことは全然聞いてなかったからな」

「陛下とは、これまで作戦の話と女性の話をずっとしていましたからね」

「お主を見ると、ついついそちらばかりに気になってしまうからな」


 ミサラは少しだけ笑ったが、筆を持つ手は一切止まることが無い。


「キースよ」

「はい、何でしょうか?」

「我はこれまでの経験を持って、お主を引き抜くべきと迷いなく引き抜いた。こうして数日間過ごしただけだが、その選択は他のどんな選択よりも良いものであったと心から思うぞ」

「……」

「ロアとミストを救ったところから始まり、レックにとっての同姓という心を支える良き友になる。そして、一人で頭を使う立場を担い続けてきたルナにとっての良い理解者になる。ミーシャも、お主の今の境遇に親近感を感じているようだしな。そして、ネフェニーとロアの関係を今度は救おうとしている。たった数日間でお主はこれだけのことを成し遂げているのだ。改めてお主はとんでもない男だよ」

「じ、自分は何もしていませんが……」

「無自覚なのか。だとしたら、もっととんでもないのかもしれんな。ロアに関しては、二回目の救いの手を差し出したことになるのだからな」


 確かに、ロアとミストを一度は救った。

 でもそれは、個人的に苛立ちを感じて貴族達への嫌がらせとして行ったもの。

 当時はあの二人のことを思って行ったことではないし、今回のロアとネフェニーの件だって本当に問題解決に向かうとは限らない。

 そのため、皇帝からの言葉には何か居心地も悪さを感じる。


「そんな顔をするな。もちろんこれまでの話を聞いた以上、ロアとミストを救ったのはあの二人を思う気持ちからではなかったことぐらいは分かっておる。あの時のお主の立場なら、周りの者のことを考える理由が無いだろうしな」

「ご、ご存じだったのですね……」

「人を見る力なら、周りよりも自信がある。それに、お主は分かりやすいからな」

「こ、これまでも色々と見抜かれてましたものね……」

「分かりやすいからこそ、お主があの二人を救ったことを称賛されるたびにばつの悪そうな顔をしていることも分かった。本当なら、もっと結果に乗じて大きな顔をしても良いのにな」

「……」

「だが、お主は常にその時の自分のことを考えて驕ろうとしない。そんな姿勢が、またロアを救う機会を作ったと我は考えておる。物事を成功に導く者は、その成功に必要なものを持っている。そして、何度も成功を成し遂げるものだと思っているからな」


 書面を書き終えて、筆をおいたミサラはゆっくりとキースの方に振り向いた。


「お主は色んなものを繋ぎ、より大きな成功へと導くものを持っておる。自信を持て、キースよ! あの一番優れているが、気難しいドラゴンですら惹かれるほどだぞ? ドラゴンは我らが感じ取れぬような感覚を持っておることだしな!」


 ミサラはそう言うと、キースの背中をバンバンと少し強めに叩いてきた。


「自分なんかが、自信を持っても良いのでしょうか?」

「当たり前だ。むしろ自信を持ってくれないと困る。威張り散らしても周りが文句を言えないレベルの者しかここにはおらんのだから。それに、貴族の前ではお主の価値を見せつけなければならん。あやつらにまた馬鹿にされるわけにはいかぬだろう?」

「それもそうですね」

「よし、その目だ」


 ミサラは満足そうに頷き、書面を折りたたんで送る準備を始めた。


「しかし、お主は自分に対して常に否定的だのぉ」

「まぁ、貴族たちに色々と言われ続けて来ましたらね」

「まぁ奴らにも問題はあるが、やはりお主がロア達をすぐに抱いておけばちょっとは男としての自信がついて、自分に対してもう少し肯定的になっただろうに……」


 皇帝による非常にありがたい話だったのだが、やはりいつもの話に戻ってしまった。




























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