43話「初めての約束」

「アポロ、まだ頑張ってますかね?」

「さっきまでは色々と動いてアピールしてたみたいだけど……。今はクロエちゃんと同じ体勢になっているみたいだね」


 いつの間にかアポロは、地面に顎を置いてクロエと同じような体勢になっている。

 もう心が折れて諦めてしまったのか、それともクロエと同じ体勢になって何かを感じ取ろうとしているのか。

 なお、クロエはあの体勢から微動だにしていない。


「でも、クロエちゃんがどこかにそっぽ向いたり怒ったりしていないので、感触としては悪くないような気もしますね」

「クロエの性格なら、嫌だったら怒ってすぐ終わらせそうだもんなぁ」

「ドラゴン同士の相性もまだよく分かってませんからね。あんまり仲が良くなさそうに見えていたのに、急にくっついて卵を産むって言う例もありますし。その辺りがもっと分かってくれば、私たちとの関係性構築ももっとうまく進んでいきそうですけどね」


 人の世界でも、喧嘩ばっかりしていた二人がくっついたり、周りからは痴話喧嘩にしか見えなかったりする場合はよくある。

 やっぱり迫力のある見た目が影響していることや、言語を使っていないのでこちらで理解できる範囲に限界がある。

 もしかすると、ドラゴンの世界の中でも人間のような関わり方があるのかもしれない。


「そろそろ二匹の元へ行きましょうか。見る限り、アポロのアピール手段が無くなってしまったようですし。これまでこんな長時間一緒に居たこともなかったと思いますので、クロエちゃんが怒ってしまうこともありますからね」

「そうだね。ロアの目から見て悪くない感じなら、その状態をキープして次の機会を設けてあげたいしね」


 ロアのそんな提案にキースが頷くと、彼女は抱き寄せられたキースの元から離れようとした。


 それなりに腹を割った話をして、それなりにロアとの雰囲気も悪くない。

 ロアが悩んでいる話を出しにするようでちょっと悪い気もするが、こういう時にもっと接していく方が、関係性を深めることに繋がるのではないだろうか。

 ここですんなりとロアは放してしまったら、また誘うタイミングをつかみ損ねて未遂に終わってしまう。

 アポロ達と合流した後では、おそらく誘うタイミングが見つからずに不発に終わる可能性が高くなる。

 明日の朝、ウキウキで皇帝が尋ねてきて話を聞いた後、呆れたような顔でため息をする光景までが容易に想像出来る。


「あ、あのさ!」

「はい、何でしょう?」

「今日の夜、良かったらうちに来ない?」


 アポロの元に行く前のロアに、思い切って誘ってみた。

 それを聞いて、彼女は顔をバッと赤くした。

 赤くなった頬に手を当てながら、何やら彼女は小声でつぶやきながら何かを考えている。


「とても嬉しいですし、喜んでお伺いしたいのですが……。クロエちゃんと関係性を構築して最初の日ですので、クロエちゃんと一緒に過ごしてあげてください」

「そ、そうだよね!」


 反応的に行けるのではないと思ったが、さらっと躱されてしまった。


「でも、誘ってくれて嬉しいです。あの……。キース様が、女性をこうして誘ったのは私が初めて……でしょうか?」

「そ、そうだけど?」

「そ、そうでしたか!」


 結構ショックを受けているキースに対して、ロアはかなり嬉しそうな顔をしている。


「な、何かごめんね?」

「いえ、本当にうれしかったのでそんな顔をしないでください……! 次の機会には、必ずキース様とその……準備しておきますので!」

「う、うん」


 やはり、最初に屋敷で一緒になった時の失敗が影響している。

 この場をやり過ごすための言葉なのだろうと思いながら、キースは話を聞いていた。

 しかし、ロアはそんなキースの元に近づいてきて赤い顔をさらに赤くしながら、思い切ってキースの頬にキスをしてきた。


「これが私の気持ちです。ここではこれぐらいしか出来ませんが……」

「わ、分かった……」


 彼女のまさかの行動に、キースは思考が追い付かずにただ頷くしかなかった。


「あっ! 私とするまで誰ともそういうことをしたら……ダメですからね?」


 顔を赤くしながらも、ロアは笑顔でキースにそう言って来た。

 彼女がキースに、ちょっとだけ軽い雰囲気でしてきた初めてお願いだった。


「分かった。約束する」

「ありがとうございます」


 そのロアが可愛らしすぎて、すぐにその要望を受け入れた。


「さて、行きましょう。アポロとクロエちゃんがこっち見てますよ?」

「……すごい視線でこっち見てない?」


 ロアに言われて二匹の方を見ると、二匹とも目を開けてこちらをじっと見ていた。

 二匹と目が合うと、二匹は同時にフーンと鼻息を鳴らした。

『我々を忘れていないか?』と不満なのだろうか。


 その後、二匹と合流して竜騎士訓練場の敷地内に建てられたドラゴンの餌を管理する場所で、餌が直接運ばれるようになるまでの必要分をロアから分けてもらった。


「言うまでもないと思いますが、餌はキース様自身で出してあげてくださいね」

「うん、もちろん。色々とありがとう」

「こちらこそです。私の悩みも色々と解決に向けて進みそうですから。キース様に色々と打ち明けて良かったと、心から思います」

「何かあったら、何でも相談してね」

「はい!」

「じゃあ、屋敷に戻るね。……今度は、ロアも一緒にね?」

「……はい、もちろん」


 ちょっとロアといい雰囲気でしゃべっていたら、アポロとクロエから同時に強烈な鼻息を浴びせられた。

 クロエはまだ、相棒をもっと大事にしろと怒られてもしかながないが、なぜアポロまで怒っているのか。


「クロエちゃんに、手綱と鞍を着けますね。手綱で軽くたたくと、飛び上がったり着陸を行います。そのほか、手綱を引いたり緩めたりすることでスピードをコントロールすることが出来ます」

「なるほど、目的地にしっかりと着陸するのって結構難しかったりする?」

「そうですね。こうした広大な土地に着陸するなら、着陸ポイントをそれほど気にしなくても良いですが、屋敷の庭など広さが限られているところにピンポイントで着陸するのは、なかなか難易度が高いかもしれませんね。ただ、クロエちゃんなら色々と察して難なくこなしてしまいそうな気もしますけども」


 ロアが手慣れた手つきでクロエに鞍と手綱を着けていく。

 それを受けているクロエの姿を見ると、ロアにもかなり心を許しているように見える。

 クロエに乗る準備を整えてもらうと、早速クロエの背中に乗ってみた。

 アポロに乗っていた時は操縦者でもなかったので、また見える景色が違う。


「じゃあ、このままクロエと屋敷に戻るね」

「はい! 本日はお疲れ様でした」

「本当にありがとう。楽しかった。また明日ね」


 ロアとアポロに別れを告げてから、手に取っていた手綱で軽くクロエを叩くと、もうのすごい勢いで飛び上がった。

 一気に上空高くまで来たところで、進んで欲しい方向に手綱を引くとものすごいスピードでその方向に向かって進み始めた。




























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