13話「ミーシャの実力」

「真面目なロアとじゃ一晩一緒に過ごしても、関係発展しなかったんでしょ?」

「それはまぁ、恥ずかしながらそうですね……」


 キースはこう言った色恋沙汰の話の前に、ちゃんとした恋愛一つも出来ていない。

 経験もなければ恋愛もしていない。

 こう言ったことに関して女性相手に色々と暴かれるのは、普通に恥ずかしい思いがする。


「昨日任務が終わって報告もかねて城に戻ってきたら、『我ながら、風紀を乱してしまったのぉ!』ってすっごく高いテンションで話してたから、陛下がかなり強引に流れを作ったのは、何となく分かったんだけど」

「昨日は陛下が『もう疲れているだろうから、作っておいた屋敷で休め。そしてロアは一緒に泊まれ。ついてくるな』って、ロアを見捨てて帰りましたね」

「うん、何かその状況がすごく鮮明に浮かぶわ」


 先ほどなかなか感動できるミサラとミーシャの話を聞いたが、単純に二人がこういった話が好きな似た者同士であることが、すごく影響している可能性が高そうな気がしてきた。


「じゃあ、別々の部屋で寝たの?」

「いやー、それがですね……。一応風呂にも一緒に入りましたし、一緒のベッドでも寝たんですよね」

「なぜそれで何も始まらないんだ!?」

「……やっぱり、そうなります?」

「そりゃそうでしょ! 何ならいっしょに風呂に入ったところから、すぐに始まるくらいですけど!?」


 ミーシャが信じられないという顔をしている。

 ……やはり、昨日の夜は大きな失敗をしてしまっていたらしい。


「ロアってめちゃくちゃ可愛いよね? まさか、そそられなかったとかない……よね?」

「いやいや、そんなことはないです! もちろん、とても魅力的です」


 ミサラやミーシャに美人とお墨付きをもらえるロアに反応できなかったと思われたりでもしたら……。

 レックに興味がある人ですか?とか言われかねない。

 普通にそれだけでも気まずいが、先ほど危惧していたレックとの気まずさから、ミーシャとの気まずさに発展しそうだ。


「なんかタイミングを掴み損ねてしまって。相手にそれなりに合わせられないといけないって、勝手に思ってますけども……」

「まぁそうなんだけど……。二人とも真面目で経験がないことが痛かったね」

「うっ……」


 女性なら、真面目で清楚という良い意味に捉えることが出来る。

 ただ男で経験がないのは、ろくに女性を扱えないダメなやつということになる。

 それも、この一番経験豊富な女性という一番聞かれるにはつらい相手を前に、こんな昨晩の失敗に対する大反省会が開かれることになるとは思わなかった。


「キース君ってさ、今日この半日くらい話しただけでも、すっごく真面目なのが伝わってくる。ずっと敬語だしね~」

「いやでした?」

「う~ん、ちょっと距離感があって悲しい感じがしないわけじゃないけど、この雰囲気で一線超えられたら、凄く興奮出来そう」

「……」


 可愛らしい若い女性に「興奮する」とか言われて、どう回答すればいいのか。

 答えることが出来ずに無言になってしまったが、これも経験値が増えれば容易に返答できる内容の話……なのか?

 というか、レックはミーシャがこういう発言をしたとき、どうやって返答していたんだろう?

 ……あんまり考えない方が良いことかもしれない。


「まぁ今までの話からも、やっぱりキース君にはリードしてもらえる経験豊富な女が必要だと思うな~?」


 そう言うと、ミーシャはキースにもたれ掛かって上目遣いでこっちを見てきた。


 改めて誘われていることは、キースにもよく分かった。

 ロアとはすれ違いもあって不発に終わったが、ミーシャは間違いなくぐいぐい来て、確実に関係を持つことになる。

 朝の面談が終わった後の話の中で危惧したあの選択肢が、こうして目の前に突き付けられることになった。


 目の前で誘ってくれる経験豊富な美人に、全てを委ねるか。

 自分の不手際で不発に終わった女性や、この美人の元カレのことを考えてこの誘惑を振り切るのか。


 どちらを選んでも何かを得て、何かを失うような気がする。


「考えてるねぇ。でも、すぐに断らないってことは、私とすることに興味はあるってことみたいだね……」


 耳元で囁きながら、今度はキースの首元に腕を回して軽く抱き着いてきた。

 必死に考えているキースを面白がるように、だんだんと攻勢をかけてくる。

 色々と考えた中で、一つの考えを出した。


「まだ遊ぶというのには心の準備が付きませんから、お酒飲みに行きますか?」

「本当!? やった!」

「ただし、条件があります」

「何々~?」

「ミーシャの弓の腕前が見たいので、兵士皆さんと同じところから矢を放って、的の中心に当てるところ、見せてくれたら飲みに行きましょ?」

「なるほどねぇ、でもそんなの条件って言わないよ? 何なら連続で矢を三本放って、全部的の中心に当ててあげる!」


 皇国の弓兵総大将ということで、これだけの大国で兵士の数も多い中でのトップなのだから、腕前は相当なはず。

 実際にこうして実技を見れる場所に来ているので、是非とも見てみたいとキースは思っていた。

 ミーシャは自信満々に立ち上がると、兵士たちの訓練場に戻って魔法弓と矢を手にした。


「ミーシャ様、もしかしてここで弓を引かれるのですか!?」

「うん。ちょっと今日来た彼氏が私の腕前が見たいんだってさ。3本連続で当てたら、飲みに行ってお持ち帰りしてもいいんだってさ!」


 別にお持ち帰りしてもいいとは一言も言っていないのだが。

 おそらく、酔いつぶれる=色々としてしまうということになるということだろう。


 兵士たちはミーシャの実演を見ることが出来ると知り、ミーシャの前に一斉に正座して一挙手一投足に注目している。

 その様子からも、ミーシャの腕前が兵士たちにとってどこまでもすごいことなのだろうとすぐに理解した。

 だが、ミーシャはすぐには弓を引こうとはせず、じっと何かを見つめている。


「よし」


 少しそんな間が空いた後、ゆっくりと弓を引いて、矢を放った。

 そして素早い動きで二本目、三本目も一気に放つ。

 その放たれた矢を、キースと弓兵たちはいっせいに目で追う。

 かなり離れた距離にあるので、キースの目には当たっているのかよく分からなかった。


「キース君にもっとアピールしないといけないから、もう一つ真ん中に当てること以外の技、見せようかな?」


 そう言うと、追加で4本の矢を持ってきた。


「真ん中に3本当てたから、この4本で的の上下左右の端ギリギリに当てる!これ、先に言っておかないと、意図的にやってるって成立しないだろうし。後、さっきの3本の矢の羽は白色、今から放つ矢の羽の色は赤色ね。皆覚えておいてね?」


 キースからすれば、先ほどの3本が当たっているのかもよく分かっていないが、今からする技の方が難しいように感じる。

 後から的に近づいて結果を見ることになるので、何本目にはなった矢でどういう狙いで放った矢であるか区別するために、別の矢をわざわざ使うらしい。

 かなり本気でキースに実力を見せつけようとしている。


 また先ほどのように、すぐには矢を放とうとはせずに少し先を見据えてじっと動きを止める。

 そして1本目はゆっくりとした動作で矢を放ち、4本目は素早いスピードで一気に放った。


「よし! みんなで結果見に行こうか!」


 ミーシャとキース、兵士たちは的に近づいて、結果を確認してみた。


「「「す、すごい……!」」」

「寸分の狂いもない……!」

「これで私の実力、分かってもらえたかな?」


 白い羽の矢は的の中心の点に集中して刺さっており、赤い羽根の矢はきっちりと上下左右の端ギリギリに突き刺さっている。

 兵たちが放った矢も、周辺の的には残っているが、かなり大きく外れている者も少なくない。

 まさに狙撃手というにふさわしい精密さである。


「1本目の矢を放つ前にちょっと静止する時間がありましてけど、あれは?」

「あれは、風の流れと強さを読んでる時間で、自分が立っている場所から的までの風の状況を確認するの。早く狙いを定められたら、楽なんだけど、風を一発で読んで一気に当てるって感じ」


 簡単そうに言っているが、兵士たちもポカーンとした顔している。

 これも、ミーシャが自然の中で培ってきた人とは違う能力なのだろうか。


「まぁこれで、約束通り……飲みに行ってくれるんだよね?」

「もちろん。ここまで魅せてもらいましたし!」

「やった!」


 キースと飲みに行けることになり、ミーシャは無邪気に喜んでいる。




















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