ep.13 小言

 霊体に空腹という概念はないらしい。翔太はプリンを盗み食いしたが、あれは単に味覚を楽しむだけの行為だったということになる。


 普通の霊はそんな無意味なことはしないので、楽しみにしていたプリンが霊に食べられてしまった、なんて事態はまず発生しない。霊体の胃袋に入ったプリンは一体どこに行ってしまうのか。それは霊本人にも分からないようだ。


「あの男はおばけが怖いんやな。姉ちゃんを抱くの諦めるほどなんやから、よっぽどやで」


「そうみたいね。翔太がボディガードやってくれたら安心だわ」


 翔太が嬉しそうに目を輝かせた。感情は漏れなく表情に反映するため、この上なく分かり易い。


「でも、ねえちゃんが前の会社辞めたのってもう二年以上も前なんやろ。あの男は、なんで今更言い寄ってきたんや」


「一週間くらい前かな。オーナーへの手土産を買いに逆口のそごうにいったらあいつがいてね、声をかけられたの。久しぶりって」アタシは少し思い返してから説明を続けた。「めっちゃ綺麗になったね、見違えたよって褒められたわ」


 翔太は「へえ」と言いながら呆れた表情を浮かべている。


「あのね、相手がどんな男であったとしても、女は褒められたら喜ぶ生き物なのよ。それは本能。あらがえないの。それに、お世辞というような調子でもなかったし」


「それで気をくしたんやな。近況を聞かれて教えた、と」


「そうよ、悪い?」


「にしても如何いかんせん男運がないのう、姉ちゃんは。哀れなくらいに」


「うるさいわね」


「とりあえず、事務所の鍵は交換した方がいいんやないか? あんな無茶苦茶な行動する男なんやから今後何してくるか分からんで」


「大丈夫でしょ、別に」


「そんな雑な性格やから付け込まれるんやで。分かっとらんなあ」


「あんた、アタシの母親みたいなことばっかりいうわね」


 この発言で、父親から近日中に実家に顔を出すようにいわれていたことを思い出した。同時に憂鬱な心持ちになる。

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