シコ娘

三宅 蘭二朗

その1

 シコ娘。それは、別世界の力士の魂を受け継ぎ、その名を冠して生まれてくる少女たち。彼女たちは、土俵という直径15尺(4.55m)の円形の闘技場で、日々の過酷な稽古で磨かれた互いの力と技を競い合う。ときに押し、ときに投げ、激しい戦いの先にある彼女たちが辿る運命は、まだ誰にもわからない。



 ある日、こんな冒頭で始まる物語が小説投稿サイトに投稿された。タイトルは「シコ娘」。それがすべての始まりだった。

 投稿者の名は多治たじ唐男からお。抱えたフォロワーは十人にも満たないが、自分が面白いと思うものを、自分のペースで投稿するというスタイルで執筆を楽しむユーザーだった。

 当時、氏のページには、長編短編合わせて五つの小説がアップされていた。根っからのスポーツファンであるらしく、投稿作品はどれもスポーツをテーマにした物語だった。

 ただ、取り上げるのはどれもマイナースポーツばかりで、例えば、地上じあげに遭った実家のクリーニング屋を救うために、ボーダーかぶれの放蕩息子が究極のアイロン掛け競技エクストリームアイロニングの世界に飛び込む「極限のアイロニー」や、解体危機にある地方楽団が存亡を賭け、イギリス伝統の競技に挑む「コオロギ・クリケット」、フランス帰りの天才ペタンク少女が、男子高の弱小ペタンク部に男装して入部し活躍する「ブールをビュッとね!」など、その渋いチョイスは、ユーザーの読書欲をくすぐることに苦戦しており、作品のフォロワー数は軒並み一桁台という状況だった。

 そんな氏が六作品目として世に放った長編小説が「シコ娘」である。トップに飾られたキャッチフレーズには「不撓不屈ふとうふくつ! 私たち、みんなガチンコで生きている!」とあった。

「シコ娘」というタイトルから、よもや風俗業界をテーマにした下品な小説かと思われたが、実際はそうではなかった。

 冒頭にあるとおり、シコ娘は、実在の力士の四股名しこなを冠した美少女たちが、相撲を通じて切磋琢磨せっさたくまし、成長していくという内容の物語である。また、多治氏の作品の中で言えば、比較的メジャーなスポーツを扱ったものでもあった。

 物語に登場するシコ娘たちは、神事でもある相撲に人生を捧げた、いわば巫女のような存在であり、世のため天下泰平てんかたいへい、そして五穀豊穣ごこくほうじょうを願い、スポーツブラとパンツ、そしてベルトという出で立ちで十五日間にも及ぶ場所を戦い抜くという内容である。

 いかにも美少女を前面に押し出した萌え重視の内容かと思えば、読み口は意外にもシリアスなスポコンものだった。

 当初、これまでの作品と同じように見向きもされない作品のひとつだったシコ娘だが、ある日を境に状況が一変する。


 投稿されてから三ヶ月が経った頃、投稿サイトオープン当初から活躍する熱心なスコッパー――埋もれている良作を見つけ出すユーザー――である狩屋崎かりやざきマサクル氏がサイトの片隅に埋もれていたシコ娘を発見した。数話を読んでまもなく作品に魅了された狩屋崎氏は、レビュー欄に文句なしの絶賛コメントを残した。


「今年読んだ作品の中で最も衝撃を受けました! ふざけてんのかと思うような外連味抜群のタイトルから、どんなヤベぇ内容かと悪戯心にページを開いたところ、気付いたら時間を忘れて一気読みしていました。

 相撲と美少女、まさにタブーへの挑戦! この組み合わせがあったかと唸らされました。

 とにかく相撲の取組の描写がスリリングで迫力があるし、シコ娘が可愛いだけじゃなくて、めちゃくちゃかっこいい!

 また、どのシコ娘にもドラマがあってグッときました!」


 狩屋崎氏は自身のアカウントで不定期連載している「マサクルのツギクル小説」でもシコ娘をピックアップし、SNS上でも積極的に取り上げた。

 サイト内でもSNS上でも多くのフォロワーを抱えた人物に見出されたことで、投稿小説愛好家の中でシコ娘はバズり、フォロワー数が二倍三倍と膨れ上がった。

 これまで閑古鳥かんこどりの鳴いていた多治氏のページには、連日多くの読者が訪れ、シコ娘を読んでは応援と高評価を残していく。知られざる物語だったシコ娘のPVは跳ね上がり、日間、週間、月間のランキングをあしどころか韋駄天足いだてんあしで駆け上がった。

 シコ娘は、瞬く間に投稿小説の幕内昇進を果たしたのである。


 もちろんこの状況に最も驚いたのは作者の多治唐男氏自身である。多治氏はその様子を自らのアカウントページにてこう記した。


「いつもお読み下さってありがとうございます。多治唐男です。拙作シコ娘が思いのほか皆さまに好評を頂いていますようで嬉しい限りです。

 実は、これまで私の作品にはほとんど読み手がつきませんでした。ですので、このような経験も初めてなわけで、一体どうしたことかと大変驚いています。作品にも多くの温かい応援コメントや素晴らしい評価コメントを頂き、まことに恐縮致しています。

 本当は、それらのすべてに返信も致したいところなのですが、恥ずかしながらこういったやり取りも得意な方ではないため、頂いたコメントひとつひとつに返信をしていると、多くの時間を費やしてしまうのです。ですから、まことに勝手ながら、ここでまとめて感謝の言葉を述べるだけでご容赦下さい。

 シコ娘をお読み頂いて本当にありがとうございました」


 さて、ここで実際のシコ娘のあらすじを大雑把に紹介しておこう。


 昭和の名横綱の四股名を名に冠する主人公は、ウルフちゃんという愛称で呼ばれる小兵こひょうシコ娘だ。ウルフちゃんは小さな体ながら、力強い気迫溢れる相撲を信条とし、体格のハンデを補うために努力を惜しまず、多少の無理もいとわない気概きがいを持っている。しかし、その強気な性格がたたり、左肩に脱臼癖という爆弾を抱えていた。

 関脇となったウルフちゃんは、急逝きゅうせいした親方との約束である初優勝を目指し、某年初場所の十五日を戦い抜くのである。

 過酷な筋力トレーニングで左肩の脱臼癖を克服し、必殺の上手投げ「ウルフスペシャル」で、立ちはだかる強敵を次々となぎ倒していく。横綱との対決を含む十五番勝負を破竹の十四連勝で駆け抜け、千秋楽に一敗でウルフちゃんを追う最強の相手、横綱キティ先輩を迎える。勝てば文句なしの全勝優勝だ。

 しかし、この取組でついに土が付き、十四勝一敗となったウルフちゃんは、勝ち星でキティ先輩と並んでしまう。ふたりは直後の優勝決定戦で再び相まみえ、ウルフちゃんはこれに勝利して、見事初優勝を飾るのである。


 投稿サイトでも目立った作品のひとつになったシコ娘だが、人気作には必ずと言っていいほど持ち上がる書籍化の話が一切聞かれなかった。理由は明快で、作中で実在の力士の四股名を堂々と使用していることが、商業化への大きな障壁となっていたのだった。

 作品は、土俵上は女人禁制と言われる相撲をテーマに扱っており、書籍化、商業化を現実にする場合、相撲協会の存在を無視することはできない。

 四股名には著作権はなく、相撲協会からも商標登録はされていないが、力士にとっては実名に等しい人格の象徴そのもので、それ自体に顧客吸引力があるとみなされる可能性は確実である。つまり、無断で商業利用すればパブリシティ権の侵害に抵触するのは想像に難くないのだ。

 商業化には相撲協会の許諾が必要不可欠である。だが、スポブラパンツの美少女たちが汗だくになって相撲を取るという内容に、伝統と品格を重んじる相撲協会が首を縦に振るとは到底思えない。

 結果、勝ち目の薄い協会相手に、がっぷり四つになって金星を取りに行くような気骨ある出版社は現れなかった。

 結局、投稿サイトの一作品のままとなったシコ娘だが、そんな外野の状況など関係ないとばかりに、サイト内で順調にPV数を伸ばし続け、日に日に存在感を増していった。


 そんな中、イラスト投稿サイトでは、シコ娘のファンアートをアップするユーザーが現れた。アプリゲームのキャラクターイラストなども多数手がけるフリーのイラストレーターほるもん屋氏である。氏はイラストサイト内にて、商業とは無関係の、趣味で描いたイラストを精力的にアップしていた。そのほとんどはお気に入りの漫画やゲームのイラストだったが、そのラインナップにネット小説発のキャラクター、ウルフちゃんが加わったのである。

 ほるもん屋氏による美麗なイラストでの視覚化が、ますますの作品の認知に、一役も二役も買ったのは言うまでもない。

 ネット小説を知らない層の目にも触れ、シコ娘は小説投稿サイトの枠を飛び出し、新たな世界に向かい始めたのだった。

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