23話「初めて一人で過ごす夜」

「ちなみにキース様は、この国でこれからどうされていくかなどは陛下とお決めになられたのですか?」

「いえ、まだ決まっていません。そう言うこともあって、昨日から各分野の兵士たちや訓練を見学する機会を頂いています」

「そういうことでしたか。なので昨日はミーシャ様、本日はレック様とご一緒に足を運んでいただいたのですね。明日以降も、他の方と別の場所へ?」

「はい、明日はルナが色々と案内してくれるとのことです。明日遅刻しないためにも、そろそろ帰ろうかと思うんですが……。レックをどうしたらいいんだろ」


 女性であるミーシャなら、流石に背負ったりすることで連れて帰ることも出来たが、キースよりも体が随分大きいレックはどんな持ち方をしても、連れて帰ることは出来ない。


「起きるまで待ちますので、キース様は先にご帰宅して頂いて大丈夫ですよ」

「それはマスターにご迷惑ですし……」

「こういう方はよくおられますし、騒いだりとかもしていないので問題ありません。私は片付けもありますので、その間に気が付かれると思います。大切なお客様が、女性との待ち合わせに間に合わないということがあってはなりませんので」

「すいません、今日は最初から最後まで気を遣っていただいてしまって」

「いえいえ。こうしてまた足を運んでいただきましたし、個人的に昨日のことに対する罪悪感もありますので」

「そう言っていただけると、助かります……! また来ます」

「はい。またのご来店、心よりお待ち申し上げます」

 

 店主に申し訳ないと思いつつも、キース一人ではどうすることも出来ないので、店主の厚意に甘えることにした。

 酒場を出ると、昨日と同様にもう深夜。結局、二日連続で遅い時間まで酒を飲んでしまった。

 静かな帝都を歩いて、自分の屋敷に戻ってきた。


「ん……?」


 誰もいない屋敷に電気をつけると、食事などをする大きなテーブルの上に手紙が置かれていた。

 手に取って広げて読んでみると、それはミーシャが残していったものであった。


 ―キースへ

 昨日は本当にごめんなさい。まさかあんなことになってしまうとは……。恥ずかしいやら、みっともないやら……。流石に幻滅しちゃったよね。もし嫌いになってないなら、また何か誘ってくれると嬉しいな。


 今日の朝すごく気にしていたのはよく分かったが、こうして手紙を律儀に残していく辺りからも、かなり気にしていることがよく分かる。

「そっちから誘って欲しい」というのも、昨日のことが尾を引いていて自分からは誘えないと感じているということか。


「ミーシャ、可愛いな」


 よく異性と遊んでいるし、こういうことにだって慣れていると思っていたが、かなり気にしているあたり、純粋に可愛いと思ってしまう。

 本人は申し訳なさや、こちらがどう思っているかなど不安を抱いていることからこういう手紙を残したのだろう。

 ただ、キースからすればそれだけ気にしてくれているということが分かって、素直に嬉しい。


「早めに何か誘わないとな……」


 早めにまた飲みに行くか、ご飯を食べに行くかなど誘えば、ミーシャはきっと喜んでくれるだろう。

 逆に、なかなか声をかけないと本気でミーシャが落ち込んで自分と距離を取りそうな気もしてきた。

 周りのみんながその異変に気が付けば気になるだろうし、キースとしてもミーシャと仲が微妙になるのは悲しい。

 明日の朝、集まりの時にミーシャが居たら早速声をかけることにしよう。

 ……レックには申し訳ないが、ミーシャ個人に未練があるというよりは、別れた人への未練が立ちきれないといった印象だし、ここはミーシャを取ることにしよう。

 店主も「いつかは立ち直る」と言っていたので、ずっと見てきている彼の言葉も信じることにしよう。


 ミーシャの手紙にちょっとほっこりしつつも、休む準備を始めた。

 側付きの女の子たちが日中のうちに綺麗に整えてくれていたバスローブを手に取りながら、キースはふとあることに気が付いた。


「そう言えば、こうして自分の屋敷で一人で過ごすのって初めてか……」


 この国に来て、ロアやミーシャと常に誰かが一緒に居る状態で一夜を過ごした。

 だが、今日は誰もいない。

 女性が隣に居ることでまったく気にしていなかったが、屋敷がこうして広くて大きいことで、誰もいなことによる静寂がより強調されているように感じる。


「大きくて広い屋敷は嬉しいんだけど……。一人でこの大きさは使いきれないし、何より一人で夜いると、寂しさがすごいな」


 エルクス王国に居た時は、ボロボロの小さな自宅しかなかったので人を呼ぶなんて考えもしなかったし、たとえ呼べるような家だったとしても心理的に余裕が無さ過ぎて、呼ぼうだなんて考えもしなかった。

 誰かに居て欲しいと思えるようになっただけでも、心理的に余裕が出てきたのかもしれない。


「陛下にここへ誰かを呼んで、部屋を使ってもらってもいいかとか聞いてみようかな……」


 ミサラがキースのことを考えて、しかもおそらく私費で作ったという話なので、勝手な使い方をするのは気が引ける。

「もうお主が使うのだから、好きにしたらよいのだぞ?」と優しく言ってくれるような想像は容易に出来るのだが。


「明日、陛下に聞いてみようかな。許可が下りたら、どんな人に声をかけてみようか……?」


 意気揚々と考えたが、冷静になってみるとまだちゃんと話をしているのは、重鎮メンバーのみ。

 そして彼女たちは、もちろん各個人で同じような屋敷を持っていることが十分に考えられる。

 元々皇国生まれの人からすれば、エルクス王国生まれである自分のところに来るのは抵抗があるだろうし、まず声を掛けることなど出来るわけもない。

 変な人が自分の屋敷に住みついたら良くないことになる上に、そもそも知らない人に「自分の家に住まないか?」とか変態でしかない。

 捕虜開放作戦に参加してくれた元エルクス王国民たちは、立場を気にしておそらく来ないだろうし、家族がいる人も多いだろう。

 

「許可が下りても、呼べそうな人、誰もいないな……。呼んでくるか来ないか、その以前の問題かもしれない……」


 まだ来て二日しか経っていないのでどうしようもないことだが、しばらくは寂しい夜が続くことになるかもしれない。

 せっかくのいい案だと思ったが、まだ実現が出来ないと感じたキースはちょっとだけ落ち込みながら風呂に浸かった。




















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