28話「ギャップ差」

 あまりやり取りが出来ていなかった不安が十分払拭できるぐらい会話をすることが出来た頃、ルナがある建物の前で立ち止まった。


「ここが魔導士が訓練を行う場です。そうは言っても、建物の大半が書庫になっていますが」


 そう言って中に入ると、中は大きな書庫になっていた。


「そ、そうですね。訓練場って感じではありませんね」

「ご存知だと思いますが、魔法は自分の持てる能力を発揮するためには何が必要かを、いかに知るかが重要です。キース殿が闇魔法を書庫に籠って習得されたとのことですので、その辺りは違和感無いですかね?」


 中では至る所に魔導士たちがいて、各々の魔導書とにらみ合いを続けている。

 トップを務めるルナが横切っても、特に挨拶もすることない。

 というか、気が付いていないのかもしれない。


「ああ。ミーシャやレックのところにいる皆さんはちゃんと挨拶とかするかもしれませんが、ここに居る方たちは私には何も言いませんよ?」

「そ、そうなのですか?」


 キースの思っていることを察したのか、ルナがさらっと内情を打ち明けた。

 己の実力を磨くことに熱心なのはいいことだ。

 だが、上の立場の人に対して最低限の挨拶ぐらいは会ってもいいと思うが……。


「まぁ、私が目立っていることに色々と思う方が多いでしょうからね」


 彼女は周りに比べて一段と若いのに、魔法の力もあって皇帝に認められている。

 快く思っていない者も、正直いるということか。

 どんなに上に立つ者が理想的な統治をしていたとしても、こう言った場所では重苦しい雰囲気が出ることがあるのは仕方ないとは思う。

 魔導士は、日々学びを積み重ねることを必要とされている。

 肉体を使った殴り合いなどが無い分、なおさら陰湿な空気が漂ってしまうことは珍しいことではない。


「そんな雰囲気で、ルナは大丈夫なのですか?」

「はい。皆さんに負けないように、日々先進すれば良いだけです。魔導士全体の上に立つ以上、他の方に魔法で負けることは許されませんからね」


 確かに実力勝負なら、そうなのだろう。

 だが、キースが気にしている部分はそこではない。


「もちろん、ルナの実力がほかの人に負けるとは思っていません。ただ、妬みなどでルナへの嫌がらせなどが無いのか、少し不安になりまして」

「問題ありません。そんなことをして陛下にバレでもしたら、人生そのものが終わるでしょうからね。いつもあのように穏やかで優しい陛下ですが、怒らせると無事で済まないという話ですからね」

「は、初めて聞きました……」

「私も、本当に怒った姿を見たことはありません。ただ、何かあった時はすぐに言うようにと声はかけていただいています」


 なんだかんだ言いながらどこまでも寛容に見える皇帝だが、やはり許せないことはあるようで、もしそう言うことが発覚したらとんでもないことになるらしい。

 ……あんまり失礼な言葉遣いとかしないようにしなければ。


「まぁ、私たちには関係ないと思いますよ。間違ってもそういうことをするような人を、陛下が選ぶことはしませんし」

「多少おかしな言動しても、大丈夫ですか……?」

「むしろ陛下が楽しまれているようなので、大丈夫です。むしろ、かなり楽しまれているように見えますので、キース殿の無理のない範囲で提供して頂いた方が、良いまであります」

「ゼ、善処しますね?」


 ルナの目線から見て、全然問題ないらしい。


「いきなりご心配をおかけしました。気にしてくださり、ありがとうございます」

「いえいえ。でも、この雰囲気じゃ打ち解けられる相手はなかなか作ることが出来ないのでは?」

「もともと周りよりも魔法を使いこなせるようになってから、他の人との距離感は出来ていましたし、大丈夫です。それに、私だって仮に自分より若い人で上に立つ人が居たら、思うことの一つや二つありますしね」


 話を聞いていて、孤立しているのではと不安になったが、余計な心配だったようだ。


「それに、今ではミーシャもロアもミストもいます。何なら私は、ネフェニーに甘えさせていただいているので、昔よりも充実してますよ。皆さん、優しいですから」


 あまり表情を変えないルナが、ふふっと軽く笑ってそう話した。

 ロアたちも優しいが、やはりミーシャのコミュ力は様々なところで生きている。

 ミサラの採用した人物の強みが生かされて、最高の好循環になっている。

 というか、ネフェニーに甘えているというのは意外だった。

 先ほどのやり取りで、あっさりネフェニーが引いた理由がより分かってきたような気がする。

 今、ルナはこう言っているが、絶対に辛いと感じる時はあるはず。

 さばさばしていて芯の強そうなネフェニーなら、ルナが苦しくなったときにしっかりと受け止める姿が、なぜか想像出来る。

 ……そうなってくると、やっぱりレックってどうでもいいって思われてるのか。


「……何なら、キース殿も私と友達になっていただいてもいいですよ? 私のことが心配なようですし?」


 目を反らしてちょっとそわそわしながら、ルナはそんなことを言った。

 言葉だけ聞けば強気に聞こえるが、内心ドキドキしているのだろうか。


「是非ともお願いします」

「そ、そうですか!? し、仕方ありませんね~!」


 言葉ではそう言っているが、かなり顔は嬉しそうで声もウキウキしている。

 いつもの冷静な様子からのギャップ差がすごい。

 こういうところが、ミーシャやネフェニーを骨抜きにするところなのだろうか。


「は、初めて男性のお友達が出来ました!」

「あ、あれ? レックは違うんですか?」

「う~ん……。年もちょっと離れてますし、友達って言う感覚では……」


 ルナから見て、レックは親密になれそうない相手ではないらしい。

 また可哀想と思ったが、確かに考えてみるとレックとルナが仲良くするイメージが湧かない。

 でも、ルナがレックに容赦ない言葉を言っていたところもあったので、それなりに打ち解けられそうな気もするが。

 この辺りは、よく分からない境があるのかもしれない。


「ささ、大切な友人にはもっとお話ししたいことがあります! 書庫の奥に、私専用の部屋がありますので、そちらに行きましょう!」


 今まで見た中で一番元気な姿になったルナに手を取られて、魔導士たちが研究に向き合う書庫の奥へと進んで行った。








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