38話「ドラゴン」

 竜騎士の訓練場は、帝都からかなり離れた広大な平野に設けられた場所にある。

 巨大な敷地の中で、ドラゴンと兵士たちが点々としており、それぞれの課題に向かって訓練をしている。


「まだ竜騎士は結成されてそれほど時間も経過していないので、兵士の数としては少ないです。ただ、ドラゴンを懐かせることが出来れば、竜騎士としての適性があることが認められます」

「まずはドラゴンに認めてもらえないと、話が始まらないってところだね?」

「そういうことになりますね。ドラゴンにさえ乗ることが出来るようになれば、竜騎士として魔法以外の得意武器で戦うことが出来ます。そのほかにも、竜騎士にはならずにその他の用途で、ドラゴンの力を借りている方もおられますね」

「ちなみに、自分もドラゴンを懐かせられるかどうかって挑戦したりすることって出来るの?」

「もちろん出来ますよ! ただ、先ほども言ったようにドラゴンはとても気難しい性格です。なので、全く懐かせられないという人もかなりいるのが現状です。これでも、卵から育てて人にある程度慣らしてはいるんですけどね……」


 ロアとアポロの関係性は見ている限り、かなり築かれているように見えているが、それでもロアがアポロの機嫌を気にする言葉が見られていた。

 懐けば竜騎士としての適正が認められる以上、歩み寄ることが相当難しいということだろう。


「ちなみに、ドラゴン達はどこにいるの?」

「この訓練場の近くに、ドラゴンを飼育している広大な敷地があります。そこで放し飼いにしています」

「自由に飛べるし、放し飼いにしていてどこかに行ったりしないの?」

「生まれた頃から、ずっとこの辺で生活していますから大丈夫です。険しい山や森などで生活するよりも、ここの整備された環境から出て行こうとはしませんからね。それと、すごく良い餌あげているので、それが一番大きいかと」

「ドラゴンも、快適な環境を知ると離れなくなってしまうってことか」

「知能も高いですからね。獲物を追いかけまわすより、じっと待って目の前にいい餌が出てくる方が良いってことは、すぐに分かっちゃいますからね」


 ロアの案内で、早速ドラゴンが放し飼いにされている敷地へと足を運んだ。

 朝のアポロのように草原の上に顎を置いて休めているドラゴンや、人工池で水浴びをしているドラゴンもいる。


「ドラゴンを懐かせることに挑戦したいとは言ったけど、ちなみに一日ぐらいで簡単に懐かせられるものじゃないように感じるけど?」

「その人によって異なりますね。知能が高いということと、ドラゴン達なりの直感のようなものがあるようでして。何日もかかって懐かせることが全くできない場合もあれば、私とアポロの場合はすぐに打ち解けましたからね」

「すぐって、どれくらい?」

「そうですね、大体30分くらいでしたかね?」

「そ、そんな短時間で?」

「本当に合うとなるとこれくらいの時間、あるいはもっと短時間で関係性が構築できることもあります。逆に先ほども言っているように、全く合わないとどんなに頑張ってもダメなパターンが多いですね」


 要するに、運命の相手を見つけられるかどうかということか。


「なので、気軽に懐かせられるかのチャレンジそのものは出来ます。そのため、最初の頃は多くの人がチャレンジしたものです。ただ怒るとかなり怖いことと、そう簡単にうまくいかないのでみんな心が折れて、すぐに止めてしまったんですけどね……」

「それも、竜騎士があまり増えない理由だったりする?」

「そうですね。こればかりは、人側の努力だけではどうしようもないので厳しい問題ではありますね……」


 他の兵種なら、自分自身のスキルをひたすら磨くことで強くなることが出来るが、竜騎士はドラゴンとの息が合わないと話にならない。

 アポロに二回乗せてもらって、飛ぶ速度は相当なものであることを体感することが出来た。

 上空からの攻撃、海や高い山脈を容易に超えることも出来て非常に優秀な兵種だとは思うが、その分難しい問題が存在している。


「どうだろう、自分と合う子を見つけられたりするかな?」

「アポロが気を許したこともありましたので、かなり可能性があるのではないかと思っています。ぜひとも、挑戦されてみても良いかと思います!」

「じゃあ、挑戦してみようかな。ロアの中で今日の予定とか立てたりしてない? それなら、あんまり勝手なことをするのも申し訳ないんだけども……」

「いえ、大丈夫です! 竜騎士は、ドラゴンのことを知ってもらうことが一番です! それに、私はキース様と居られたらそれで大丈夫ですから」

「そ、そっか……」


 ロアが可愛らしいことを言ってくれたのに、気の利いたことの一つも返せなかった。

 近くで見ていたアポロがまた、フーンと不機嫌そうに鼻息を鳴らした。

 女性に対する対応が不適切だと、ドラゴンにも圧を掛けられてしまった。

 そのうち堪えかねて、アポロに後ろから噛みつかれたりしないようにしなければ。


「話を聞いている限り、自分としっかり合う相手を見つけることが大事なんだよね? ということは、ひとまず色んなドラゴンに接触してみた方が良いのかな?」

「それも手段の一つですね。ただ、言うまでもないかもしれませんが、竜騎士としての力はドラゴン自身の能力にも大きく影響されます。体の大きさや動きのキレなどは、人同様に個体差がありますので」

「それもあるから、結果がどうなるか分からなくても何日も粘って懐かせようとする例があるんだね」

「その通りです。もちろんキース様はそんなことをしないと分かっていますが、一度懐かせた子を相棒として切り離すことは禁止されています。この子達は敏感で、そう言うことをしてしまうと傷ついてしまい、暴れたりしてしまいます。私たちドラゴンとともにいる者たちが、きちんと相棒として大切にしている信頼関係があるからこそ、こう言った運命の出会いが生まれますから」


 彼女の熱のこもった話を聞いていると、アポロを始めとしたドラゴンたちを大切にしていることがよく分かる。


「では、早速キース様の運命の相手を探してみましょう! 相性が合わずに怒ることが基本なので、ドラゴン達が怒ってもあせらなくて大丈夫です。私も後ろから見てます。何かあればフォローしますので!」

「ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ挑戦してみようかな」


 見た目はかなり迫力があるが、あくまでも一匹の動物で水浴びをしたり眠そうに瞬くしている姿はとても愛らしい。

 そんなところに邪魔を入れるようでちょっと心が引けるが、なかなか出来ることではないので、どの子にアタックするか見て回っていく。

 手当たり次第に歩み寄ることも考えたが、もしかするとずっと一緒に居ることになるかもしれないということや、あんまり軽い気持ちで近づいて怒らせるのは申し訳ないという気持ちもある。


「見る限りですと、キース様はこの子だと決めた子に挑戦されるみたいですね」

「うん、一発勝負してみようかなって思ったりしてる。やっぱりこういうのは、この子だって思った子に正面から行くべきかなって」


 一匹一匹、のんびりと過ごしているドラゴンを確認していく。


「!」


 そんな中で、キースの目に一際気になる存在が目に映った。


 大きくしなやかな体つきをしており、碧色の体が太陽に照らされて周りのドラゴンよりも一際輝いている。


「あの子だけ、何か雰囲気が違うな……」

「あー、あの子ですか……。誰の目から見ても、優れた子だと分かりますよね。体つき、大きさ、美しさもありますからね。ただですね……。いろんな人が挑戦して、近寄るチャンスをもらえた人は誰もいなかったかと思います……」

「やっぱり誰から見ても、凄いって分かるぐらいだからそう簡単には心を許してくれないのか」


 キースがロアと、そのひときわ目立つドラゴンの話をしていると、アポロが何やらソワソワと落ち着きがない。


「ん? アポロが何か落ち着かないって感じだけど、何かあった?」

「実はですね、アポロがあの子のことを好きなようでして。私も最初、あの子の近くに行くとアポロが落ち着かない様子だったので、何事かと思いました」

「何で好きだって分かったの?」

「この子ったら、健気に餌をあの子の元に運んで行ったりするんですよ。ドラゴンは異性の気を引くために、こう言ったことをすることはもう分かっていますから」


 ロアがアポロを見ながらそう言うと、キュゥゥと小さな声で鳴いている。

 先ほどまでクールな雰囲気があったが、急に可愛らしい雰囲気が出てきた。


「ちなみに、その恋は叶いそうなの?」

「うーん、微妙ですかね……。人から見ても美しいので、ドラゴンの雄たちからも非常にモテるようですので」

「ど、ドラゴンの世界も過酷だな……」


 アポロを見ると、ボーっとうつろな目で恋する相手を見つめている。


「……よし。じゃあ、あの子にちょっと挑戦してみようかな」

「さ、流石に厳しいと思いますが、よろしいですか?」

「もともとそんなに甘いものじゃないことだし、自分もあの子が気になる。万が一、懐いたりしたらアポロと接点を持つ機会を増やすことも出来るでしょ? ちょっと、アポロのことを応援したくなってきた。力になれるか分からないけど」


 キースは、ゆっくりと一際オーラを放つ碧色のドラゴンにゆっくりと歩み寄ることを心に決めた。




































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