21話「訓練の質」
外の訓練場には、訓練用に作られた砦や拠点があり、そこで訓練を行っていくようだ。
実技訓練と言っても実際に武器を持って戦うような内容ではない。
「いいか! いつも通り、俺が提示するような条件で敵が攻めてきた場合、どの位置で防衛・あるいは攻勢に出るか判断して素早く位置に付け!」
レックがこの訓練において相手がどのような兵士たちを率いてきたか、戦闘状況の例題を出してその状況でどのような位置で防衛をするかなど、考えて実演すると言ったものだ。
鎧を着けた状態で、兵士たちが素早く行動することの習慣づけや、兵士たちがそれぞれの状況下で最適解を見つけ出すための訓練である。
防衛だけではなく、攻撃側に転じる場合もあるので、レックが出してくる課題内容は様々。
その他にも、防衛の際にけが人や魔導士・弓兵達と言った前線にいると危ない者が、不測の事態で敵の目の前に居た時にどう回収しながら防衛するかなど、課題は様々。
その際には、その対象を模した人形を背負って動いているので、相当厳しい訓練である。
レックは何やら手に書類を持って課題を出しているので、おそらくは作戦を考えたり、戦闘状況が一番理解できているルナ辺りから、色んな戦闘状況における動き方など、情報をもらっているのかもしれない。
「ここまで実戦であり得る様々な可能性に、対応できるように訓練しているのか」
エルクス王国では、「取りあえず前線で攻撃を受け止める」ということだけだった。
キースが考えられる範囲では、出来るだけ命を落とさなくて済むように必死に考えていたが、管理の行き届かないところでは、貴族たちの無茶な作戦で犠牲になった兵士たちも多かった。
皇国では、危険であることに見合うように給料を高くすることだけでなく、危険な立場であろうが、仲間の命と共に自分の身もしっかり守れるような訓練が行われている。
「その位置に立つと、お前が今背負ってる負傷兵もろとも死ぬぞ! もっと視野を広く持って行動しろ!」
そのため、レックの指導にもかなり熱が入っている。
ハッキリと言って、同じ国と名乗ってはいけないほどの大きな差がある。
自分には適性が無い分野だったとはいえ、こうして見学することでこれほど知らない場所で、精度の高い訓練が行われている。
圧倒されながらも、キースはレックに頼まれたようにどこか更に改良できる点はないか、頭を動かしてみた。
(こういった配置訓練も大事だけど、戦闘訓練とか攻撃を受け止める技術を磨けると更に安定感が増すんだろうけど……)
剣士が木で出来た剣で訓練したり、的を狙って矢を放つなどは容易に訓練が出来る。
鎧騎士は鎧を着けているからこそ、そう言った戦闘訓練が難しい。
頑丈に作られている分、中途半端なものだと緊張感や実際に攻撃を受けている感覚が全く得られない。
かと言って、今着ている鎧に十分衝撃が伝わるようなものを訓練で使用など、危険すぎて絶対に出来るわけもない。
作戦の中では、鎧騎士たちに少しばかり耐えてもらわないといけない、という状況は十分に考えられる。
様々なことを考えながら、レックと鎧兵たちの厳しい実技訓練を食い入るように見つめた。
数時間後、訓練を終えてそれぞれ帰路に着く兵士たちと共にレックが出てきた。
「お疲れ様」
「おう。実際に見てどうだった?」
「実技訓練、見れて本当によかった。ああいった訓練をするということは、あっちの国には頭の片隅にもなかった」
「あれはルナの提案なんだ。俺もその提案を聞いた時、当事者でありながらなぜこの発想にならなかったのかとなったよ。陛下もすぐにああいった実戦の場を意識した訓練施設を、すぐに建設するように取り計らっていただけたしな」
「なんか書類みたいなのを見ながらやってたけど、ルナがシチュエーションとか考えてくれているの?」
「その通りだ。あいつも仕事がたくさんあるだろうに、色々と考えてくれている。感謝しかねぇよ。だからこそ、大変だとか弱音はいてる場合でもないんだけどな」
「皇国一の軍師が考えるシチュエーションか……。その対応力が兵士たち一人一人に着くと、本当に犠牲が無くなるね」
「それが俺たちの目指すところだからな。で、どうだ? キースの目から見て、何か改善した方が良いところとかあったか?」
「そうだね……。自分の考えなりに、何個か考えてみたことはあるけど」
「おお、ルナがあれだけ意識する男だ。ゆっくりと聞きたいところだな」
「まぁ、そんなに画期的なことを考え付いているわけじゃないんだけどね」
「それでも構わん。ゆっくりと聞きたいから、飲みながら話を聞いてもいいか?」
「うん」
急遽レックと酒を飲みながら、今日キースが考えたことを話すことになった。
彼の後に付いていくと帝都の中心に戻ってきて、昨日見た街並みが目に入ってくる。
(あれ、もしかして……)
キースは、レックの後に付いていく中で何となく気が付いてしまった。
彼はおそらく、昨日ミーシャに案内された酒場に向かっている。
「よく行く酒場があるんだ。落ち着いたマスターがいて、雰囲気もいい」
この言葉で、昨日の酒場であることが確定した。
二日連続で足を運ぶことになるが、問題はそこではない。
店主は、キースが昨日ミーシャと飲みに来ていることを知っている。
足を運んだ瞬間に、「二日連続で御贔屓にしていただき、ありがとうございます」とか言われてしまうと、色々と察したレックが落ち込んで話にならない可能性がある。
そう考えると、急に不安が押し寄せてきた。
だが、「別の酒場にしない?」なんて不自然すぎて言えるわけもないし、そもそも別のいい酒場があるのかどうか、キースは知るわけがない。
もはやなるようにしかならない。
「もしかしたら、違う酒場かもしれない」という淡い期待も持っていたが、昨日ミーシャに連れてきてもらった酒場前に到着した。
「よう、マスター」
「これはこれはレック様。……おや、今日はお客人も一緒ですか?」
「ああ、話には聞いているだろう。陛下が引き抜いた男だ」
マスターは、レックとキースを見て少しの間が空いた後、キースのことを知らない体で話を進めた。
レックがこちらを向きながら店主にキースを紹介している隙に、店主が軽くウインクをしてきた。
どうやら、厄介なことになりそうなことを何となく察してくれたらしい。
おそらく、レックとミーシャの二人で飲みに来たりしていたのだろうから、昨日今日の組み合わせで、すぐにどう対応するべきか分かってくれたのだろう。
「は、初めまして。キースと申します」
店主がそれなりに察してくれたので、キースも初対面という体で話を進めた。
昨日と同じ店主の前にあるカウンター席に、二人そろって座った。
「何になさいますか?」
「そうだな……。俺はビールで。キースは?」
「そうだね。きの……飲みやすいお酒とかありますか?」
「ございますよ。こちらでセレクトしましょうか?」
「お願いします」
危うく「昨日と同じやつで」と言ってしまいそうだった。
おそらくは、今の頼み方で昨日と同じお酒を出してくれるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます