元ヤン☆ローキック

黒猫虎

短編



  1 元ヤンに合コンで絡まれる。



 俺の名前は山田一升。

 一升瓶いっしょうびんの一升と書いて、そのまんま「いっしょう」と読む。

 酒呑さけのみだった親父(既に他界)を恨みたくなる名前だぜ。


 そんな不幸な生まれの(と言うほどの大した不幸ではない。一般家庭生まれの)俺だが、今日は人生初の合コンに来ている。


「山田は今何歳? お仕事なにしてんの?」


 ヤバい女に目をつけられてしまった……。

 俺の苦手なヤンキー女。

 俺は今、恐怖に震えている……。

 美人は美人だが、恐らく元ヤン。切れ長気味&つり目気味のエス=サド系キャラ。金? ピンクゴールド? っぽい茶髪。上下を黒のオサレジャージでキメている。



 "――俺は現在28歳のピチピチアラサー男子。

 仕事は今時のウェブ系。"


 と、心の中では、元ヤンの質問に答えてしまっているが、こいつに下手に情報を与えてはいけないと、俺の生存本能が警鐘を激しく鳴らしている。

 俺の夢は白色ゆるふわ系で寂しいと死んじゃう系ウサギ女子を俺好みのエム=マゾ系彼女に仕上げて行く事なのであり、断じてこのような黒色元ヤンS女ではないのだ。


「か、会社のセキュリティ上、個人情報保護の観点かんてんから言えな……」

「おい山田?」


 が、眼光女子。

 この女のむなぐらをつかひねり上げるまでの動作がなんと自然で美しい事よ。

 数多あまたの修羅場を潜り抜けてきた百戦錬磨のつわものに違いない!

 生存本能は俺の意思に逆らい、すぐさま真実を白状してゲロってしまっていた。



「そっかー、ウェブ系かー。パソコン? とか使えるの? 今度ウチのPCの調子見てくれる? 最近調子悪いんだー」

「ち、超ヨユー」


 だめだ、どもりが止まらん。

 俺はこの女にビビってしまってるというのか。

 この女にそれと気づかれないようにしないとせんといかん。


「山田っち、アタシにビビってんの? 大丈夫だよ、アタシ恐くないよ? ほとけのマヤちゃんとはアタシの事デスよ?」


 バレてーら。


 ケラケラと笑う、自称「ほとけのマヤ」。

 本当にほとけの心をもつ人物には、仏のそんなニックネームは付かないことを俺は知っている。((( ;゜Д゜)))


 一体どうしてこうなった――。





  2 悪友に合コンに誘われる。



 始まりは職場の喫煙所での、悪友の鈴木と岸本の会話だった。


「あー、梅雨は気が滅入る。セックルしてー。女抱きてー。という理由わけで岸やん、合コンすんべ」

「あ、いいっすね。ソープで手軽にでもいいすけど」


 この二人は俺より3つは下で気が悪い奴らではないのだが、女関係になると明らかに人間が腐ったクズだ。

 特にセックル発言をした鈴木に関しては嘘かマコトか年がら年中、女を何人喰った、3Pした、人妻をセフレにした――という自慢話ばかりしている。

 明らかに、俺とは違う人種だが、この会社には男が3人しかいないため、こいつらと自然に行動するようになった。


「山さんもいきますよね? 3対3サンサンでセッティングしますんで」


 鈴木というやつは、こっちが年上ということで丁寧語を使ってくるが、言葉の端々はしばしめられている感がにじみ出ている。

 今回の合コンも俺を呼ぶのはあくまで人数合わせと分かっている。

 いつもの社外の合コンメンバーがどうしても都合が付かなかったから、らしい。

 俺は女関係では戦力外と思われているのだろう。

 しかし、俺はそんな事で怒ったりはしない。

 俺は器の大きい男(を目指す男)なのだ。


「これで、山さんも童貞卒業できるかも知れないっすね」

「ばバカ言え、童貞ちゃうし」


 そう。

 今まで、童貞卒業するチャンスあったし。

 3ミリだけ入ったことあるし。

 あれをカウントするなら、童貞でないことになるし。


 もう一人、俺を童貞扱いした男、岸本。

 こいつは昔、友人グループで女を集団で襲ったことがあるらしい。

 武勇伝なのか、罪の告白なのかで語っていたけど、正直引いた。

 ドン引きした。


「自分は見張り役で仕方なかった。泣いているその子に『ごめんねごめんね』言いながらやった」


 いつもへらへらして無害な人間を装っているが、岸本コイツみたいな人間がこの世の中に何人もいるのかと思うと日本終わってる。

 しかもコイツ曰く、警察に捕まってたりはしていないのだそう。

 捕まっていないという事は、被害の相手は泣き寝入りだったんだろう。

 もしかして顔見知りだったのだろうか。

 その子の無念を思うと、憤懣ふんまんやるかたない。



 まあ「るいは友を呼ぶ」ということわざがあるけど、俺も類にたがわず底辺の人間である。

 大学の講義についていけなくて、大学中退だし。

 これまで生身の彼女なんて居たこと無いしな。

 スマホの中のAV女優と二次元彼女オンリーだし。


 何より、内心つばいているこの二人と外面友人を演じているということが一番ダメポイントかも。

 こんな人間性クズのヤツらより優れていると自分を慰めている俺。

 本当は、この俺が一番のクズかもしれない。



 なーんちゃって。

 落ち込んだフリ、さ。

 俺は芽が出る男! のはず

 きっと、いつか――。





  3 我、会敵セリ。



 そして開催された3対3サンサンの合コン。

 現れたのはユラ、セイナ、マヤの3名。

 まず思ったのは「偽名ぎめい?」。

 キャバクラか、ガールズバーの源氏名げんじなかと思った。

 俺も歳を取ったということか……。


 女3人組の歳は23から24の同い年ということだ。

 何でもユラちゃんが鈴木の知り合いだったらしい。

 正直言って3人とも美人と言っていいだろう。


 いや、正確には一人だけ独特な美人がいる。

 コワカワというやつだろうか。

 ピンクゴールド茶髪のヤンキーがいる。

 瞬時の判断で、何とかマヤヤツの対角線の席に着席。



 ワレ会敵カイテキセリ。

 ――さあ、いくさが始まる。



 俺の正面には鈴木の知り合いというユラちゃん。

 鈴木はクズだが、女友達のレベルは何故か高い。

 どうして鈴木の様なあんな女を喰い散らかすクズに日本は(略)。


 ユラちゃんはゆるふわ系で、俺のかんではM系女子の素質アリ。

 女子とそれほど全く喋ったことはないが、ちゃんとゴーグル先生で予習しゴグったから無問題モーマンタイ



 ゴーグル先生によると、女子との会話合コンのコツはこうだった。


 コツ1。男の自慢話や趣味の話は禁止。女子の話をひたすら聞く頷きマシーンとなること。

 コツ2。時々、自然な感じで女の子の身に付けているものを誉めること。

 コツ3。カワイイ女の子の場合、外見のかわいさを誉めるのではなく内面を誉めること。

 コツ4。共通の話題、共通点を探れ。

 コツ5。共通の話題が見つからないときは「レッテル貼り」の技を使って会話の糸口を探れ。「◯◯ちゃんって仕事出来そうだよねー肩こってるでしょ?」「△△さんって思いやりありそうだよねー他人の心配ばっかして自分のこと疎かにシガチ?」

 コツ6。共通点、共通の話題を見つけてもけして自分の話に夢中なって我を忘れるべからず。


 コツ7。話す量を「女の子:自分=8:2」に調整する事。9:1でもよい。しかし10:0ではいけない。女の子が「ワタシだけしゃべってごめんね?」と言ったら「うーうん、とても楽しかったよ」とニコリ微笑むべし。

 コツ8。話の内容よりも女の子の表情、仕草に注目しておく事。自分の話に一時夢中になって我を忘れてしまったとしても、表情に注目することで挽回可能。つまらなさそうにしていないか、髪を触っていないか常に観察する事。

 コツ9。将来の夢を語れ。その時気を付けることは、お金の匂いのする夢を語ること。お金の匂いがしない夢は女にとってゴミであると心に刻む事。

 コツ10。女の子の友人の悪口を絶対に言わないこと。逆に女の子の友人の良いところを見つけて誉めること。

 コツ11。恋愛候補を一人に絞らない事。一人に絞らない事で、重さが分散され、相手から「重い」と言われなくなります。

 コツ12。貴方が優しいタイプを自覚しているなら、女の子にケチケチしないこと。女の子に漢らしく奢ってあげること。


 コツ13。……

 ――「"iアイ"の伝道師、黒猫虎クロネコタイガー相談室」より


 どんっだけ、コツあるのよ!

 俺は画面上の黒猫のアイコンにツッコミを入れながら職場のPCの電源を落とした。


 間違いなくこの黒猫虎クロネコタイガー先生とやらはモテない。

 自分の持論じろんをグダグダ長文で書きやがって、自分で言ってるモテない男子の特徴とくちょうそのものじゃないか。

 とはいえ、お陰さまで「コツ1。男の自慢話や趣味の話は禁止。女子の話をひたすら聞くうなづきマシーンとなること。」が本物であることを理解できたので、俺は気を付けることにしたのだった。




 さて目の前のユラちゃん。

 ものすごかわええ。(///∇///)


 清楚系白ゆるふわウサギさんタレ目女子だ。

 髪の毛はボブカットでほんのり薄く茶色掛かっている。

 水色のガーリッシュなワンピース。

 プルプルしたピンクの唇。


 これはぜひM系彼女に仕上げたい!

 妄想がはかどる……。



 まずい、さっそく我を忘れていた。

 鼻の下が伸びそうになるのをこらえて、話題の糸口を探す……。





  4 猛獣に遭遇する。



 結論から言おう。




 ユラちゃん、調教済みでした……(驚)。


「SかMか」という定番(?)の質問であり、俺の性癖にも直結する質問を投げたところ、出るわ出るわ、過去のご主人様方とのあれやこれ。


「山田君ならどんな風にワタシを責めてくれるの」


 っておい。

 童貞(もういつわらない)には少々難易度がハードに過ぎる女ベリーハードだった。


 薄っぺらい知識を総動員してS男を演じてみたが、アレはご主人様の経験が無い事は見抜かれてるな。

 あのバカにしたような目。

 ちょっとゾクゾクするが……。

 童貞には荷が勝ちすぎてるって。


 という理由わけで、席替えタイムを利用してとなりのセイナさんにターゲット変更――。


 セイナさん。

 雰囲気的に、さん付けしてしまう。

 某有名企業の受付嬢をしているらしい。

 ロングのストレート黒髪が美しい。

 うっわ、指細い! 長い! 肌がきめ細かい! まつ毛なっがい!

 セイナさんとの話題の糸口を探していたのだが、俺はとうとう猛獣元ヤンの目にまってしまったようだ。


「お前、山田っていうんだろ? 童貞なんだって?」

「ば、ち、ちげーし」

岸本きしもっち情報によると彼女居たこと無いって聞いたけど?」

「おい、岸本ー! 何、俺の個人情報を勝手に話してくれてるわけ!?」

「山さん、すみません。ツカミのネタとして良い仕事でした」



 元ヤン(?)はプププと笑いながら、


「おい山田、こっち隣に座れよ。詳しく話をひたすら聞かせろ。ちょっとセイナ、こいつの話聞きたいから席移ってくれる?」


 セイナさんは元俺の席(男側中央)へ、元ヤンは元セイナさんの席(女側中央)へ、俺は元元ヤンの席(女側右側)へと移動する事になった。

 俺はガックリと肩を落としながら、元ヤンの隣に席を移した。

 厄介そうなヤツに目を付けられてしまったぜ――。




「――そんなビビんなって。アタシ超優しいキャラだから」


 そして、冒頭のシーンに戻る理由わけだ。

 ちなみに、自分で「超優しい」という人間やつが優しかったためしなんて無いのは日本の常識である。


「で、山田っちの下の名前は?」


 くっ……下の名前まで教えないといけないのかっ……。


「い、一升いっしょう……」

「いっしょう! へー、意外とカッコいいじゃん。どんな漢字?」

「す、数字のいちに、米とかの量を図るます――」

「あぁ! お酒の『一升瓶いっしょうびん』の一升か! オメー意外に意外と超男らしい名前じゃん!」


 お、オメー呼びかよ。

 あと、誤魔化して説明しているのに、すかさず『一升瓶いっしょうびん』に気付くとは。

 勉強苦手そうなのに……。



「ま、まあ、そうだけど。『一升いっしょう』めちゃくちゃカッコ悪い名前だよね。正直、酒呑みの父親オヤジを恨んでいるよ」

「へー。親父さんお酒好きなのか。てか、何言ってんだよ。超カッコいいじゃん。『生きて一升、死んで一升』って言うじゃん。カッコいい生き方の名言めいげんだよな!」


 それを言うなら『起きて半畳はんじょう、寝て一畳いちじょう』だろう――いや、酒呑み連中の格言か迷言なんかだろうか。



 ――それこそ亡き父親おやじが本気で言いそうでイヤなんだが。





  5 元ヤンとの戦い。



 この女元ヤン、酒えー!

 ガバガバ飲みやがる。

 しゃべりは舌もからまらず、なめらか。

 そして、笑い方がカラカラという表現が相応ふさわしいくらい、気持ちの良い笑い方をする。


 ……くっ、俺はこれくらいでれたりなんかしないんだからねっ!

 対する俺はというと、父親おやじDNAのお陰なのか、美人を目の前にして緊張しているのか、元ヤンへの恐怖なのか、いくら飲んでもぜんっぜん酔わない。


「へーっ、一升いっしょう、本当に酒えーな。『たい名前なまえれる』ってのは本当だな」


 それを言うなら『たいあらわす』だから。


「酒強いってのはアレも強そうで良いよな」

「あ、アレって――」

「アレは、アレだよ。夜のエッチの方だよ」

「え、えええ?」

「あははっ。童貞の一升いっしょうクンには刺激が強かったか」


 おれは顔を赤らめる。

 くそっ、逆だっ。

 俺はS男を目指すおとこ

 ここはマウントを取り返すっ……!


「そ、そういうマイさんもお酒強いという事は――」

「マ、ヤ」

「あいててててふが――っ!?」


 元ヤンの名前を間違えたらしい俺は、左手のアイアンクローに右手の鼻フックを同時に喰らって悲鳴を上げた。


「アタシの名前は、マ、ヤ。さっき自己紹介しただろ? ヒトの名前間違えるなんて失礼ダロ?」

「は、はい、すみませんでした……」


 巻き舌で凄む元ヤンマヤ

 俺はこめかみと鼻を擦りながら謝る。

 元ヤンと認識し過ぎて本当の名前を聞き間違えて? 覚え違いをして? いた様だ。

 マヤ、だったか。



「マヤ、さんの名前はどんな漢字書くの?」

「魔法の魔、に弓矢の矢、だよ」

「へ、へぇ。……もしかしてキューピッドから来ているのかな」

「ゥヤバい! アタリなんだけど! 一升いっしょう、お前もしかして頭ヨシ夫あたまよしお君だな!?」


 俺はそのまま元ヤンマヤに頭をヨシヨシされてしまった。

 しまった、名前の由来を当ててしまった事で元ヤンマヤの好感度を上げてしまったようだ。

 思わぬところに地雷が……。


「あの魔矢マヤさん――」

「待って。。アタシの方が年下なんだから、呼び捨てでイイよ」


 おっと。

 ここで年上扱いされるとは。

 しかし、そう、俺はこの女より5つも年上だった。

 ここで強く出なくては――。


「えっ? 俺の方が歳上だから尊敬語使えって? なんだ、アタシが下手したてに出たからって調子乗り始めたのか?」


 おい、だから、胸ぐらを掴み捻り上げる動作が自然で美しいのは分かったって。

 ていうか、顔が近い近い!


「おい、一升いっしょう。お前少し喜んでないか? 何かキモいゾ」

「う、な、何を。そんな事は断じて無いっ」

「いーやっ、今、嬉しそうだったぞ。まあ、こんな美女なアタシとお話できれば、普通は嬉しいよな。なぁ?」


 おい、だから胸ぐらを(略)。


「そ、そうですね。魔矢マヤさんはお美しい女性でいらっしゃるのでお話できて嬉しいです(棒)」

「おいーっ、だから、魔、矢。ていうか、一升いっしょう、お前何かカワイイな」


 か、カワイイぃい!?

 またマウント取りに来やがって!



 結局、そのまま最後までカワイイ扱いされたまま、屈辱の合コン一次会が終わった――。





  6 元ヤン☆ローキック。



 二次会は近くの踊れる場所クラブに行くことになった。

 先頭を鈴木とユラちゃん、次を岸本とセイナさん、最後を俺と魔矢マヤと別れて徒歩で向かう。


「そういや、他の二人とはどういう関係? 同じ会社だっけ」

「そだよ」

「どんな二人なの?」

「まあまあ、いいヤツらだよ。面白いし」


 この話を読んでいる女子がいるなら、合コンでの男の友達評を信じないで欲しい。

 絶対にネタにする以外の欠点は伝えないから。

 それが男同士の合コン紳士協定しんしきょうてい


そっち魔矢たちは?」

同中おなちゅう繋がり。地元が一緒なんだ」

「へぇ。あの二人も元ヤンなの?」


 魔矢マヤの目付きがけわしくなった。

 すぐに、胸ぐらを(略)。


「おいこら。『も』って何だ『も』って。という事はお前はアタシが元ヤンだって思ってんのか?」

「ち、違うんですか?」


 息が苦しい。


「違うに決まってんだろ! こんなか弱いアタシをつかまえて元ヤンだなんて。アタシはどう見てもフツじょだろっ」

「で、でもジャージだし」

「ば、バカ言え。き、今日はついでにジムに行ってきたんだよ。それに、これはお高いシャレオツなジャージなんだよっ」


 言い訳が苦しい。


「わ、分かったって。違うって分かったから、この手、少しゆるめて……」




 あー、死ぬかと思ったぜ。

 お花畑で死んだ父親おやじが手招きしてるのが見えたよ。


 今はクラブにもう着いて、入り口近くで黒服のお兄さんに案内される順番を待っているトコロだ。


「で、魔矢マヤはジムでどんなトレーニングしてるの」


 魔矢マヤは一応、本当にジムに通っているらしい。


「色々やってる。面白いのはヨガとかキックボクシングかな」

「キックボクシング……」


 オサレ黒ジャージを着ている事で、魔矢マヤのスタイルがメチャクチャ良い事は、ここまでの道程どうていでチラ見で把握していた。


 ――童貞だけに道程で。



 俺は魔矢マヤの長くてスタイルの良い美脚からキック技が繰り出されるのを妄想してしまった。

 うーん、それはアリ寄りのアリかもしれない。


「あ、そうだ。一升いっしょう、アタシのココを蹴ってみて」

「え?」

「軽くな」


 魔矢マヤは俺にローキックの指示を出してきた。

 不思議に思いながらも、俺は指示に従うしかなかった。


「こ、こうか?」


 パスン、と彼女のふくらはぎ辺りに俺の軽い蹴りを当ててみる。

 すると、


「お返しっ、えやっ」


 魔矢マヤは意外と可愛らしい掛け声と共に、俺に向かってローキックを放った。


 パシィッ。



 その時、彼女のローキックが当たった辺りから、何とも言えないビリビリっという快感が脳天目掛けて駆け上がってくるのを感じた。

 しなやかなおみ足がまるでムチの様にしなり、柔らかく甘く巻き付くような蹴り。

 打たれたところが甘くしびれ、全身にムズムズが広がっていく。

 俺はその気持ち良さに驚いた。


「へへ。中々だろ?」


 俺がその気持ち良さに驚き過ぎて返事を返せないでいると、岸本のヤツが近寄ってきた。


「へー、何してるんすか」

「お。岸本きしもっち。一升いっしょうにキックボクシング教えてるんだよ。ほら、一升いっしょう。もう一回、ココ蹴ってみ」


 魔矢マヤうながされるまま、もう一回軽く蹴ってみる。

 パスン。


 すると俺のご期待通り、魔矢マヤのローキックが俺に炸裂さくれつする。

 パシィッ!


 また、あのビリビリっとした気持ちよさが俺の身体を、股間を、背骨を駆け登ってきて、脳ミソに甘美かんびな痺れを伝えてくる。


 ――何コレ、超気持ち良い。お金払ってもいいくらい……。


 元ヤン美女のしなやかな長いおみ足からり出されるローキックは、俺の足に少しの痛みを与えつつ、俺のM男の部分を目覚めさせてしまえる効果があるというのだろうか。

 いやいや、俺の夢は、俺がS彼で彼女になる人をMに育てていく事で――。


「へー、面白いっすね。オレも交ざっていいっすか?」





  7 お前の足だから蹴りたい。



「へー、面白いっすね。オレも交ざっていいっすか?」


 そう言って、岸本は魔矢マヤに軽くローキックする。

 岸本は魔矢マヤ狙いなのか――。

 しかも、元ヤンマヤを躊躇いなく蹴るとは、コイツ、元ヤンマヤが恐ろしくねーのか?

 コイツも元同類だから――?

 いやその前に、躊躇ためらいなく女子を蹴れるとは、コレが岸本コイツの本性なのか?


 俺がいくつもの疑問を持ちながら事態を見守っていると、岸本の蹴りが少し強かったらしく、魔矢マヤは顔をしかめた。

 そして、意外にも魔矢マヤの表情に岸本へのおびえの色があるのを俺は気づいた。

 俺は魔矢マヤの怯えの表情を見て、おや、と思った。


 ――気のせいか?


 もちろん魔矢マヤは岸本を蹴り返すのだろう。

 俺はその未来を想像し、――(何故か)少しガッカリした。



 しかし、魔矢マヤがローキックしたのは俺だった。


 岸本がポカンとしている。

 もちろん俺もおどろいているし、また蹴られたトコロが気持ち良いし、そしてガッカリが感動(?)に変わっていった。


 岸本は首をかしげながら、また魔矢マヤにローキックした。

 すると、魔矢マヤはまた俺をローキックする。

 俺の目を見て楽しげにニヤリと微笑ほほえみながら。


 俺は密かに謎の優越感を味わいながら、胸が意味不明のドキドキ感に襲われていた。


 俺が魔矢マヤを蹴ったら俺を蹴り返す。

 岸本が魔矢マヤを蹴っても俺を蹴り返す……?

 どういうシステム?



「なんなんすか。もう」


 それだけをポツリと言って岸本は3人の元に戻っていく。



「な、なんで?」


 困惑した俺は魔矢まやにそう尋ねるのだけが精一杯だった。

 彼女は照れ臭そうにこう言った。


「アイツなんかヤバそうだし」


 おおう。

 岸本ヤツ本性クズぶりを見抜くとは、さすが百戦錬磨。




「それに一升いっしょうの足だから蹴りたいんだし?」

「――えっ?」




 ズキューン。(俺の心臓が撃ち抜かれた音)




「な、なんだよ俺だから蹴りたいって」

一升お前の足がアタシに蹴られて喜んでるようだぞ。ホレホレ、身体は正直だナ」


 魔矢元ヤンのローキックは弱い力でも効く。


「い、いた、いたっ、痛いって!」

「ははっ。どうだ、オメーの足は喜んでるって言ってるだろっ?」


 俺は魔矢元ヤンに、しこたまローキックを喰らった。

 正直、痛さと気持ち良さで、頭が酔った様にクラクラした。

 下に血液が集まる。


「あっ、一升いっしょう何アタシに蹴られて股間をしてんだ? この変態ヤローっ♡」

「あ、やめっ、コレは違っ」


 俺の股間が盛り上がり、厚みを増しているのは彼女マヤにはバレバレだったらしい。

 確かに厚くさせてるし、もなっているけども!



 そんな感じで俺ら二人が子猫の様にじゃれ合っていると、鈴木が指を鳴らしてこちらへ合図する。

 どうやらクラブに入る順番が回ってきたらしい。


 魔矢マヤが残りの二人、ユラちゃんセイナさんと先に入場口に向かう。

 俺も女子3人組に続いて入場しようとしたところ、鈴木に止められた。


「な、何?」

「山さん、作戦会議しましょう」


 合コン途中の作戦会議は良くある話だ。

 お互いの狙いを最終確認ということか――?



「岸やん、山さん、すんません。オレ調べで、ユラとセイナは隠れ彼氏持ちということが分かりました。オレのミスです。どうします?」

「え、そうなのか。でも鈴木、お前彼氏持ちでも平気なんだろう?」

「いや。ユラがオレの友人グループ最大派閥の女ボスなんで不味マズいです。オレは自分のコミュニティ大事にしてるんで、今回はもう無いですね」

「……という事は?」


 何か嫌な予感がする……。


「残されたのは、山さんが仲良くしゃべっていたマヤちゃんだけということです」


 そ、そういう事になるのか。


「ここは3人で、正々堂々マヤちゃんを取り合いましょう。マヤちゃんカップ開催というわけです」


 ま、魔矢マヤはい開催……。


「いいっすね。こうなったら飲ませまくって酔い潰しちゃうっすか。3人でお持ち帰りしてもいいっすね」


 あ、岸本のヤロー、クズ野郎の本性を隠さなくなってきていやがる。

 魔矢マヤにさっきプライドを傷付けられた仕返しをしようというのか。


「どうします? 山さん、ここで手を引きますか。オレ、負けない自信ありますよ」

「オレも負けないっす」


 何だ何だ、この流れは。

 俺はヤンキーが苦手で、近づくのも嫌なんだよ!

 丁度良かったじゃねーか。

 このまま帰ってやるよ。






 ――しかし、俺帰る宣言をしようとしたその時。






『――それに一升いっしょうの足だから蹴りたいんだし?』

『―――れに一升いっしょうの足だから蹴りたいんだし?』

『―――――一升いっしょうの足だから蹴りたいんだし?』

(エコー効果)






 ほぼ99%帰る方向に傾きかけていた俺だったが、元ヤン魔矢のあのセリフと元ヤン魔矢のニヤリ微笑ほほえむ姿が脳裏を過よぎった。

 そして、元ヤンのローキックを喰らった足が甘美な痺れで何かを訴えている。




 俺は――――決心した。


「――俺だって自信あるよ。俺が魔矢マヤさんを落として見せるっ!」


 俺は魔矢元ヤンを落とす自信などこれっぽっちも無いが、俺がこのクズ野郎共から魔矢元ヤンを守ってみせる!



「おっ、童貞の山さんにあの女は落とせないと思いますけどね。何気にあの3人の中で一番いい女だし。ていうか、オレが山さんに負ける理由わけが無い」

「……絶対、酔わせて持ち帰ってヤッてやる(ブツブツ)」





 一升いっしょう一生いっしょうで絶対に負けたくない戦いが今、幕を開ける――。





 END






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