32話「やっぱり一人は寂しい」

 様々な上級魔法を使いこなし、一部の最上級魔法も習得しているルナによる魔法の話はとても難しいのではと身構えてしまったが、かなり分かりやすいものだった。

 そしてその後は、キースが風の上級魔法を習得するためにどう練習していくかなどについても、色々と話をしてくれた。


 充実した時間で、あっという間に夜を迎えてしまった。


「ふむ。名残惜しいですが、今日はここまでですかね。またお話する機会を近いうちに設けなければなりませんね」


 ルナとしてはまだまだ物足りないようで、早くも次の予定について考えている。


「もうここにずっといますし、今行っている各所への見学が終われば、お話する機会は確保できると思いますよ」

「それもそうですね。強制的に約束を取り付けられそうな切り札も、見つかりましたからね?」

「そんなことをしなくても、声をかけてくだされば時間を見つけて来ますよ。こちらからも、余裕があるときは声をかけますので」

「そ、そうですか? あ、ありがとうございます……!」


 キースの回答に、ルナはちょっとだけ驚いたような顔をした。

 才能があるがゆえに孤立していたことに慣れていると言っていたが、友人になるという話の時といい、人との距離感にはまだ不安を感じているのかもしれない。


「友達ですし、そんなの当たり前ですよ? ルナと話すのは楽しいですし!」

「で、ですよね! えへへ……」


 キースの言葉に、ルナはとても嬉しそうな顔する。

 この一日で、すっかりルナが表情豊かに話してくれるようになった。


 普段は淡々とした印象が強かったが、こうして話してみるととても優しいし、年相応の無邪気さもある。

 最初のうちはどう話せばよいかと思っていたが、明日以降はもっと気軽に声をかけて、距離を縮めることが出来そうだ。


 ルナと共に魔導士の訓練施設から出て、夜の帝都中心へと戻ってきた。

 昨日までとは違い、まだ深夜にはなっていないので建物の明かりが灯り、街は活気に満ち溢れている。


「皆さん楽しそうですね。ミーシャも、よく夜にお酒を飲むことを朝から楽しみにしているんですよね。そんなに楽しいのですか?」

「気の合う仲間と飲むと楽しいですよ。お酒は飲めなくても、ルナも他の飲み物などで一緒に参加したり出来るのでは?」

「そうなのですが、皆さんと同じものが飲めないとつまらないです」


 ルナとしては、お酒を飲める同等の立場でないとつまらないらしい。

 確かに、彼女がその場でお酒のことなどあれこれ聞いたりしても、「ルナは大人になってからね?」とか言われてしまうだけか。

 そうなってしまうと、疎外感を感じて何も楽しくないのもよく分かる。


「そう言ったこともあるからですかね……。陛下にはよく『欲しいものは無いのか?』とか『何かして欲しいことなどはないか?』とよく聞かれてしまいます……」

「陛下は、こういった夜のプライベートな時間などに出た経費などを払っていただいているので、そう言ったことに関わらないルナに何か他のことが出来ないか、気にされているのでしょうね」


 大人のメンバーは酒を始めとして、それなりにこういった時間に出る経費がある。

 だが、夜の街にまだ何も関わることのないルナにはそう言った経費も出ないため、皇帝からすれば、周りよりもサポートが出来ていない思っているのだろう。

 今の時点でこれだけ優秀で、将来がある人材がそっぽ向かれるわけにはいかないだろう。

 まぁ一番の理由は、ルナが可愛いので何かしてあげたいという優しい主の気持ちが一番なのだろうが。


「お気持ちは大変ありがたいのですが……。以前も「私専用の屋敷を建てる!」とおっしゃられたときもあって、その時は慌てて断りました」

「断ってしまったのですか?」

「この年で大きな屋敷を一人で使うのは、気が引けてしまったこと。そして、ただでさえ周りからの視線がきつかったもので……。もう今では気になりませんけどね」

「今からでも、自分専用の屋敷が欲しいと思ったりはしないのですか?」

「興味が無いわけではないですよ。書類とかも集められますしね。ただ、広い屋敷に一人でいるのはちょっと……」


 ちょっとだけ恥かしそうに俯きながら、ルナはそんなことを口にした。

 彼女にとってはとても恥ずかしいことなのかもしれないが、キース自身もそのことでミサラに相談している。

 なので、ルナにそんな恥かしそうにその内容に触れられると、キースも恥ずかしくなってきた。

 ルナのような少女が言うととても愛らしいが、そこそこな男が真剣な顔で主に相談しているのは、今考えると相当ダサい。


「す、すいません。こんな子供みたいなことを……」

「い、いや。そんなことないと思いますよ?」


 それ以上、自分の事を下げようとしないで欲しい。

 ルナが自分自身を下げることで、もれなくこちらも一気に下がっていく。


「キース殿は、陛下が建てられた屋敷の使い心地はいかがですか?」

「快適だけど、全部は使いきれませんね。それに、広い屋敷の中で一人でいるとより寂しく感じるって言うのは、自分もよく分かります」

「あ、そう言えば今朝、陛下がそのことについて話されていましたね」

「そ、そうです! なので、子供ではないと思いますよ!?」

「そ、そうですかね? ならよかったです」


 そんな話をしながら、二人そろってゆっくりと歩みを進める。


「あ、私が今寝泊まりしているのはここを曲がった先になりますので、ここでお別れですね」

「分かりました。今日は色々とありがとうございました」

「こちらこそです。これからも一緒に色んなことが出来そうで、とても嬉しいです。また近いうちに今日一日のように過ごせる予定を立てますからね?」

「楽しみにしておきます」


 キースがそう言うと、嬉しそうにルナは頷いた。

 そんな彼女を見送った後、キースは自分の屋敷に向かって歩みを進める。


「ルナは書類を管理できる広いところが欲しいのか……」


 キースは、ルナと先ほど話していたことを思いだしていた。

 確かに、今日ずっと居た部屋は狭くて、いつかはルナがまとめた書類が収まりきらなくなる時が来るだろう。

 その時はあの部屋を大きくしてもいいのだろうが、魔導士ならだれでも出入りできる訓練施設にある以上、誰かに侵入される可能性も完全には否定出来ない。

 かと言って、専用の屋敷を作ってもらっても使いこなしきれないことや寂しい思いをするという今、キースが体感している要素が影響して気乗りしていない。


「ルナを自分の屋敷に呼んで、部屋を好きなだけ使ってもらうのはどうだろう……?」


 自分の屋敷なら部外者が容易には侵入できないし、書類を管理するための部屋をいくつも提供できる。

 そして何より、お互いに一人ではなくなる。


「流石にいきなりそれはあり得ないか……」


 経緯はどうあれ、一度でも屋敷に来て過ごしてくれたロアやミーシャを誘うならともかく、やっと今日まともに打ち解けられたルナを誘うのはいかがなものか。

 ルナはまだ少女であり、真面目な性格でもあるので、そんな誘いをされたら戸惑ったり引いたりする可能性が高い。

 何なら、皇帝に『ついにいけないラインに手を出した』とか言われるイメージが容易につく。


「もう少し仲良くなって、誘えそうなら誘ってみようかな……?」


 ただ、お互いにメリットはありそうなので、前向きに検討だけはすることを心に決めて、風呂に入って眠りについた。























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