ep.12 翔太の言い分

 翔太の表情は冴えなかった。酒の美味さがまだ分からないというのもあるのかもしれないが、どうやらそれだけではなさそうだった。


 酒を飲むや否や顔を赤くし、呂律ろれつを怪しくしたが、言い連ねる証言はいつもの虚言には聞こえず、なかば戦慄を覚える内容にあった。


 アタシが浴室に入って間もなく笠井は素早く身を起こし、アタシの通勤バッグの中をまさぐり始めたのだという。その様子に酔っ払っている感は微塵みじんも見えず、あの酩酊めいていは演技だったと翔太は言い切った。


「姉ちゃんのキーケースにある鍵を一本一本写真撮っとったで。番号彫ってあるやんか。光の加減で中々写らんくて難儀なんぎしとったみたいやけど、それを一生懸命撮っとった」


 あまり知られていないが、鍵に刻印されているシリアルナンバーさえ分かれば、その鍵の複製は可能だ。この部屋の鍵はオートロック連動型のディンプルキーなので多少苦労するかもしれないが、アマミヤの事務所の鍵はピンシリンダー式なので、複製も極めて容易だろう。


「でもって今度は下着や。あいつ大胆にも脱衣所に入って洗濯機から姉ちゃんの履いてた下着を盗み出してな、すーはーしとったで。頭に被ったりしてな。完全に頭いっとったわ、あれは。でもってポケットに入れとったからな。パクられたんちゃうんか」


 背筋に怖気おぞけが走った。嫉妬心に駆られたところで、翔太はこんなつまらない嘘などつかないだろう。受け入れ難い話だが、これは事実なのだ。


 念のため、洗濯機の中を確認してみる。翔太のいう通り、今日履いていたショーツがなくなっていた。ふざけやがって。お気に入りだったのに。


 自分の男の見る目のなさに愕然すると同時に、男性を簡単に受け入れてしまう貞操観念を早急に改める必要性を感じた。学生時代からずっとそうだったが、全く成長していない自分には半ば情けなさを覚える。


「それで助けようとしてくれたのね。ありがとう、翔太。筆おろしの時はサービスしなきゃね」


 アルコールで赤くなった翔太の顔が更に赤くなった。正義感の強い子なのだ。それ故に、若くして死ななければならなくなった。生きて成人になっていたら、肝の据わった好青年に育っていたことだろう。痛過ぎる損失だ。


「もっと早い段階で驚かしたったらよかったわ。あまりに振り切れてて呆気に取られてもた。俺に見られとるとも知らんで、ありゃあないで」


 霊による監視を考慮して行動する人間などいるはずがない。今まで翔太のことは同居人のようにしか見てこなかったが、ビジネスパートナーとして使えるかもしれないという考えが頭を過った。


 可影響地縛霊は物に触ることができるが、触る意思を持って念じなければ透過するという性質にあるらしい。不貞調査などをやらせたら唯一無二の存在になるはずだ、などと考えながら未成年にやらせることでもないな、とかぶりを振った。それに翔太は金を必要としていない。

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