1話「戦争賠償に求められた!?」

 捕虜が全て逃げ出した事実を知ると、言うまでもないが貴族たちは口々に騒ぎたてた。

 そうなることが分かっていたキースは、貴族に言われた通りに前線に回って、攻め込まれても落とされないように砦周りの防衛術についての指導を行っていた。

 監視兵は捕虜を解放することで、降伏しやすい状況になるのであちらに降伏を勧めたが、普通に戦っている兵士が降伏しても、受け入れられずに処罰の可能性がある。

 そのため、相手は出来るだけ傷つけずにこちらも何とか守れる籠城作戦を、キースの独断で推し進めている。

 どうせ貴族は結果を聞いて文句を言うだけなので、無駄に戦って傷つけあうのは、無駄でしかない。


「皇国軍が攻めてきたりしてる?」

「いえ、投降を勧められるだけで、特に何もないですね」

「相手も戦況的に優位とはいえ、こんな戦争を仕掛けてきた相手に感情的になって攻めて来そうなものだけど……。無駄な犠牲は取らないように統制が取れてるんだな」

「このままでよろしいですか?」

「うん。貴族の命令が飛んできても、無視してればいいよ。せめて来たり、もう無理だと思ったら迷いなく投降してほしい」


 皇国側は、圧倒的な戦力で前線に押し寄せてきて、威圧している。

 ただ、これまでの戦闘を繰り返してきている中で、積極的に責めてきたのは土地的に重要拠点になる部分のみ。

 今にらみ合いを続けている場所を占拠しても、逆に前線維持が難しくなることなどを、把握しているらしい。

 大きな戦力、優秀な人材すべてがそろっていることが、前線の動きを見ていてわかる。


「キース様、伝令です」


 一人の兵士がキースの元に駆け寄ってくると、1枚の書面が差し出された。

 至急、王都に戻るようにと書かれている。


「ちょっと前まで、前線で何とかしろって言ってたのに……」


 いうことを聞かないと、何度も伝令を飛ばしてくる。

 無視をするだけ無駄なので、王都に戻ることにした。



「捕虜が全部逃げ出したとは、何事か!」


 王都に戻ると、早速貴族たちの前でキースへの責任追及が始まった。


「監視兵が全部あちら側に寝返ってしまったものですから」

「どうしてそんなことになるのだ! それに逃走する道中で、誰か止めたりするだろう!? 警備はどうなっている?」


 まずここで、全部寝返ったというところで、誰かの策略だとも気が付かない間抜けっぷりである。


「そんなことを言われましても、私自身も収容所にはなかなか足を運びませんからね。道中の警備も、全員寝返ったのでは?」

「兵士の管理責任はお前にあるんだぞ! こんなことでいいと思っているのか!?」

「と言いましても、全国土の兵士全てを統率だなんて、無理ですし」

「もういい! お前など使わん! 少しは頭の使える奴だと思って、採用してやったのにな! これなら他の者に役割交代させる!」


 特に何も言い返さない。

 別にそれでいいし、どうせ出てくるのは大した勉強や鍛錬もしていない貴族のご機嫌取りのうまいだけで、何もできないやつなのは分かりきっている。


「これで戦争に負けたら、全部お前のせいだからな! 覚悟しておけ!」

「……」


 返事をする気にもならない。どうせどんな返事をしたところで、怒りは収まらないだろう。

 ただ、戦犯者として皇国に処刑される可能性は上がったと思っていい。


「どうしようもないな……」


 どうあがいても地獄。自分の運のなさを恨むしかない。

 ため息をつきながら、キースは王都から離れた。



 キースが貴族たちの怒りを買って、軍事総責任者を解任させられてから、約半年後。

 あっさりとエルクス王国は、ヴォルクス皇国に敗戦した。

 キースの後任として軍事総責任者に就いたオービルと言う男が、籠城で現状維持を保っていた兵士たちに、攻め込むように強要した。

 兵士たちはその命令をしばらく無視していたが、貴族派閥の兵士を送り込み、命令に背くとその場で武将を処罰したりしたため、一斉に前線部隊が皇国に降伏。

 戦う兵士がいなくなり、貴族たちはようやく降伏と言う選択肢を選んだ。


 戦勝国は、戦争賠償と言って敗戦国に、戦争で生じた費用や損害を請求することが出来る。

 よく言われる賠償金や、国土の一部を占領するなどと言ったものである。


「……お呼びでしょうか」


 戦争が終わって約1か月後、キースは久々に王都へ呼び出された。


「キース。今日なぜ呼ばれたか、分かっているだろうな?」

「戦争賠償について、でしょうか?」

「その通りだ。あちら側の要求が届いた」


 ここまでで、キースは何となく予想が付いた。

 戦争に誘導した戦犯者を寄こせ、ということだろう。

 それで、お前がその対象だと言いたいのだろう。


「あちらの要求はキース、お前を指名してきた」

「なるほど、戦犯者を1名皇国に引き渡せ、ということですか」

「いや、そうではない。お前の名が書いてあって、名指しされている」


 貴族はそう言って、要求する内容が書かれた紙を見せてきた。


 確かに、キースの名前がはっきりと刻まれている。


「いやぁ、多大な賠償金や、国土損失が無くてこんな戦犯1名を差し出すだけで、良かったですなぁ」

「いやはや全くですよ。戦犯であるあなたの命1つで、この国は繋がります。数時間後、あなたを連行する者が迎えに来るようですよ。身支度を整えておきなさい。ま、整えたところで無駄かもしれませんがね」

「戦犯者は失せなさい」


 汚いものを追い出すように手で払うようにして、「しっし」と部屋から追い出された。


「はぁ……」

 

 死に際が迫ってきた、というべきだろうか。

 覚悟はしていたが、こうして確定するとやはりこみあげてくるものがある。

 ただ、名前まではっきりと指名されてしまうとは。


 貴族たちが、責任逃れのためにあらかじめ戦犯者はキースだと噂を広めて、布石を打っていたのかもしれない。

 まぁ、今更考えても仕方ないのだが。


 ボロボロの自宅に戻って、荷物を片付ける。

 大したものは無いが、国土が荒廃している今、ならず者も多い。

 ここを拠点にされることも嫌なので、持って行けない荷物はすべて処分した。


 そして、指定された地点に足を運ぶと、一匹のドラゴンと甲冑をまとった女性兵士がキースの到着を待っていた。


「キース様、ですね」

「そうです。戦犯者に様付けする必要などありませんよ」

「……」


 そう言うと、ちらりとこちらの顔を見た。


「申し訳ありませんが、決まりらしいので一応身を束縛させていただきます」

「もちろんです」


 当然だろう、連行中に暴れる可能性だって考えられるのだから。


「本当にごめんなさい……」


 キースの体を縄で軽く縛りながら、小さな声でキースに詫びを入れる女性騎士。

 何故謝るのか、理解できなかった。

 そして最後に束縛したキースをドラゴンに乗せて、女性騎士も乗り込むと、女性騎士とキースをさらに縄で結びつけた。

 キースがドラゴンから転落しないようにするためだ。


「それでは、向かいますね」


 ドラゴンが飛び上がると、あっという間に上空高くまで来た。


「キース様、もしかして処罰されると思っておられますか?」

「え、そりゃもちろんです」

「ふふ」


 ここで初めて、女性騎士が笑った。

 前を向いているので、表情は見えないが、声からして普通に笑っているようだ。


「私の事、覚えていませんか?」

「え、どこかで会いましたか?」

「収容所で、解放してくれましたよね?」

「え、あの時の……?」

「はい。あの時は本当にありがとうございました。私を始め、助けていただいた捕虜や投降した兵士たちが、こぞってあなたの事を慕っております。そのため、皇帝陛下がぜひともお会いしたいとのことです」


 そう言うと、ドラゴンが一気にスピードを上げて皇国上空へと入って行った。









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