30話「あの戦いの真相」
「逆に、ルナが一番話したいことって何でしょうか? その内容からお話ししていきましょう」
「私はですね……。あっ! 最初にお会いした時にも言いましたけど、私の策を打ち破られたあの時のことについて、お聞きしたいです」
「ああ、言っておられましたね。決して打ち破ったというわけでもなさそうなのですが……」
「是非ともお聞かせください! 聞かせて頂いた上で、判断させていただきますっ!」
ルナはそう言いながら、もうすでに何も書かれていない紙とペンを用意している。
彼女の食いつきぶりにちょっと戸惑いながら、キースはあの時のことを思いだしながら、話を始めた。
ルナと初めて会った時に言われた戦闘の話とは。
それは、戦争が始まって9カ月ほど経った時に起きた戦闘のことを指している。
当初のエルクス王国にあった勢いはどこへやら、奇襲作戦によって進行した皇国領土からは退却して、自国防衛をする展開になっていた。
ヴォルクス皇国とエルクス王国だけに限ったことではないが、国境線は大きな川や高い山脈などに沿っていることがある。
なので容易に侵入出来ないことが多いのだが、全ての国境線がそう言った天然の要塞に阻まれているわけではない。
「報告します。皇国軍が、西の国境にあるテルガウ平野に大軍を集結させております!」
「唯一、大軍を率いて侵攻することの出来るポイントに大軍か……」
テルガウ平野は、エルクス王国から見て西の国境にあるかなり巨大な平野である。
移動しやすい理由としては、平野という理由だけではない。
国境線に沿って流れる巨大河川、ルピナ川の川幅が広がって水深もなく、水流の勢いもないために、容易に越えることが出来る地点である。
「これまで侵攻はしてこなかった皇国ですが、遂に攻勢に出そうですね……」
「……」
報告に来た将校が、力なくそう呟いた。
しかし、キースとしてはそうは思っていなかった。
作戦を考える立場であれば、大軍を集結させやすいこのポイントに注意することは考えが付く。
予測さえ出来れば、罠などを駆使して大軍を止める方法は何個か思いつくものがある。
兵力が違うとはいえ、あれだけの奇襲をこの短期間で立て直し、領土を取り戻すまでに至った策略家が攻勢に転じた途端、単純な作戦になるとは思えない。
「ここ以外の各国境ラインの部隊配置状況は、どうなってる?」
河川や山脈、深い谷などに阻まれた国境ラインでも、橋など急ピッチ完成させて渡ることも出来る。
険しい山脈も精鋭小部隊を率いることで、越えられないわけではない。
最近、貴族たちが「兵士の無駄な使い方が多すぎる!」と文句を言ってきていたことが気になっていた。
キースがあらゆる可能性を考えた結果、辺境地に留め置いた兵士たちを撤収しているのではないかと、嫌な予感がした。
「それが……。主に国境付近であるにも関わらず、上の方たちが『皇国軍はこんなところから来ない!』と言い放ち、強制撤収させたようです……」
「……ことごとく、余計なことしかしないな」
嫌な予感は、見事なほどに的中してくれる。
すでに皇国は、河川や山脈をすでに突破する計算が立っており、兵士たちが撤収されたことを知ったうえで、動き出している可能性もある。
こうしてテルガウ平野に大軍が集結しているのは、あくまでもこちらに意識を向けるためで、他の方向から進行して足がかりを作る可能性が高いと考えた。
「皇国側の狙いは、あの大軍でここから攻めることじゃないな」
「そ、そうなのですか!?」
「平野に押し寄せている大軍は、こちら側の意識を引くためだけに居る。おそらく、辺境地の守りがどうなっているか偵察しているか、既に把握済みで侵攻し始めているかもしれない。さて、どうするかな……」
ただでさえ、敗北を重ね始めて貴族たちの機嫌が悪くなってきている。
自分たちが撤収させたことにより、侵攻を許したという事実は間違いなく受け入れないだろうな。というか、自分で兵士たちを撤収させたことすら、都合よく覚えていないまである。
体勢を立て直し始めた皇国軍の戦い方の特徴として、想像以上に堅実な戦い方をしてくる。
兵力が圧倒的であるにも関わらず、正面からぶつかり合うような戦い方は絶対にしてこないことは分かっていた。
強引なことはしない。それが、策を立てる上での皇国軍が絶対条件としている事。
ならば、仕掛けてきそうな作戦に対して「対策されていてリスクがある」と認識させれば、うまくしのげる可能性が高い。
ただ、貴族たちにこのことを進言しても聞き入れることはないと容易に想像出来る。
支援は全く受けられないので、数少ない兵士の力で出来るようなことで、皇国軍を驚かせなければならない。
「……よし、対策方法を考えたぞ。君の部隊はそれなりに兵士の数もいるし、忠誠心もある。協力してくれるか?」
「もちろんでございます! 何なりとお申し付けください!」
「ありがとう。今から、攻め込んでくるであろうポイントを伝えていく。その地点にある砦から国境線までの最短ルート上と、舗装された細道に落とし穴を設置してくれ」
「お、落とし穴ですか?」
将校は「落とし穴」と聞いて、困惑したような様子を見せた。
「うん。皇国は今、強引な作戦はしない。慎重に物事を進める傾向にあるからね。だからこそ、落とし穴で足止めするだけでいい」
「その理由を、お聞かせ願えますか?」
「険しい越境ルートを進んでいるから、国境を超えてくるのは少数だと思う。だけど、進んで行く道中に部隊を少しずつ留め置きながら進んでくる。こっちの動かせる兵士も少ないから、相手の兵力が少ないからと言ってぶつかると、その留め置いた部隊が後ろから合流されたらきつくなる」
「な、なるほど……!」
「落とし穴に引っかけて、相手が慌てているところに配置した兵士たちが騒ぎ立ててくれれば、こちらが警戒して兵士を置いている事を理解する。後ろから来た部隊は、罠にはまった兵士の救助に専念して、そのまま退却する。無駄にこちらが兵力を落とすことなく、相手を退却させることが出来るってわけだ」
「何という策でしょう! これだけのことを兵士たちに伝えれば、必ず協力してくれます!」
キースは、自分のことを信頼してくれている将校たちと彼らが率いる兵士たちの一部にこの作戦を伝え、早速対策を行った。
キースが指定したルートに落とし穴を設置し、木や草むらの陰に身を潜めて、侵攻してきた部隊が落とし穴に懸かったところで、大きな声や銅鑼で騒ぎ立てさせた。
罠にかかった部隊を救助したり、退却する準備をする相手には決して攻撃を仕掛けずに、砦に戻って守りを固めるように指示を送った。
キースの予想通り、慎重な戦い方を進める皇国軍は、無理に侵攻することなくすぐに退却し、無事難を逃れた。
その後も、それ以降は国境線を挟んでの睨み合いが続くことになったので、かなり大事な戦いだったかもしれない。
「……と、まぁこれがあちら側から見たあの時の戦いでした。貴族たちが勝手に兵士たちを撤収させて隙を見せたことによって、皇国が攻めようとなったはずです。なので、きっかけが自分たち二人による駆け引きがきっかけではなかったので、これではっきりと勝敗が着いたかとと言えば、微妙だと感じています」
「く、悔しいです。慎重な戦い方を見抜き、作戦がうまくいかなかった際の対応まで読まれているとは……」
「平野にわざわざ大軍を見せて、エルクス王国軍を出来るだけ集めようとしたところも、慎重さが伺えましたね」
「うう~~! やっぱり完敗ですっ! もし大軍を見せなかったら、対応は遅れていましたか?」
「そうですね、完全に遅れていました」
「むむ、慎重さが仇になりましたね……」
「考える相手によって、打った策が効果的になるかならないか大きく変わりますからね。この辺りはなかなか難しいものです。もし仮にずっと我々が勝負を続けていたら、ルナの中でも自分の事への理解が進んで対応が変わったのではないでしょうか?」
「そ、そうですね! なので、やっぱり完敗ではないですねっ!」
素早くペンを持つ手を動かしながら、食い入るように話を続けるルナ。
彼女の目は一際輝いており、年相応の無邪気な姿になっている。
ただ、話している内容が、年齢に合っているとは思わないが。
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