14話「酒場へ」

 約束通り、施設見学を終えた後はミーシャに引き連れられて、帝都中心にあるという彼女行きつけの酒場に向かう。

 酒場に向かう中で、キースはあることに気が付いた。


「自分で飲みに行くことを提案してどうかと思うのですが、自分こっちの通貨全く持ってなかったです……」

「あー、言われてみればそうか! 確かにキース君はここに来たばっかりだから、こっちの通貨持ってなくて当たり前だよね。でも、心配しないでいいよ。私たちのこういう経費、陛下が全部払ってくれるようになってるから!」

「そ、そうなのですか?」

「うん。陛下ってこう言った交際費を、給料から出すことで私たちの負担になることが嫌らしくてさ。交友深めることが出来るなら、それくらいは出すって言ってる~」


 よく異性と遊ぶミーシャや、まだ会っていないが酒好きと言われるネフェニー、それに付き合うレックは特に支出が多くなるだろう。

 こういうメンバーにはそう言ったミサラの配慮はかなりありがたいだろうし、ミサラから見ても誰と誰がコミュニケーションが取れているかなども、把握しやすいのかもしれない。

 ミサラ自身が支払いを行ってくれることで、メンバーに飲み行くなどの交流を無理のない範囲で促しやすくもなる。

 あくまでも予想ではあるのだが、色々と考えている人であるからこそこれぐらいのことは、計算に入っている可能性は高そうだが。


「だから気にせずにいつも飲めるんだよね~!」

「な、なるほど……」


 誰が相手でも払ってもらう立場だと、多少は控えめにした方良さそうに感じてしまうが、ミーシャにはそのつもりは無さそうだ。

 キースも、ミサラを見る限り遠慮をしない方が喜びそうではある。


 しばらく歩みを進めて、帝都に戻ってきた。

 昨日皇国に到着してから、城の付近でしか行動していなかったので、こうして街の中を歩くのは初めてのことになる。

 街の様子など、観察しながら歩みを進めるのだが……。


「キース君、もっと近づいて?」

「え? ああ、はい」


 ミーシャがキースの腕をぐっと抱き寄せてくる。

 もちろん弓兵の総大将として、帝都では超有名人であるミーシャ。

 彼女に注目する皇国民は多く、凄く視線を集めている。


「あ、ミーシャ様だ! また違う男連れてるぞー!」

「お~? どこでそんな悪い言葉を覚えてきたのかな~? 少年たちよ!」


 そんな中、キースとミーシャの元に少年達が走ってきて、そんなことを口にした。

 素性がどうであれ、国を支える重要人物相手にこんなことを言うのは、キースにとって信じられない光景だが、ミーシャは気にすることなく笑顔で少年たちの頭をわしゃわしゃと撫でている。

 見る限りでは、いつもこうしたやり取りがあるように感じる。


「こら! なんて無礼を……! 申し訳ありません、ミーシャ様」

「いえいえ、事実ですし! 物おじせずに言えるこの子達は、大物になりますね~!」


 少しすると、少年たちの母親が慌てて走ってきて、少年たちのやんちゃぶりに頭を下げているが、ミーシャはむしろ褒めている。

 エルクス王国でこんなことがあったら、どんでもない処罰が下ることは間違いない。

 他の国であったとしても、こんなことをしたらとんでもないことになる可能性は十分にあるだろう。

 だが、先ほどミーシャが真面目に話していたような、誰にでも丁寧で親しみやすさを出していきたいというスタンスが、ここでも生きている。


「あの子達ね~、いつも私の横にいる男について何か言っていくんだよね~」

「それだけ、ミーシャが親しみやすいってことなんでしょうね」

「おー、それそれ! 分かってるじゃん~!」

「親しみを持たれることは良いことだと思いますけど、あれぐらいの年の子に異性関係突っ込まれるのは、避けた方が良くないです?」

「ん~、大丈夫じゃない?」


 大人の異性事情を、あれぐらいの子に言われるのはいかがなものかと思ったが、ミーシャは何も気にしていないらしい。

 そんなこともありつつ、帝都中心にある行きつけの酒場に到着した。


「やっほー、マスター」

「これはこれはミーシャ様。今日はまた別のお方とですか?」

「今日の男はね、本命だよ! くっつけたら、もう私も遊び人卒業しちゃうかも~?」


 そう言いながらミーシャはこちらを見てきたが、とりあえず笑ってごまかしておいた。


「さようでございますか。私としては、ミーシャ様が足を運ばれる機会が減るのではないかと、不安になってしまいますが」

「大丈夫! 落ち着いたら落ち着いたで、二人の行きつけになるから!」


 まだ夜を迎えていないので酒場は比較的空いており、店主の前のカウンターに座ることが出来た。


「何か好きなやつとかある?」

「いや、そんなによく飲むことはないので、特にこだわりとかないですね」

「じゃあ、私と同じやつでいいね! マスター、いつものやつ!」

「い、良いんですか? 彼氏さん、あんまりお酒飲み慣れていないっておっしゃっておりますが……」


 店主はミーシャのオーダーにちょっと困惑している。


「ちゃんと様子は見るから大丈夫だって! それに……どうしてもお持ち帰りしたいから、今日だけはちょっと目をつぶって……ね?」

「陛下に怒られても知りませんからね……」

「大丈夫。彼は、陛下が例の賠償で欲しいって言った人なの。そこら辺の男じゃないから!」

「そ、そういうことでしたか……。まぁ陛下直々の関係者であれば、大丈夫ですかね……?」

「何も問題ない!」

「?」


 何やらミーシャが店主に近づいて、キースに聞こえないくらいの声量で話をしている。

 何を言っているのか、聞き取れないために分からないが、悪いことを企んでいるようだ。

 ……「お持ち帰り」とか言っていたので、何となく予想はつくが。


「お待たせしました」


 少しすると、グラスに入った果実のお酒が目の前に置かれた。

 酒を飲むといっても、安酒しか飲んでこなかったので、見た目からしていかにもいいお酒と言わんばかりの透明感と色の鮮やかさがある。


「よし、じゃあ乾杯しよ?」

「そうですね」

「では、運命の出会いに乾杯~!」


 そんなミーシャの乾杯に、落ち着いたクールな雰囲気の店主がフフッと笑った。

 毎回のように言っているか、「運命の出会い」という言葉が軽すぎるからなのか。

 あんまり似合ってないので、笑ったようにしか見えなかった。


「うん、今日もおいしい!」

「ありがとうございます」


 ミーシャは早速お酒に口をつけると、ふっと柔らかい笑顔になった。

 そんな様子を見て、キースもお酒を口に運んでみた。

 果実の甘い味が広がり、ジュースのようでかなり飲みやすい。


「飲みやすいですね。たまに飲む安酒は、飲みにくくてそんなにたくさん飲めないのですが、これはいくらでも行けそうです」

「……」

「でしょー! お金は気にしなくていいし、楽しんでこー!」


 店主はちらっとこちらを見たが、特に何も言わずに笑顔で軽く会釈した。

 その後も、話をしながらミーシャに勧められるがままに、キースはお酒を口にした。



















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