39話「過去の経験を基に…」

 碧色のドラゴンに向かって一歩を踏み出すと、すぐにこちらの動きに気が付いたのか、こちらを向いた。

 アポロの何倍もの圧がありそうな鋭い視線が目に入った瞬間、こちらの足が竦みそうになる。

 この第一印象では、残念ながら全く歓迎されているようには思えない。


(こういう時は、視線を逸らさないようにした方が良いような気がするぞ……)


 一度目を逸らしたのに近づくような奴に対して、人であるとかないとか関係なく、不信感を感じることだろう。

 目が合ってしまった以上、怖い視線にも動じずにゆっくりと近づくしかない。

 また何歩か歩みを進めたが、こちらをじっとみるだけで動きを見せることはない。

 ただ、かなりの巨体から発せられるあの圧倒的なオーラで、微動だにせずにこちらをにらみ続けている姿はかなり怖い。


(あのボロボロの家で、ネズミたちや虫たちと一緒に過ごした時間を思い出せ……!)


 エルクス王国では、王都から離れた自然豊かな場所にあるボロボロの家で、キースは過ごしていた。

 そんな条件下のため、家の中にネズミなどの小動物や虫が侵入することなどざらにある。

 最初の頃は、家の中を我が物顔で走り回る姿に苛立ちを感じて、ただただ一生懸命追い払うだけの相手だった。

 しかし、貴族たちの相手に疲弊している時にふと見ると、何やらこちらをじっと見つめる姿に、心を動かされてしまった。

 その頃から、食べ物を少しずつ分け与えたりして、通じるわけもない貴族達への愚痴をただひたすら伝えるということをしていた。

 冷静に今考えると、かなりしんどすぎて病んでいたとしか思えない行動だが、その時に得た力を生かせる時が来た。


(相手がドラゴンだから、威圧感があるけど……。あの視線はまだ歩み寄ることが出来そうな気がする……!)


 人は表情や口調などで、すぐに相手がどういう感情であったり、考えを持っているかを読むことが出来る。

 だが、動物たちはそこまで大きく表情を変えたりしないし、言葉もしゃべらないのでこちらがどんな風に思われているか判断がしにくい。

 だが、キースはエルクス王国の孤独な生活の中で、動物相手でも目つきで何を考えているか、大体のイメージが付けることが出来る。

 エルクス王国に居た頃に小動物と関わっていた時も、食べ物が欲しいのか単純に探検しに来ているのか、観察し続けると大体分かるようになってきた。

 ……ただ、こんな大型動物相手にこんなに見つめ合って感情を読み取るなんてしたことないので、この経験が通用するかどうかは謎だが。


「ガルル……!」


 更に歩みを進めると、碧色のドラゴンはちょっとだけ牙を剝きながら、少し唸り声をあげた。

 それと同時に、大きな足をゆっくりと動かした。

 そのしぐさに対する驚きで飛び上がりそうになるが、それでも視線は逸らさない。

 相変わらず目つきは鋭いが、こちらが歩み寄ったことに対して何か感情の変化が起きているように見えない。

 先ほどの威嚇のように見える行為は、こちらを試しているようにキースからは見えていた。

 ただ、迫力は相当なもの。気軽に挑戦した人は、おそらくこの辺りで断念したに違いない。


 感情を無にして、視線から相手の感情読み取ることに集中しながらも、前へと歩みを進める足を止めない。

 更に前へと進んで行くが、先ほどの威嚇のような動きを見せることはなく、再びじっとこちらを見つめている。


(視線の刺々しさが無くなってきた……?)


 もう何分も視線を合わせているので、だんだんと圧のある目つきに慣れてきたせいだろうか。

 キースは、ドラゴンから感じる視線に変化があるように感じ始めていた。


(アポロの恋も懸かっているから、もう少し慎重に行くしかない……!)


 キースはもう一度気持ちを入れなおして、足を進めようとした時だった。


「フンッ!」


 碧色のドラゴンは一度目を瞬きさせた後、鼻息を鳴らした。

 それは、先ほどまでアポロから聞いたものと同じ。

 アポロの場合は、あの鼻息をしていると機嫌がいいという指標だと判明したが、他のドラゴンも同じなのかは分からない。

 ただ、ずっと視線が合っていた状態をあちら側から外し、こちらに対して攻撃的な姿勢を相変わらず見せるということをしてこない。


(ここは一気に行くべきかもしれない!)


 そう考えたキースは、先ほどまでのゆっくりとした足取りから少しだけ歩みのスピードを進めて一気に距離を詰めた。

 いつかやっぱり怒り始めてしまうのでは?という不安と戦いながら、どんどん進んで遂にドラゴンに触れられる位置にまで来た。


(距離は詰められたけど、ここからどうすればよいのだろうか……?)


 ロアとアポロが関係性を構築できた時の話を、もっと詳しく聞いておくべきだったと後悔した。

 ここからどうなれば関係性が構築できたと判断出来るのか、そしてそもそもここからどうやってさらに歩み寄ればいいのか分からないのだが。

 せっかくここまで歩み寄るところまで来たのに、この後の手順が分からなくて失敗するなんて、悔いがかなり残りそうなのだが。


「グルル……」


 隣にまで来て次の行動に悩むという、よく分からない動きをしてしまっているキースに、碧色のドラゴンは大きな頭を擦り付けてきた。

 思わぬ行動にびっくりしつつも、摺り寄せてくる頭を手で撫でてみた。

 特に嫌がることもなく、それを受け入れている。


「こ、これはうまくいっているといると思っていいのかな?」


 全く何も分かっておらず、困惑しているキースの元にロアが駆け寄ってきた。


「キース様、すごいです! この子をこんな簡単に手懐けてしまうとは!」

「こ、これはもう成功してるって言っても大丈夫なのかな?」

「もちろんですよ! ドラゴンたちが怒ってしまうと、相手にものすごい咆哮を浴びせた後、どこかへと飛んでいってしまうので」

「そ、そうなのね。そのあたりの流れがよく分かってなかったからさ」

「様々な方が挑戦して叶わなかったこの子との関係性の構築なので、大きな驚きを感じてしまっているのですが……!」

「あの頃のネズミや虫たちとのコミュニケーションは、無駄じゃなかったな……」

「ネズミや虫たち……ですか?」

「あ、いや。何でもないよ? これで、ちょっとはアポロがこの子と接触できる時間が増えるんじゃないかな!?」


 ロアが不思議そうな顔をしているが、この話を具体的に話をしてしまうとロアから引かれそうな気がしたので、誤魔化した。


「そうですね! アポロのことを考えてくださり、本当にありがとうございます!」

「ううん、いきなり触ろうとした自分を受け入れてくれたからね」


 そんなアポロはロアに付いてくることなく、遠くで未だにもじもじしている。


「もうこの子は、自分に付いてきてくれるようになるの?」

「はい! 勿論ついてきてくれますし、背中にもすぐに載せてくれると思いますよ。頭を擦り付けているあたり、相当お気に召しているようですからね」


 先ほどまでの刺々しさはなく、ずっと頭を擦り付けてきている。

 どの時点からここまで一気に好感度が上がったのか、キースからすれば全く分かっていないが。


「この子のお名前はどうされます?」

「そ、そうだな……。女の子なんだよね?」

「そうですね、女の子になりますね」


 完全にダメもとでの挑戦だったので、こうなった時にどうするか全く考えてなかった。

 雌であることをロアに確認したら、後ろからちょっと強めに頭突きをされてしまった。

 振り返ると、最初に視線を交わした時のような鋭さでこちらを見下している。

 相棒にしているのに、性別もちゃんと把握できていないことに怒っているようだ。


「名前は……クロエなんてどうだろう?」


 色々と女の子に付けられそうな名前を考えた結果、パッと頭の中に浮かんだこの名前を伝えてみた。

 すると、再びフンッと鼻息を鳴らして頭を摺り寄せてきた。


「どうやら、気に入ったみたいですね!」

「良かった! よろしくな、クロエ」


 一人身であることに寂しい思いをしていたキースの元に、ドラゴンの相棒が加わることになった。





































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