4話 「強すぎる皇帝」
「陛下、申し訳ございません。レックとネフェニー、ルナが本日は外で任務中でした」
ロアが申し訳なさそうに、ミサラへ重鎮三人が現在いないことを告げた。
「そうか。我が国を支える重鎮について紹介しようと思ったのだが、ちょっと所用で今いない者が多いのぉ」
「そうですね。明日には、みんな戻ると思いますが」
「ならば、今日は屋敷を紹介して、休んでもらうことにするかの。さすがに疲れとるとるだろうしな」
「お気遣い、助かります」
今日一日、激動でさすがに疲労はたまっている。
まだこの国に来てから、数時間しか経っていないのが信じられない。
キースが簡易的に使用する屋敷があるとのことで、そこに足を運ぶ。
「「キース様!」」
「みんな! 元気そうで何よりだ!」
その道中で、先ほどキースが到着する際に待ちわびていた人たちが駆け寄ってきた。
その中には、あの時一緒に投降するように言って、送り出した兵士たちの姿もある。
「キース様もお元気そうで何よりです! あれからキース様のことを、この国の中で伝えていくことが、我々の使命と考えて生きてきました。こうして再び再会できて、感無量です」
泣いている兵士たちもいる。
投降した身として、肩身の狭い思いをしているのではかと思っていたが、身なりや表情などから、ここでの暮らしは順調であるようだ。
この辺りにも、ミサラの器量の広さが発揮されているのだろう。
「お主の事を必死に伝えてくれたものたちだ。今でも、色々な仕事や技術提供をしてくれている。一度この国の者になって一致団結すれば、過去は関係ない。それが我のやり方ぞ」
「投降を勧めたのは私ですが、皇国が引き留めてくれるかどうか分からないまま送り出して、今では無責任だったと感じています。重ねて、陛下の器量の広さに感謝申し上げます」
いくら捕虜を解放した功績を持って投降したとしても、差別や迫害などが無いとはあの時、言い切れなかった。
このまま無駄死にするよりは、受け入れてくれる可能性にかけて送り出したわけだが――。
この国が快く受け入れてくれたというのは結果論。
今考えると、無責任なことをしたのではないかとも思ってしまう。
「お主、頭がいいのだろうが、考えすぎだな。結果良ければ、それでいいのだ。ほら、行くぞ?」
「は、はい!」
ミサラはあっさりとそう言い切ると、再び歩みを進めた。
キースも、兵士たちに別れを述べて、ミサラ達の後について行った。
その後も、キースの回りには人だかりが出来た。
「うちの子を救ってくださり、ありがとうございます……!」
「キース様、万歳!」
笑顔で手を振って、その声援やお礼の言葉に対応した。
ただ、やけくそだったんだよなぁと心の中では思っているが。
「ここじゃ」
「え……。大きい」
「ここを一人で使ってよいぞ」
ミサラに案内されたのは、あまりにも大きな屋敷だった。
エルクス王国の貴族達でも、こんな大きい屋敷には住んでいなかったと思う。
何でこんな大きな屋敷が、普通に用意されているのだろうか。
城近くで、立地条件もかなりいい。
「お主を賠償で引き抜くと決めてから、屋敷を用意させていたのじゃ。どうだ、気に入ったか?」
「こ、ここまでしていただけるとは……。あまりにも大きくて、びっくりしています。本当によろしいのですか?」
「構わんぞ。何なら増築も出来る」
「すごい……!」
エルクス王国では、掘っ立て小屋みたいなボロボロの家に住んでいた。
なのに、今日からあの憎たらしい貴族よりも大きな屋敷に住める。
「ふむ、気に入ってくれたようだな。表情を見れば分かる」
「感無量です。あちらでは、ボロボロの小屋みたいなところに住んでいたので」
「……あり得ぬな。国を支える者に、それなりの衣食住を提供出来ない国など、国ではない」
ミサラは、吐き捨ているように言った。
キースから聞けば聞くほど、あの貴族たちのことを蔑視しているのだろう。
「掃除や家事をする側付きも、雇っておるぞ」
「何から何まで、感謝申し上げます」
「さて、屋敷の紹介も終えたことだし、今日はここで終わりとするかの。お主も疲れとるだろうし。屋敷の中には部屋を沢山作っておる。お主の好きなように使うがいいぞ」
ミサラの配慮に、再び感謝を使用したキースに近寄って、ミサラは耳元でそっと囁いた。
「漏れなく防音機能もしっかりしとる。どんなことをしてもバレないぞ」
「は、はい……」
そう言うと、何事も無かったかのようにミサラは伸びをした。
そして側についていたロアに、一言。
「今日は、ロアもキースと一緒に過ごせば良いのではないか? 我が国に来るまでにより親密になったようだしのぉ」
「「えっ!?」」
ミサラの言葉に、キースとロアが同時に困惑の声を上げた。
だが、そんなことを気にする様子もなく、ミサラは言葉を続ける。
「我はここに居る他の護衛とともに帰るとしよう。ロア、お主は来るなよ?」
「陛下っ!」
ロアが顔を赤くして、必死にミサラへ何かを訴えかけるが、もちろん取り合うわけもなく。
「何だ、さっきまで散々スキンシップをしておったではないか。今更乙女を出して、お主も悪よのぉ」
「そ、そういうわけではっ!」
「ま、明日の二人の反応を楽しむこととしよう。ほれ、皆の者。行くぞ」
「ま、待ってください! 陛下ー!」
ロアの声かけも虚しく、ミサラは護衛とともに去っていった。
ぽつんとキースとロアだけが、大きな屋敷の前で残ってしまった。
「ご、ごめんなさい。こんな事になるなんて……」
「い、いえ……」
なんと声を掛けたほうがいいのだろうか。
困惑しているキースに、ロアが顔を赤くして近づいてきた。
「あの……」
「は、はい!」
「こんな不束者ですが、良ければ……」
「え、えっと……」
あれだけミサラに地盤を固められると、何もせずに解散したなどとなると、興醒めにほどがある。
ロアもそれを感じたのだろうか、恥ずかしそうに言葉を選んで話している。
「……元々はエルクス王国の捕虜として、慰み者になるはずでした。そこから救ってくださったあなたの物になれるのなら……」
顔立ちの整ったロアが、顔を赤くしながら上目遣いでそう言ってくるのは、なかなかの破壊力がある。
キースもそれが直視出来ずに、思わず目を逸らしてしまう。
疲れていると分かってくれているのに、なぜこういう展開にしたのか。
ミサラの思うツボだと思いつつも、ロアの腕を取って、用意されている広い屋敷の中へと入った。
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