29話「小さな部屋の中で」

 ルナに連れられて書庫の一番奥まで進んで行くと、目の前には更に奥へと進めそうなドアが見えてきた。


「ここが、私がいつも使用している部屋になります。地方への巡回などが無い日は、基本的にここに籠ってます。一応、色々と大事なことを一人で考えたりしているので、誰かにはいられないように施錠しています」


 ルナは首に下げていた鍵を取ると、扉に差し込んで解錠した。

 扉を開けると、小さな書斎とそれを囲むように背の高い本棚が並んである。

 部屋の端には、背の高い本棚でも不自由しないように梯子も隅に置かれている。


「ここに入っている間も鍵を閉めてしまいますが、大丈夫ですか? 基本的に訪ねてくる者はいませんが、考え事を日々する中でいきなり入ってこられる可能性があると、どうしても落ち着かないものでして……」

「もちろん大丈夫ですよ。ルナのいつもの流れでやっていただければ」

「ありがとうございます。基本的にはそう言うことはないのですが、一応魔法の指導も出来る立場にはなっています。なので、いきなり尋ねてきたとしても文句は言えない立場ですので……。まぁ尋ねて来る人は滅多にいませんがね」

「でも、流石にノックの一つぐらいしますよね?」

「陛下に取り立てていただいて間もない頃、この部屋で居た時に随分と年上の方がいきなり入室してきましてね。鬼気迫る顔で入ってきて、それがトラウマと言いますか……」

「な、なるほど」

「も、もちろんノックされたら、ちゃんと開けますけどねっ!?」


 策を練ったり、漏洩できない情報を取り扱う立場として、ルナなりに注意しているということもあるのだろうとは思った。

 ただ、鍵を掛ける必要まではあるのかと思っていたが、なかなかプライドの高い人物が、ルナに恐怖心を植え付けるようなことをしたらしい。


「ちなみに先ほどの話の続きになりますが、そのことを陛下に報告したところ、その入ってきた人は次の日から見なくなりました。どうなったかは分かりません。陛下にどうしたのか尋ねたところ、『聞かない方がいい』と……。なので、無事に済んでいないというのは、そう言ったところからですね」

「る、ルナの身が守られて良かったのではないでしょうか?」


 実質、皇国の魔導士として追放されたということか。

 他の地域へ飛ばされたとしても、ルナは定期的に巡回しているから姿を見てもおかしくない。

 周りの空気を乱すものは、容赦なく罰する。

 ルナがまだまだ若いということを考えれば、皇帝がちゃんと後ろから見ているというそれなりの圧は必要なのかもしれない。

 予想外の人物を抜擢すること自体は簡単なこと。

 だが、そのことによって生じる可能性のあるトラブルに対する予測と、対応。

 それが迷いなく出来る皇帝は、やはりすごい。


「この中にある物は、自由に見ていただいて構いませんよ。とはいっても、私が記した書類ばかりなので、合うか分かりませんが」

「この本棚に入っている書類、全部ルナがしたためた物なのですか!?」

「ええ、そうです。やはり記録に残しておかねば、忘れてしまうこともあります。その時によって、同じシチュエーションでも結論が変わってしまうことがあります。日々メモを取って、どんな時にどんなことを考えて、どれが最善手であるか比較するためにも、どうしても記録物が多くなってしまいますね」


 ルナがそう言う通り、とんでもない量である。

 中には辞書並みに分厚い書類もある上に、上級魔法の習得についてまとめた物やこれまで戦闘状況や知識をまとめた物まで様々。

 一ページずつ細やかな字と、絵や図を用いて分かりやすくまとめられている。

 既に書いているページに後日追加記載したのか、違う色で文字が書き込まれている場所もある。


 人はその時の心境によって、考えが変わってしまうことがある。

 どんなに冷静で居られる人でも、戦争などの非常時になればそうもいかない時がある。

 冷静でなくなると、考えが鈍ることはもちろんだが、その他の心情の変化でも考えは大きく変化したりする。

 戦争時ほどではないが、日々の生活の中でも人は心情の変化がある。

 なので、こう言った記録を取って日ごろから比較することで、どんな心境でどんな考え方をするとよい結果につながるか、自分自身で見つめなおすことが出来る。

 と、口で言うのは易いが、やるとなるととんでもない労力がかかるのだが。


「そんなにしっかりと見られると、恥ずかしいですね……」

「こういった書類は、誰かに見せたりはしないのですか?」

「陛下に少しお見せしただけですね。他の方たちは何となくおわかりになるかもしれませんが、戦術などの話に反応があまり良くなくて……」


 ミーシャは最初から戦術のことを「難しい話」と言っていたし、ネフェニーもこういうことには弱いイメージが勝手についている。

 これは勝手な想像だが、ルナやミストもあんまりこういう話をしても頭に?が浮かんでポカーンとしそうなイメージの方が容易に浮かぶ。


「ただ、最近ではレックが戦術を気にするようになりましたね」

「確かに昨日見学しに行った時も、ルナが考えた戦闘状況でどう動くかの訓練しているところを見ましたね」

「ああ、御覧になられたのですね。最近では戦争も落ち着きましたので、レックに提供する訓練用の戦闘シミュレーションの作成から、戦術などを色々と考えるようになりましたね」


 レックはルナが多忙の中、シチュエーションなどを考えてくれていることに申し訳なさを感じていたようだが、彼女はこの仕事もうまく自分の能力を高める方向に昇華しているらしい。

 自分の高難易度の呪文の習得も並行して進めている中で、こうしたことをも行っているのだから、とんでもないキャパである。


「どうです? レックはうまく訓練に取り入れられていましたか?」

「見た感じ、有意義なものになっていると思います。ただ、弓兵や魔導士などの攻撃範囲を認識させるためにはどうしたらいいかという点が、今後の課題ってところですね。そこで、弓兵達の実践を積む意味も込めて、ミーシャと協力すればいいのではないかと提案しました」

「なるほど。確かに、お互いにより実戦的な経験値が積めますね。私がなかなかあちら側に行くことは難しいので、キース殿が色々と見て回っていただける効果はかなりありそうですね」

「近いうちに、ミーシャと話し合ってみると言っていましたから、実現も近いのではないでしょうか」

「うーん、あの二人が話し合って拗れなければいいのですが……」


 ルナもあの二人の関係性については、ちょっと不安があるようだ。


「拗れた時は、私たちで説得するとしましょうか。訓練は効果的であることが分かりましたし、更に鎧騎士と弓兵同時に強くなるのであれば、本当に考え甲斐があります。これからもどんどんレックに提供できるように頑張ってみましょう」

「そうですね。最悪の場合は、自分が間に入ってもいいですし」

「確かに、キース殿に任せる方が良さそうです。私だと、ミーシャに甘くてレックに厳しくしてしまいそうですし。キース殿なら、男性同士分かり合えることもあるでしょうし、ミーシャも懐いているようなので」

「お、お任せください!」


 ルナにさらっと「ミーシャに懐かれている」と言われるのは、ちょっと恥ずかしい感じがする。


「さて、キース殿」

「はい?」


 ルナは書斎に座ると、改めてキースの方に向いて話を切り出してきた。


「こうして色々と戦術を考え、魔法も使う。ようやく私と共通点のある友人が出来ました。早速、語り合おうではありませんか! 何から話しますか!? 戦術ですか?魔法ですか? 魔法でしたら、風の上級魔法をご指導しますよ!?」


 目を輝かせて、すごい勢いで話し始めた。

 先ほどまでの落ち着いた雰囲気はどこへやら、友人になるという話の時のように意気揚々としている。


「そ、そうですね……」


 ルナは未成年でお酒が飲めないので、今日は早く屋敷に戻ることになるかなとなんとなくキースは思っていた。

 だが、この食いつき方からして、なかなか開放されないのではないだろうかと思い始めていた。






















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