36話「ロアとの関わり方」

「では、キース様。本日は私がご案内ということでよろしいでしょうか?」

「うん、よろしくね」


 少ししてから、キースの元にロアが近付いて声をかけてきた。

 今日は彼女が担当する竜騎士について、色々と案内を受ける予定になっている。


「すまぬ! キースよ、ちょっと待ってくれぃ!」

「は、はい!」


 どこからかミサラの大きな声が聞こえてきて、外出用の服装に身を纏った姿で何やら慌ててこちらに走ってきた。


「はぁはぁ、間に合ったか。言っておこうと思っていたことを、すっかり言い忘れてしまっていた。それも、とても大事なことだ。主として失格だな……」

「何でしょうか?」


 急いで走ってきたので、よほど大事な内容なのだろう。

 ミサラはキースに尋ねられると、ちらりと少しだけロアの方を見た。


「あんな話し合いをしておいて申し訳ないが、ロアのケアを任せたぞ。正直なところ、お主と一日居ることの出来る日だからこそ、この日を選んで話し合いをしたというのもあったからな。今、一番ロアに近いところまで歩み寄れるのは、お主だけだ」

「お言葉ですが、私よりもミストや他の女性メンバーの方が良いのではないでしょうか?」

「……お主は、相手の弱みを発見し的確に攻撃することに対しては強いが、仲間の弱みに対してどうケアするかの能力がまだ足らんようだな。ミストとは、同じ境遇で自分と相手の傷を抉り合うことにしかならん。それにロアの性格なら、他の女たちに苦しい思いを感じさせることを出来ぬ性格ということぐらいは分かるだろう?」

「た、確かにそれは……」


 真剣な口調で話す皇帝の言葉は、的確なものでキースは頷くしかない。

 基本的に一人で何とかしてきた、というよりも目の前に降りかかってくる問題に対して相手を攻略して難を逃れてきた身として、指摘された能力が欠如しているのは自分でも認めざるを得ない部分だった。


「お主のことを慕い、それなりに甘えたいという欲求もある。それに加えて、今回の実情も一番把握しておる。一番ケア出来るのは、お主しかおらんということだけは分かってくれ。プレッシャーをかけるようですまんがな……」

「そんなことはありません。ちゃんと自分がいることが役に立つ、ということですので」

「そう言ってもらえると、ありがたい」


 この後に、まとまりつつある交渉とはいえ、悟られると足元を見られかねない作戦の大事な局面を迎えている中で、慌ててキースの元に走ってきた理由。

 それは、ロアのことを大事に思う皇帝の強い気持ちの表れだった。


「それだけさえ分かってくれていたら、もうお主にあれこれ言う必要はない。交渉締結は任せておけ。ルナも付いてきてくれるしな……」

「分かりました!」


 パッとミサラから背中を押されて、ロアの方へと近づいた。


「すまんな、ロア。交渉締結前に、最後の確認をキースにしたくてのぉ。もう大丈夫だ、キースを色々と案内してやってくれぃ」

「はいっ!」

「よし。ではルナ、そろそろ行くぞ! 準備できたか~?」

「も、申し訳ありません。も、もう少々お待ちを……!」


 ミサラに声を掛けられたルナは、側付きの人たちに何やら派手な衣装を着させられている。

 単純に外に出るというだけでなく、他国との交流ということでいつもよりも煌びやかな衣装に着替えさせられているようだ。

 ただ、外から見ていると体の大きさに全く合わない大きな衣装に、ルナが振り回されているだけのようにしか見えないが。


「キース様、私たちもそろそろ行きましょうか?」

「そ、そうだね」


 キースとロアは、外出準備を行っている二人がいる城を出ることにした。


「竜騎士の訓練場は、他の兵種の皆さんよりも帝都から離れています。ドラゴンってなると、やっぱり怖がる人もいるものですから……。そのため、この近くに以前も乗っていただいた私の相棒に乗っていただこうと思うのですが、大丈夫ですか?」

「もちろん、大丈夫だよ」


 ドラゴンに乗って竜騎士訓練場に向かうべく、ロアの相棒が待機している場所へと向かう。

 城の敷地内にある広場へと向かうと、芝生の上に顎を載せて休んでいるドラゴンの姿が見えてきた。


「聞くの遅いかもしれないけど、あの子の名前って何て言うの?」

「私の相棒の名前は、アポロと言います。ちなみに、男の子です」

「お、男の子だったんだ……」


 飛んでいる姿は優雅だし、何よりもここに来る際に知らない人をいきなり乗せても、落ち着き払っていたので、てっきり女の子かと思っていた。

 ……人と違って、見た目だけじゃ判断できない。


 アポロに近づくと、閉じていた目をゆっくりと開けて、キースの方を見た。

 今日は知らないやつがいるのか、というぐらいに思っているのだろうか。


「ちなみに、撫でたりしても大丈夫かな?」

「ドラゴン自体が気難しい性格なので、ちょっと機嫌が悪くなることもあります。なので、あまりお勧めできませんが……。触りたいって顔をされていますね」

「あっちに居た時は、見ることすら出来なかったからね。せっかくなら、一度くらい撫でてみたいって気持ちがあったりする」

「分かりました! ちょっとアポロを信じてみましょうか。触っていただいて大丈夫です! まずかったら、私がちゃんと止めますので!」


 エルクス王国に居た頃はドラゴンに触る機会など無かったので、キースとしてはかなり興味がある。

 ロアのフォローもあるということなので、キースは勇気をもってアポロに触ってみることにした。

 ゆっくりと手を伸ばして撫でてみると、こちらを見ていたアポロは再び目を閉じて動くことはしなかった。


「おとなしい子だね」

「……驚きました。確かにアポロは比較的おとなしい子ですが、知らない人に触られると多少なりとも嫌がるかと思っていたのですが、嫌がるそぶりもないですね」

「ありがとうね、アポロ」


 そう言ってキースがアポロから手を離すと、フンっと鼻息を鳴らした。

 声掛けに反応してくれたのだろうか。


「満足出来ましたか?」

「うん。というか、乗ったことがあるのに改めて触りたいって言う自分もなんか変だけどね」

「キース様のように、こうしてツノなどの顔付近に触れてみたいという方は、かなりおられますよ。ただ、大半の人がドラゴンに怒られちゃって触れず仕舞いですけどね」

「触る相手がアポロでよかったってことだね」

「褒めてもらえて良かったね、アポロ」


 ロアにそう声を掛けられると、アポロはまたフンっと鼻息を鳴らした。

 ただ、先ほどよりも勢いと音が大きい。

 この鼻息で、どれくらい相手のことを好意的に見ているか分かるのかもしれない。

 ロアよりももちろん懐かれていないのは当然だが、少しでも「こいつならいいか」と思ってくれているのなら、喜ばしい事だ。



「では、そろそろ移動しましょうか?」

「うん」


 ロアが改めてアポロに声をかけると、閉じた目を開きロアたちが乗りやすいようにさらに背中の高さを下げた。

 ロアに手を取ってもらいながらアポロの背中に乗り込むと、ゆっくりアポロが体を起こして翼を広げて飛び上がり始めた。

 あっという間に上空高くまで舞い上がると、目的地の方向に向かって進み始めた。


「ロアはどうして、竜騎士になろうと思ったの?」


 移動している間、何かロアとの話題はないかと思い、キースは何気なくそんな話題を振った。


「そう言えば、まだ何もお話ししていませんでしたね。私が竜騎士になったのは、キース様に捕虜から解放して頂き、こちらに戻ってきてからになります」

「そ、そうだったの?  でもよく考えてみれば、あっちに居た時は竜騎士を捕らえたとは聞かなかったからそういうことになるのか。でも、それじゃあ……」

「なぜ、捕虜として捕まってしまっていた時の私について、色々と疑問が生じますよね」

「う、うん……」


 ミサラからこの一件についての話を任されていて、どう話を進めようかと考えていたが、何気なく振ったつもりの話で始まってしまった。


「到着までまだもう少しかかりますし、お話ししましょうか。いずれ、キース様に相談したいと思っていたことも、この話と関わってきたりしてしまいますが……。厚かましいとは分かっているのですが、私の悩みと一緒に聞いていただけませんでしょうか?」

「うん、もちろん。ロアが苦しくない範囲で、聞かせて欲しい」

「分かりました」


 そう言うと、アポロを操作する手綱を動かしつつ、ロアはゆっくりは語り始めた。




























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