16話「説明が難しすぎる」

 目を覚ますと、昨日同様に光が窓から差し込んでいる。


「そろそろ起きないとまずいな……」


 目の前にいるミーシャは、キースが眠る前と変わらずこちらを向いて眠っている。

 ただ、キースを抱き寄せる腕の力は抜けている。

 起こさないようにそっと腕を動かしてから、ゆっくりと体を起こした。


「体が重い……」


 起きなくてはならない理由があるので頑張って体を起こすが、何もない休みの日なら確実に寝直したいくらい体が重い。

 それなりに酒が飲めるとはいえ、久々にたくさん飲みすぎたようだ。

 昨日入ることの出来なかった風呂に入って汚れを落としてから、身支度を整える。


「……あの酔い方だと、昨日の記憶がないだろうから色々と書いておいた方が良いか」


 なぜこの場所で寝ているのかなど、混乱する可能性もあるのでここがキースの屋敷で、落ち着くまでゆっくりしていくと良い旨を置き手紙を残しておいた。

 念のため、屋敷で働いてくれている側付きの女の子達にも事情は伝えておいてから、城に向かうべく屋敷を出た。


 今日はレックと共に鎧騎士のことについて色々と説明してもらうことになっている。

 キースはレックたちがどこで訓練したりしているかなど分からないので、一度ミサラの元に集合して合流してから向かうことになっている。

 集合時間は昨日と同じ時刻にしたのだが、酒を飲みすぎた影響もあってギリギリに到着した。


「も、申し訳ありません。ギリギリになってしまいました」

「おはよう。やけに慌てて来たのぉ。別に間に合わないのなら、それでも良いのだぞ?」

「そ、そう言うわけにはいきませんので……!」

「何やら昨日は色々とあったようだな……? それはこの後聞くとして、昨日来なかった二人が今日は来ておるぞ」

「おはようございます、キース様。昨日は出席出来ず、申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらずに」


 ミストが深々と頭を下げてきた。

 感謝されることに悪い気はしないが、謝罪されるのは落ち着かないので、気にしないようにだけ伝えておいた。

 そして、キースが初めて見る顔がもう一人いる。


「ほほー、いい男だねぇ……」

「は、初めまして。キースと申します」

「私はネフェニー。ここの槍騎兵部隊の大将やってる。何か陛下が、意地でも欲しいって言ってたらしいんだけど……。陛下もついに男に目覚めましたか?」

「そうだと言った方が盛り上がるのだろうが、残念ながら、顔はここに来てもらうまで知らなかったのでなぁ。そう言う目的ではないのだよ」


 国の主に向けてとんでもない言い方をするこの女性は、かなり身長が高く凛々しい雰囲気が漂っている。

 キースから見ても綺麗な女性だが、女性にも支持されそうな雰囲気がある。


「ちなみにお酒は飲める?」

「飲めますよ、一応……」

「へぇ、いいじゃん。もうレックと飲むのは止めにして、君と飲みたいところだな」

「ほれ見ろ。あの時言ったようにレック、お主はあっさり切られたぞ」

「何でだよぉ……」


 ミサラの言った通りになってしまい、レックはかなり落ち込んでいる。

 この状況で飲みへの誘いを受け入れるか断るか、どっちがいいのだろうか。


「ちなみに、昨日からキースには各部隊の施設や訓練など見学して回っておる。昨日はミーシャ、今日はレックのところとな。ミストとネフェニー、お主らもキースに興味を持ってもらいたいなら、その機会を設けるか?」

「いいんですか!? 是非ともお願いいたします! キース様と剣技の対決、してみたいです!」

「うーん、面倒だけどキースを独占できる時間が出来るのなら、ありかも」

「よし、では今決まっている順番の後に、ミストとネフェニーを加えようと思う。キース、お主もそれでよいか?」

「はい、もちろんです」


 昨日欠席していた二人が担当する分野も見学出来ることが改めて決定した。


「それでお主……。昨日ミーシャとはどうなったのだ? お主が時間ギリギリに来る、そしてミーシャが来ておらん。何かあったのは間違いないだろう。詳しく話せ」

「えっとですね……。あの後も、ミーシャから遊ばないかと何度も誘われました。その中で色々と考えて、酒を飲みに行くことだけしました」

「ほうほう」


 ミサラやネフェニーは興味深そうに聞いているが、ロアとレックはかなり不安そうな顔をしている。


「で、お酒を飲みに行ったんですけど……。ずっと飲んでたら、ミーシャが酔いつぶれてしまいまして」

「ミーシャが酔いつぶれただと!? あいつ、かなり酒が強いはずだが」

「で、どうしようもなくて、私の屋敷に連れて帰りました。今はまだ寝てると思います」

「そ、そんな……」

「お、終わった……」


 キースの説明を聞いて、ロアとレックが崩れ落ちた。

 一方で、ミサラはニヤニヤしているし、ネフェニーはかなり興味深そうに話を聞いている。

 ルナとミストはポカーンとしている。

 昨日も感じたが、大国の主と重鎮が集まっている場所で起きるような雰囲気ではないと思うのだが。


「ということはお主、ミーシャを抱いたか?」

「い、いえ! 酔っている女性にそんなことしませんよ!」


 本当はミーシャがそのパターンを狙っていたことについては、黙っておくことにした。


「なんじゃつまらんの~。しかし、あのミーシャを酔い潰すとは。最強の遊び人になれる素養は大いにありだな」

「酔ったら人って雰囲気変わりますけど、ミーシャってどう変わるんです?」

「そう言えば、ミーシャが泥酔したところは見たことがないな。確かに気になるところではある」


 シンプルに興味があったのか、ルナがそんな質問をしてきた。

 まさかの相手から飛んできた質問。

 酔ってしまったという事実だけで話を終わらせようと考えていたキースは、どうしていいか焦った。


「えっと……」

「「「「「?」」」」」


 キースはすぐに答えることが出来ない。

 ここで「酔ったら甘えん坊になりました」なんて言えば、また結局ヤッたとかいう話に逆戻りしそうだからだ。

 かと言って、適当なことを言うと勝手にミーシャの印象を変えることになってしまう。


「と、特に変わらないですかね。ちょっと絡みが多くなるぐらいで……」

「お主、嘘をついているという顔をしておるぞ」


 最終的に言うほど変わらないというのが一番無難という結論にたどり着いたが、その考えに至るまでに時間を要しすぎた。

 それにこの主を相手に、苦しい嘘をついて誤魔化すことは無謀。


「な、何で嘘ついたんです?」

「い、いや! 何て言うか、その……」

「なんじゃ? 言葉で言えんほどエロくなったのか?」

「「ああ、もうダメだ……」」


 素直に言うことでややこしくなると危惧したが、適当に誤魔化したらよりややこしくなってしまった。


「み、ミーシャ本人からいろいろと聞いた方が早いかと……!」

「本人に聞くも何も、酔ってて記憶ないだろう」


 その通りである。

 本人が証明できない以上、一緒に居た人にしか真実は分からない。

 話がどんどんこじれているうえに、嘘で誤魔化そうとしたルナにも不信感を抱かれそうである。


「素直に言いますと……。甘えん坊になるという感じですかね?」


 ミーシャに申し訳ないと思いながらも、これ以上話がこじれることが怖くなったキースは素直に白状した。


「最初から素直にそう言えばよかったものを、なぜお主は誤魔化そうとした?」

「こ、こういうことはあんまり言わない方が良いかと思いまして……」

「怪しいのぉ。お主は真面目な雰囲気が出とるのに、何故かところどころやらしい雰囲気を感じるしな」

「ミーシャの甘えん坊ですか。ちょっと見てみたいかもです」


 ルナはそんなことをぽつりと口にしたが、昨日のルナとミーシャの件でしっかりミーシャは甘えていた。

 あのような感じになると言えば、この話はすぐに終わっていた。

 頭の回転の悪さを自分で恨むしかない。


「我もまだまだお主の本性を見抜くまでは、時間がかかりそうだな」


 昨日はミーシャに振り回されたとか自分の中で思っていたが、この場では自分自身が振り回してしまっている。

 上下関係だけを意識して生きてきたキースには、まだまだこう言った関係性は難しすぎると感じてしまった。































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