5話「そうじゃないんです」

 屋敷に入ると、改めて広さに大きな感動を覚えた。


 先ほどは正面からしか見ていなかったので、奥行きなどが分からなかった。

 奥行きもかなりあるため、一体どれくらい広さがあるのだろうか。


「や、やっぱりすごいですね」

「そ、そうですね。一体建築にどれだけの費用が掛かったのか……」

「陛下を交えた予算会議では、この話は全く出ていなかったので、おそらくは私費でしょうか?」

「陛下の私費!?」


 これほどの広さの屋敷をたてようと思ったら、エルクス王国なら貴族でも会議をする必要があるレベル。

 しかも、貴族たちは見栄っ張りだから貴族同士でも意地の張り合いをしている。

 自分たちよりも大きなものや豪華なものに対して、予算を使わせることには気が進まない性分だったので、そういう意味でもあの国ではとても建築不可能だ。


「側付きさんは……?」

「おそらくもう帰られていると思います。若い方たちが行っておりますし、わが国では定時をしっかりともうけておりますので」

「聞けば聞くほど、ちゃんとしている」


 きちんと定時を決めて、それ以上はやらせない。

 働く民のやる気を維持し、健康状態を守ることが出来る。

 簡単なことのように見えて、この制度はなかなか出来るものではない。

 よっぽど統治、指揮を執る人たちに余裕と綿密な計画性や柔軟性が無いと出来ないことも多く存在するからだ。


「陛下は、本当に素晴らしいお方です」

「人生何回かやり直してるのではないかと思うぐらいですものね……」


 そんなことはないのだろうが、それならそれでこういった統治するための知識などをミサラに指導した人がすごいのだろう。


「……」

「……」


 一通り、屋敷への感想から始まった話が終わるとお互いに黙り込んでしまった。

 やっぱり、お互いにどうしていいか分からない。

 静かな屋敷では、沈黙も様になるのが辛いところ。


「と、とりあえず風呂に入ります……か?」


 ご飯は先ほど食べているので、後は風呂に入ればもう寝ることは出来るが……。


「は、はい! お背中をお流しすればよろしいでしょうか!?」

「え!?」

「え!?」


 キースとしては、ロアへ「先に風呂へ行きますか?」と尋ねたつもりだった。

 だが、ロアからすれば「風呂に一緒に入りましょうか。そしてその後は……」と思っているようだ。


「い、いえ。先にロアさんが、お風呂に入られたらどうかと思いまして……」

「そ、そういうことでしたか! 申し訳ございません、勘違いを……。この屋敷の主はキース様ですから、主よりも先に入ることなど、あり得ません」


 キース側からすれば女性優先という考えがあり、しかもまだ慣れている相手でもないので、より一層ロアを優先したい思いがある。

 しかし、ロアからすれば、主よりも先に風呂に入るということは失礼に値するという立場を強く意識している。

 どうすればいいのだろうか?


「お気遣いは大変うれしいです。ですが、キース様はお疲れでしょうし、先に入っていただければ」

「わ、分かりました。そうします」


 ここで断ってしまうと、話が振り出しに戻ってしまうと思ったキースは、ロアのその話を受け入れて先に風呂に入ることにした。


「キース様……。私に敬語は止めましょう?」

「え、でもなんかこっちのほうが落ち着きますが……」

「これから一夜を共にする方が、そんなによそよそしいと悲しいです」

「わ、分かりました。では……。よろしく」

「はい」


 そもそも何も言われていないので分かっていないが、キースの立場今どういう位置づけになっているのか、よく分からない。

 ロアに対して馴れ馴れしくしてもいいのかも、キースからすれば全く分かっていないが、彼女の言い分をひとまずを受け入れることにした。

 ロアとのかかわり方も模索しながら、風呂に入るべく準備をするのだが……。


「風呂場、どこだ……?」

「キース様、ありましたよ?」

「どこにあった?」

「右通路の奥にありました!」

「着替えってこれなの?」

「ローブですね。お気に召しませんか?」

「は、肌の露出が多いし、何かゆるゆるで歩いてるだけで勝手に脱げちゃいそうで、あんまり……」

「まぁ、脱ぐことを……。前提にしているのでは……?」


 側付きがもう帰ってしまっていたので、二人であれこれ捜索したり、着替えに困惑したりした。

 そしてようやく、お湯が満たされた風呂場に自分の体を沈めることが出来た。


「ふぅ……」


 お風呂のお湯は、火と水の弱い魔力閉じ込めた魔石の力によって、絶えずお湯を供給するようなシステムになっている。

 そのため誰も居なくても、温かい風呂に入ることが出来る。

 エルクス王国では、体を完全に湯船に付けることなど到底不可能な狭い風呂桶だったため、ゆったりとしていて本当にリラックスできる。


「キース様……」

「は、はい!?」


 まさかこのタイミングで声がかかるとは思わず、飛び上がってしまった。


「驚かせてしまい、申し訳ございません!」

「い、いえ! どうされました…っ!?」


 動揺してしまい、敬語の癖が再発した状態で声を法に振り向くと。

 タオル一枚で恥ずかしそうにしているロアの姿があった。


「お背中、お流しします」

「い、いや! 別にそんなに気を遣わなくても……」

「キース様に助けていただいた私には、これぐらいのことしか出来ませんので……。出来ることはやらせていただけませんか?」

「そんなにあのことは気にしなくていいよ」


 貴族への腹いせでやった結果がこうなったので、そこまで深く恩を感じないで欲しいのだが……。


「こんな経験のない私のご奉仕では、満足できませんか……?」


 いや、そういうことではない。

 完全に「お前がやることは別にいいわ」と言われているように感じているのか、結構悲しそうな顔をする。

 というか、キースも勤務一筋で女性との経験など、全く無いのだが。

 経験がないということは、言いたいような気もしたが、それはそれで気まずくなりそうなのでグッと堪えた。


「そ、そうじゃないよ! じゃあ後でお願いするから、とりあえずお風呂入ろ!?」


 ずっとタオル一枚で湯船にも入らずに立っている姿は別の意味でも見ていられない。


「よ、よろしいのですか?」

「もちろんだよ」

「では、失礼します」


 ロアは静かに湯船に入る。

 恥ずかしそうにしているが、こっちもどんどん恥ずかしくなるのだが。

 こういう時に、女に慣れているやつなら抱き寄せるとか「こっちに来い」とか言うんだろうなぁとキースは思った。

 だが、そんなことをする根性もなく、ただ体を休めることに集中した。


「お隣に行ってもよろしいですか……?」


 キースが何も言わないでいると、ロアの方からそんな提案をされた。

 これを言わせたのは流石にひどいと、キース自身で理解できた。


「うん、おいで」


 そう言うと、ロアはゆっくりとキースの横にぴったりとくっつくように近づいてきた。





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