その2
一方、小説投稿サイト内でも新たなムーヴメントが生まれようとしていた。
小鳥遊氏は「修学旅行に向かう途中、クラス全員が乗ったバスがまるごと異世界転移! しかも転移先はデスゲームの世界で、あろうことか全員の精神と肉体が入れ替わり、僕の場合は憧れのあの子の体になっちゃってるし、もうメチャクチャな件」で、ネット媒体の小説コンテストで特別賞を取り、書籍化も経験したことがある実力派の書き手だった。小鳥遊氏は
小鳥遊氏のスピンオフは、ウルフちゃんが所属する部屋のちゃんこ番を主人公としたものだった。原作シコ娘とは違い、相撲部屋の日常を描いた終始ほのぼのとしたテイストの作品だったが、ウルフちゃんと同期でありながら、シコ娘として伸び悩む万年幕下の主人公――シコ娘オリジナルの
先駆者が現れると後続が現れるのが常である。多治氏の元にはスピンオフの執筆を希望するユーザーが押し寄せた。シコ娘にはすでに、原作者も予想しなかったコアな支持層が出来上がっていたのである。
あまりに多くの声が寄せられたため、多治氏は彼らに向けて、自身のアカウントにメッセージを投稿した。
「拙作シコ娘をお読み下さっている皆さま、ありがとうございます。
連日、多くの方々に応援やレビューのコメントを頂き、嬉しい限りです。さて、このところシコ娘のスピンオフを書きたいという声を沢山頂いておりまして、大変驚いています。
私は人を傷つけさえしなければ創作は自由だと考えています。そこで私は、今後、シコ娘に関する創作は非営利のものに限り、すべて皆さまの自由にして頂いていいものとするよう決めました。スピンオフ、ファンアート(自分でこの言葉を使うのは気恥ずかしくもありますが)に私の許可は必要ありません。私自身、私も見たことのない、皆さまの思うそれぞれのシコ娘が見たいと思っています。
どうぞ、自由に皆さまの思うシコ娘を描いて下さい。私の思いはただ一つ。創作は自由。それだけです」
多治氏によるシェアドワールド宣言だった。これによって、さまざまな書き手によるスピンオフ作品が生まれることとなった。
それらスピンオフの数々は、十人十色という言葉があるように、ジャンルもテイストもバリエーションに富んでいて、シコ娘の世界は、原作者の多治氏も想像しなかった広がりを見せ始めたのである。
また、このムーヴメントは、原作に登場しない新たなシコ娘も生み出した。中には原作に登場するシコ娘以上の人気を獲得するキャラクターも現れた。
見知らぬ外国の地で奮闘するハワイ出身のコニーちゃんや、エリートシコ娘の血統に生まれ、姉妹で切磋琢磨するワカタカ姉妹などである。中には、書き手の自由な発想力のおかげで、驚くべき設定を持つシコ娘も存在した。
例えば、シコ娘界で最も小柄とされているマインちゃんは、その体格的不利を補うため、二億四千通りの戦術パターンを記憶したシリコン性の記録装置を脳に埋め込んでいるというぶっとんだ設定を持っており、その多彩な攻撃パターンから「技のデパート」という異名を持っている、といった具合だ。
もちろん、これらシコ娘も作品の中では実在の力士の四股名をそのまま使用していた。
イラスト投稿サイトにアップされるファンアートも徐々にその数を増やしていった。
女人禁制の土俵を舞台に美少女たちが相撲を取るという、ある意味ではタブーへ挑戦した背徳的な世界観と、スポブラパンツにベルトという萌え要素は。イラスト系クリエイターたちの創作意欲を刺激するのに十分だったのである。
原作のキャラクターのイラストが増えると、今度はスピンオフ作品に登場するシコ娘のイラストを描くクリエイターたちも現れた。小説投稿サイトのみならず、イラスト投稿サイトの方でもコアなファン基盤ができあがりつつあったのだ。
小説投稿サイトで生まれた物語とシコ娘たちは、イラスト投稿サイトによって肉付けされ、ビジュアル化されていったのである。
中には、まだPV数の少ないスピンオフ作品に登場するシコ娘を敢えてチョイスしてイラスト化するクリエイターもいた。それはさながら、新人力士の中から、未来の横綱になる逸材を見抜く、ベテラン相撲ファンであった。
また、イラスト投稿サイトから新シコ娘が誕生するというこれまでにないケースも起こった。第一号は青い目のシコ娘、ブルガリア出身の大関ユーロちゃんである。
ユーロちゃんはその後、小説投稿サイトの方にてシコ娘フォロワーによるスピンオフ短編の主人公となった。
これまでもハワイ出身、モンゴル出身の外国人シコ娘は存在したが、ユーロちゃんはまさに、遠い異国の地からやってきた初めてのシコ娘となったのである。
これをきっかけにして両サイトのクロスオーバーは次第に盛んになっていった。
また、文章やイラストだけでなく、世界観やシコ娘たちの持つ背景を、実際の相撲史や力士の生い立ちと照らし合わせて考察をする、考察勢と呼ばれるファン層も誕生した。
これら考察勢による意見交換は、時に著者の意図していない勝手な設定を生み出すことになるが、原作者の多治氏はむしろこれを歓迎し、スピンオフ著作者たちも
シコ娘の世界はさまざまな人たちのアイデアによって、緻密な輪郭が描かれていったのである。
そんな中、初期からの熱心なファンのひとりであるイノシロウ氏が、投稿サイトやSNS上で拡大していくシコ娘の世界を一括するため、まとめサイトを立ち上げた。「シコ娘プロジェクト」である。
イノシロウ氏は、各投稿サイトやSNSを土壌に広がっていくシコ娘の輪を「シコ娘ユニバース」という言葉で表現し、これまで原作とスピンオフで語られた物語の概要や、誕生したシコ娘たちの設定をデータベース化していった。
しかし、シコ娘関連情報の補完には、小説、イラストのみならず、SNS上に散らばった考察勢による考察も収集する必要があった。その情報量はすでに個人で収集するにはあまりに膨大すぎた。これを助力したのが、シコ娘ユニバースに散らばった多くの同志たちである。
「もし、勝手が許されるならば、シコ娘にもオフィシャルサイトのようなものが欲しい」
そんなサイト管理者の思いに共鳴したのである。
多くのフォロワーに支えられたシコ娘プロジェクトでは、情報収集の他、フォロワーたちによる意見交換も盛んに行われた。
多くの創作クラスタが自由な発想でスピンオフを作り、アイデアを加え、考察されてきたシコ娘である。これらを照らし合わせたとき、どうしても差異や矛盾は免れない。フォロワーたちは、できる限り辻褄を合わせるため、考察を繰り返し、情報を精査していった。
シコ娘プロジェクトの考察から新しいシコ娘が生まれるケースもあった。その中には、イラスト投稿サイトのファンアートを経て、最終的に小説投稿サイトのスピンオフ作品に登場するものもあった。
サイトのデザインも有志によって洗練されていった。シコ娘プロジェクトは、サイト管理者の思いが具現するかのように、まさしくオフィシャルサイトと言って差し支えないサイトへと変貌を遂げていったのである。
シコ娘が、各サイトをまたがり、SNSを通じてネットミーム化していく中、ついにメディアの目に触れることになる。
最初にシコ娘を取り上げたのはネットニュースサイトだった。記事では投稿サイトから始まった小説が、商業化の道を通らず、複数人のアマチュアクリエイターたちの手によって人気コンテンツになっていった様子を取り上げていた。
しかし、このときはまだ、はじめてシコ娘を知ったという人たちの反応は冷ややかだったと言わざるを得ない。
だが、実在の力士の四股名を冠する美少女たちが相撲を取るという独特の世界観はセンセーショナルであり、次第にシコ娘を取り上げるネットニュースサイトが増え始めた。そこからの認知の広がりは早かった。
しばらくすると、サブカル専門誌やアニメ専門誌、果ては総合エンタメ情報誌などの紙媒体がそれに続いた。はじめは目立たない小さな記事ばかりだったが、次第に割かれるスペースが増え、見開き2ページで紹介する雑誌も現れた。
名の通った雑誌のカラーページに、四股を踏むため、高らかに足を上げるウルフちゃんの姿が踊ると、ファンは歓喜の声を上げた。フォロワーたちの盛り上がりは、まさに座布団舞う千秋楽の結びの一番さながらであった。
次第にシコ娘は、一部の熱狂的なファンだけのコンテンツから脱皮していった。かつて、原作シコ娘が小説投稿サイトでランキングを駆け上がっていったように、今度はエンタメ業界の幕内昇進への道を驀進していったのである。
決定打となったのは、TVの情報番組が、次に来るエンタメとしてシコ娘を取り上げたことである。TV離れが囁かれる昨今でも、やはりTVの力は絶大だった。シコ娘の認知はお茶の間を通じてそれまで以上に世間に広がった。
しかし、多くの目に触れることは、必ずしも好ましいことばかりではなかった。
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