33話「真顔の皇帝」
次の日の朝。
今までのように遅くまでお酒を飲んだりしなかったので、気持ちのいい朝を迎えることが出来た。
時間にも余裕があったため、ゆっくりと支度をしたりまだ確認できていない屋敷の中を見て回る時間も出来た。
と言っても付き合いもあるし、お酒を飲んで話をすることは楽しいので、止められるものではないのだが。
「おはようございます、キース殿」
「おはようございます。待っていてくれたのですか?」
いつものようにミサラの元へ向かうべく屋敷から出ると、外ではルナが待っていた。
「一緒に陛下の元へ向かおうかと思いまして。ご迷惑でした……?」
「そんなことはありません。ぜひ一緒に行きましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、この場所がよく分かりましたね?」
「陛下が、キース殿のためにここに屋敷を建てるという話は聞いていましたので、場所だけは把握していました。ただ、屋敷そのものを見たのは今日が初めてです。それにしても、とても大きいですね……」
ルナは興味深そうにキースが使っている屋敷の外観を眺めている。
「全然使っていない場所ばかりですけどね。今日少し早く起きたので、まだ確認していないところを見て回りましたが、大きな書庫もありましたよ」
「おお! やはり、そういう部屋もあるのですね!」
空いた時間で見回った結果、二階以上には今使っている部屋の何倍も大きい部屋が何室もあったり、巨大な書庫まで完備されていた。
ただ、書庫に設置されている本棚には何も入っておらず、使われていない部屋の一つでしかない状態なのだが。
あのような書庫を最大限使いこなせるのは、読む書物も集めるめつつ、自分で書類をしたためてまとめるルナぐらいしか、今のところ思いつかない。
外観を熱心に見ている辺り、昨日も言っていたようにやはり興味はあるのだろう。
「ルナ、一ついいですか?」
「はい、何でしょうか!」
「さっき言ったこの屋敷の中にある書庫って、ルナは気になりませんか?」
「す、すごく気になります……!」
「よかったら、今度お時間のある時に中を見ていきませんか? とは言っても、書庫の中には何もありませんが……」
いきなり屋敷に来ないかと誘うことは、やはり難しい。
なので、今度この広い書庫を実際にルナに見て貰って、反応が良ければその勢いで誘ってみることを考えた。
「いいのですか!? ぜひとも見てみたいです!」
「分かりました。では、近いうちにその時間も作りましょうか?」
「そうしましょう!」
新たな予定が出来て、すっかりご機嫌になったルナと一緒に入城した。
「「おはようございます、陛下」」
「ん? おお、お主らか。おはよう。なんだ、一緒に来たのか?」
「はい」
「ほう……? 昨日一日で随分と仲良くなったのだな。まさかお主、ルナを屋敷に連れ込んだのか?」
「そ、そんなことしませんよ?」
よっぽどルナと一緒に来たことに驚いたのか、いつものように冷やかすような雰囲気ではなく、普通に尋ねてきた。
なので、いつものような返答も出来ず、ちょっとだけ歯切れの悪い反応になってしまった。
「私がキース殿の屋敷の前で待っていたのです。合流してここまで一緒に来ました」
「そういうことか。そうだとしても、驚きだな。一日でルナとそれだけ仲良くなれるとはな」
「そ、そういうことです」
昨日のルナの話も合って、真顔だった皇帝はかなり怖く感じた。
「いや、すまぬ。本気で驚いてしまってな。仲良くなることはとても良いことだぞ? だから、そんな怯えたような顔をするでない」
「も、申し訳ありません……」
「なるほど、分かったぞ。ルナのことを守るために、我が色々とやったことを聞いたのだな?」
「は、はい……」
キースが怯えている理由を、瞬時に見抜いてしまった。
なぜ、これほど素早く的確に考えていることを見抜かれてしまうのか。
この皇帝、頭の中を透視する能力でも持っているのだろうか。
「お主の性格ならルナを大切にするだろうし、心配する必要などないぞ?」
「言ったじゃないですか、キース殿は問題ないと」
「なら、良いのですが……」
「ただ、こうしてこんなにも仲良くなるとは思わなかったがなぁ? どんな手品を使ったのだ?」
あ、いつもの冷やかすような皇帝の表情に戻った。
ルナのいる前でそんなことを聞かないで欲しいが、いつもの雰囲気にとても安心感を感じる。
「せ、戦術を考える者同士で、うまく話が合うと言いますか……」
「ですね。戦術の話が出来る人が、ここに集まる人たちの中に居なさすぎますから」
「それもそうか。それぞれの分野の能力に秀でているが、頭の方はからっきしのやつらが多いからな。そう考えると、ルナが話したい内容のレベルについていけるのは、キースしかおらぬな」
「お、ルナとキースもいるじゃん! おっはよー! 陛下もおはようございまーす!」
「お、中でも一番戦術の話がダメなやつが来たぞ」
そんな話をしていると、ミーシャが元気に入ってきた。
昨日までのよそよそしさもなく、元気に挨拶をしてくれるのでほっこりとする。
「え、何の話?」
「お主の嫌いな戦術の話じゃよ」
「うえー、やだやだ! 頭痛くなっちゃうから楽しい話しよ? ルナ、昨日はキースとどうだったの~?」
「え、えっと非常に有意義に過ごさせていただきましたよ」
「おお~! 詳しく聞かせてー!」
「そうですね、キース殿は……」
戦術の話を聞くことがよっぽど嫌なのか、ミーシャは無理やり話題を変えてルナに話を振った。
それに対してルナは特に嫌がることもなく、昨日の事の話をし始めた。
「キース、こっちへ来てくれ」
昨日同様に、ミサラに呼びかけられて近くに寄った。
もうこの流れも、だんだんと馴染みつつある。良いことなのかはよく分からないが。
「ルナはそれなりに人との距離感を作りがちだが、よくあれだけ仲良くなったな。本当に驚いたぞ」
「そ、そうなのですか? かなりルナの方から歩み寄って頂いた印象なのですが」
「一度お主との勝負に負けて、『因縁の相手』とまで言っておったからな。仲良くなれるか、ちと心配はしておったのだよ。杞憂だったようだがな」
「そのことについても、色々とお話しました。とても熱心に聞いていただきまして……」
「さっきも言っておった通り、戦術を考える同じ立場として気が合うのだな。お主、気の合わない女などおるのか?」
「そ、それはまぁいると思いますよ?」
「真面目なロアには優しく扱い、遊びがちなミーシャの心を揺さぶるような言葉がけ、ルナには共通点で詰め寄る。タイプによって対応の仕方を変えるとは、やらしいとしか言いようがないぞ?」
「ふ、不可抗力です……」
「あくまでも認めぬということだな? まぁ良い。ちなみに、ルナは我に対して何か言っておったか?」
「色々と陛下に気を遣っていただいているにもかかわらず、何も言っていないことは気にされていたようです」
「ふむ。ルナは他の者よりも金もかからぬのに、この国の頭脳として一番動いてもらっているからな。何かしてやりたいのだが、やはり無欲なのかのぉ。お主が仲良くなってくれれば、ポロっと願望が聞けるかもしれぬ。もし聞いたら、遠慮なく我に言うように伝えてくれぬか?」
「分かりました」
予想通り、皇帝の立場から見てルナに何かしてあげたいという気持ちがかなり強いようだ。
「しかし、戦術の話で仲良くなるか……。確かにここには、そう言う話のダメな者が多いとはいえ、難しい話であれほど男女は歩み寄れるものなのだな」
「そうですね。なかなかないことかもしれませんね」
「そのまま戦術の話からいい雰囲気になってそのまま抱いたとなった時は、報告をくれ。詳しく聞いてみたいぞ」
「そんなこと、絶対に無いと思いますけどね?」
この皇帝、やっぱりブレない。
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