37話「ロアとネフェニー」

「私が竜騎士になる前は、ネフェニー指導の下で槍騎兵の一人としていました。ネフェニーに熱心に指導してもらったこともあって、周りの人よりも戦えるだけの力をつけていただきました」

「でも、ロアとネフェニーが話をしているところって、まだ全く見たことが無いけど?」


 思わぬ二人の関係性を知ることになったが、これまでのことを振り返っても二人が関わっているところの記憶が全く無い。


「その関係性が私の悩みと言いますか……。この悩みと、私が捕虜になってしまったことの話が少し繋がってくることになります」

「どういうこと? 未だに、話の全貌が見えてこないけど……」


 全く関わっていなかったように見えた二人の関係性。

 それだけでも大きな驚きなのに、あの捕虜になったことと繋がってくる?

 キースの頭の中では、まだ情報が少なすぎて予想すらも立てられなかった。


「もともとネフェニーに槍の使い手をしての力を見出してもらいました。熱心な指導だけでなく、『私と一緒にこの槍騎兵部隊を支える存在になれ!』と将兵としての心得もまで指導してもらいました」


 ミサラの元に毎朝集まってくるメンバーは、皆がそれぞれの能力に秀でた者たちが集まってくる。

 その中にロアもいるのだから、こう言った才能を見出されていたという話は驚くようなことではない。


「ですが、年齢の浅い女である私の指揮の元に従わなければならないことに対して、兵士たちの中には納得しない者もいました。将兵をまとめる以上、上に立つ者は実力を見せなければなりません」

「ルナも昨日、同じようなことを言っていたな」

「どうしても、今の実情に納得していない人はやはり一定数います。レックやネフェニーのような確固たる立場を取ることは、言うまでもなくとても難しいですからね。……ミーシャはもっとすごいです。このような障害は全く無く、あれだけみんなのことをうまくまとめられるのは、天性の才能だと思います」


 ミーシャが真面目に話しているのを聞いた時点でもかなり凄いと感じたが、昨日今日とこう言った話を聞くと、確かにより凄さが伝わる。


「あの頃のネフェニーは今よりもかなり尖ってまして、『納得しないなら、実力で分からせるしかない!』って言いまして。国境線に近いところに配備された部隊、つまりは有事の際に一番最初に指揮する可能性の高い兵士たちを納得させる必要があるとなって、ネフェニーは私に各前線にいる部隊に、『私のことを納得していない兵士たちがいるのであれば、戦ってでも分からせて来い!』と言われました」

「な、なかなか武闘派な考え方ですね」

「実際に、ネフェニーはそうやって男性の中で戦い続けて、トップを取った方ですからね。私もそんなネフェニーから指導を受けていましたから、そうすることが一番だと思っていました」


 確かに、ずっと指導されてきた相手の考え方に大きく影響されるのは当然の事。

 しかも、同じ女性という身で成り上がっていくことの出来た成功例が、その目の前に居た指導者本人なのだから。


「ネフェニーに言われた通り、その頃同じように取り立てられたミストと一緒に、前線周りをすることになりました。そして、納得しない将兵や兵士たちと対戦をして、一つずつ勝利して納得してもらう、ということを繰り返していました」

「ロアがそんなことをしていたなんて、イメージが湧かないけどね……」

「もう一年以上前のお話ですからね。それからいろいろとありましたし、もう他の方から見ても別人のように見えると思いますよ。私としては、あまり男勝りなところをキース様に見られてしまうのは恥ずかしいので、それで良いのですが!」


 もし、ロアがずっとネフェニーの指導を受けていたとするなら……。

 今のような丁寧な言葉遣いで「貧弱ですね?」とか言うのだろうか。やはり、全然イメージが湧かない。


「それで実力を認めさせることは出来ました。しかし、そのようなことをしていった結果、部隊の連携が悪化の一途を辿りました。そんなときに攻めてきたのが……エルクス王国でした」


 納得できず、敵視していた女に実力で負かされる。

 確かに、実力を認めさせるためには一番早い手段だが、負けた方はプライドなりが相当傷つくか。

 女にすら勝てず、上の立場になれない。自棄になってもおかしくないか。

 そんな指揮状態の時に、予想もしない大軍が押し寄せてきた。対応できるはずもない。


「ただでさえ、あまり想定できていなかった侵攻です。部隊の数も不利で士気も低いとなると、勝てるわけもないですよね。それで、私もミストも……」

「そ、そうだったのか……」


 ネフェニーの強引なやり方と、貴族たちの突発的な思い付きによる侵攻。

 その二つが、最悪のタイミングで重なった結果が、ロアたちの捕虜になった原因だということか。

 ということは、ロアとネフェニーが今あまり話さないのは……。


「なのでネフェニーは……」

「ロアに申し訳ないという気持ちで、何も声を掛けたり出来なくなっているってことかな? ロアの性格なら、ネフェニーを責めるなんてことはしないだろうから」

「……キース様は流石です。すぐに分かってしまわれるのですね。この国に戻ってきた後、ネフェニーが号泣しながら、私に土下座までして謝罪したんです。その時は陛下も泣かれていたので、その状況で何を言っていいか分からなくて……」

「そして、今に至るってわけか」


 単純に性格が真逆のような二人だから、全然関わらないのだと思っていた。

 まさかこんな理由で、二人の関係性が微妙なことになっているとは。

 もしかすると、ネフェニーがまだ若いルナにとても甘いというのは、ロアとのそう言う過去があるからなのだろうか。


「変わったことがあって、私がこの国に帰ってきてから、お酒を飲む頻度がすごく増えたことに気が付いてしまいまして。私のことを、引きずっているのではないかと思いまして」

「……貴族に対しても、人一倍憎しみを抱いていた理由も、おそらくはこの件か」

「おそらく、そうかと思います」


 だとするなら、レックとネフェニーが一緒に酒を飲んでいる時というのは、想像以上に色んな思いが廻っているものなのかもしれない。

 酒癖が悪いという理由も、それならすんなりと納得がいく。

 それに、今日のレックが言っていた「力づくでも止める」という言葉の重さにも、より重みが増していくような気がする。

 なんだかんだ「一緒に飲むのがしんどい」という言葉には、色んな意味があったのだろうか。


 自分のせいであるとも考えながらも、どうしてあのようなタイミングでエルクス王国は攻めてきたのか。

 タイミングさえ違えば、あのようなことにならなかった。そして、あんなひどい目に遭わなかった。

 行き場のない自責の念などが入り混じって、より貴族に対する憎しみが強くなっているということだろうか。


「なので、ネフェニーとまた自然に話が出来るような関係に戻りたいです。私から声を掛けないといけないことは分かっているんですが、何を話せばいいのか……」

「何気ないことでいいんじゃない? 挨拶でもいいし、レックとの関係性でも、ルナとの関係性でもいいと思う」

「そ、そんなことでいいのでしょうか……?」

「最初から一対一で酒を飲みながら長時間、なんてしなくていいと思う。長くなると、お互いに辛い思い出が出てくることもあるだろうから。一度の長い会話よりも、毎日明るく少しずる話しかけるのでいいんじゃないかな? その方が、お互いにある壁が低くなるし」


 ロアはネフェニーとの今の関係性を打開するために、少し難しく考えているように感じる。


「最初は苦しかったら、自分や何なら陛下を混ぜて話してもいいと思う。何でも協力するから。ロアは優しくて素直だから、ネフェニーにもちゃんと伝わるよ」

「あ、ありがとうございますっ! そうしてみます!」


 そんな話をしていると、アポロがフーンとまた先ほどとは違った鼻息を鳴らした。


「アポロが辛気臭い話は止めろと、不満気味のようですね。暗い話は止めましょうか!」

「そんなの分かるの?」

「鼻息の鳴らし方で、大体わかりますね。もう一緒に居て何カ月にもなりますからね」

「相棒って感じだね」


 キースがそう言うと、アポロはフンっと鼻息をまた鳴らした。これは割とご機嫌な時に出る鼻息だな。


「キース様、他に聞きたいこととかありますか?」

「あー、暗い話じゃないから許して欲しいんだけど……。さっきの話からして、ネフェニーってロアの上官って立場だよね? なのに、呼び捨てなんだ?」

「竜騎士になってからは、一応立場が同じくらいの位置なので! その理由の他に、様を呼んだら泣きだしそうな顔してしまったのもありますが……」

「な、なるほどね!」


 何気なく気になったことを聞いて、また微妙な雰囲気にしてしまった。

 アポロが、フーンとまた鼻息を立てた。怒っている。

 皇帝に言われた通り、相手のメンタルをケアするための能力が欠如しすぎているのは、言うまでもなかった。



























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