15話「酔っちゃいましたね」
お酒を飲み始めて数時間後。
キースとミーシャが飲み始めてから入ってきた客も、いつの間にか酒場を跡にして、数少なくなってきた。
それだけ長時間の見続けている二人の前には、空になった大量のグラスが並んでいる。
「ねぇ、キース君……」
「はい、何でしょう?」
「頭撫でてぇ~」
ひたすら二人は同じペースで飲みあった結果、ミーシャが先に酔いつぶれた。
今はベロベロに寄ってしまっていて、キースに甘えてきている。
ただ、酔う前までのような大人な女性として誘惑してくるというよりは、純粋に小さな子が甘えるような雰囲気になっている。
「あ、頭を撫でるんですか?」
「うん。だって、今日お昼褒めてくれたじゃん~~!! 撫でてくれないとヤダー!!」
「わ、分かりましたから、叫ばないでください! まだお客さんいますから!」
話す言葉も、すっかりIQが下がってしまったかのような口ぶりである。
ミーシャの要求に戸惑って躊躇していると、大きな声を出し始めたので、やむを得ず彼女の頭を撫でてみた。
すると彼女は満足そうな顔になった。
「ミーシャ様よりもお酒が強いなんて、驚きです。何となく分かっておられたかと思いますが、今まで飲まれていたお酒は飲みやすいですが、比較的きつくて酔いやすいのですが」
「私は、エルクス王国から来たのですが、貴族が開く宴会などで、きついお酒に耐性自体はあります。安酒は苦手ですが、お酒自体は飲めなくはないので」
「先ほどミーシャ様から、戦争賠償でこちらに来た方ということはお聞きしました。やはりあちらでは苦労されたのでしょうね」
「宴会とかで無理やりきつい酒を飲ませて、自分たちのことを快く思っていない人物を炙り出そうとしたりしますからね。貴族たちはとても猜疑心が強いので。結果的に、酒に強くて口を割らないことも、あの国で生きていくためには必要だったりします」
「なるほど。ミーシャ様にはよく来ていただきますが、相手を酔い潰すことはあっても、酔いつぶれたところは初めて拝見しました。やはり悪い企みは成立しないものですね」
「あー、やっぱり自分の事を酔い潰そうとしていましたか?」
「ええ、その通りです。ミーシャ様があのようなことを言い出すのは初めてで、大変驚きましたがね。流石に男性が女性に対してそのようなことを企んでいるとなれば、即座に止めるのですが……。黙っていて大変申し訳ありませんでした」
店主はグラスを磨く手を止めて、キースに深々と頭を下げてきた。
良くないこととはわかっていたが、相手が常連であることや国のトップということもあって止めにくい気持ちはよく分かった。
それに男であれば、ミーシャと関係を持つことに嫌がる男など、ほとんどいないだろう。
それも一緒にお酒を飲み来るような関係性であれば、尚更そう考えるに違いない。
なので、店主を責める気持ちは全くない。
「まぁ、女性ですからね。ミーシャなりに硬い雰囲気の自分を崩そうとしてくれていたのは、今日1日を通してよく分かりましたし。マスターは何も悪くないので、お気になさらないでください」
「そう言っていただけると、助かります。ところで、ミーシャ様とは交際されているのですか?」
「いや、そう言うわけではないです。言っていいのか分かりませんが、まぁ色々と誘われはしますね」
「酔った状態でもいいからと、なりふり構ってませんでしたからね。結果として、いつもよりたくさん飲んでますし、酔いつぶれるのも分かります」
ミーシャはキースにもたれ掛かって幸せそうに微睡んでいる。
これ以上は飲むことは出来なさそうであるし、もちろん飲ませてはいけない。
「では、ミーシャもこんな感じになってしまいましたので、そろそろ……」
「はい、ありがとうございました。飲み代に関しましては、陛下に請求させていただく形になりますので、このままお帰りになっていただければと思います」
「ありがとうございます。お酒がちゃんとおいしいって初めて思えました。また来ます」
「嬉しいお言葉、ありがとうございます。またのご来店、心よりお待ちしております」
店主は穏やかな笑顔で、軽く会釈した。
ミサラが引き抜いた相手とは言え、エルクス王国から来た相手にも優しく話しやすい。
ミーシャのこともよく分かっているようなので、来やすい場所になりそうだ。
「ミーシャ、帰ろう」
「うーん……。だっこして……」
「抱きかかえるのはちょっと厳しいので、おんぶで我慢してください」
キースはミーシャを背負って、酒場から出た。
帝都はすでに深夜を迎えており、建物の明かりもところどころになっている。
ミーシャはすぅすぅとキースの耳元で寝息をたてて眠ってしまっている。
「ミーシャがどこで寝泊まりしてるのか、全然知らないな……」
その情報があればせめてそこまでは送っていくのだが、何の情報もないので分からない。
深夜でみんな寝静まっているので、誰に聞けるわけもなく。
店主もこれから自分たちが並べた大量のグラスの片づけをしているので、手間を取らせるわけにもいかない。
「仕方ない……。自分の屋敷で寝てもらうか」
ミサラに作ってもらった屋敷には、数えきれないほどの部屋があり、各部屋ごとにベッドはあるので、寝る場所には困らない。
明日ミーシャがどんな反応をするか分からないが、今取れる最善策はそれしかない。
「2日連続で女性を自分の家に招き入れることになるとは……」
今日の相手は酔いつぶれて寝ているので、昨日と状況は異なるが、結果として女性を家に引き込むことには変わりない。
深夜、人通りの少ない帝都で女性を背負って家に戻る男。
過程はどうであれ、この場面だけ見たら相当ゲスな男にしか見えない。
「は、犯罪じゃないからビビるな……!」
ようやく屋敷にたどり着くと、入り口から一番近い部屋にあるベッドへ慎重にミーシャを寝かせた。
「明日もレック率いる鎧騎士についての説明があるからな……。風呂に入って、早く寝ないといけないな」
キースは風呂に入るべく、ミーシャが寝ているベッドから立ち上がろうとした。
「キース君……どこ行くの?」
「え? ああ、お風呂に行ってもう休もうかと。ミーシャはこのまま寝てもらって大丈夫ですからね」
「やだ! 行かないで!」
そう言うと、泥酔している人とは思えない動きで、立ち上がろうとしたキースに抱き着いてきた。
キースは彼女に不意を突かれたことで、そのままベッドに倒れこんでしまった。
酔っていることで、少し赤らんだ顔がにっこりと笑顔になった。
「ふふ、こーして一緒に寝る!」
「……分かりました。ちゃんとおとなしく寝てくださいよ」
「うんっ!」
そう言うと、安心したのかまたすぐに眠り始めた。
だが、眠っている中でもキースを抱きしめる腕を放そうとはしない。
眠った頃合いを見て風呂に向かおうと思っていたが、諦めるしかなさそうだ。
「明日の朝一番で風呂に入って支度するか……」
今日1日、ミーシャと初めて会ってこうして1日振り回された。
持ち前の明るさと自分に発揮できるであろう強みも、よく理解していた。
最終的に面倒なことになったが、この件も含めて積極的に迫られてお酒を飲んだりするのも悪くない。
そんなことを思いながら、ミーシャの隣で眠りについた。
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