ep.11 強制退場

「ブレーカーなら玄関ね」


 オーケーと言いながら確かな足取りで玄関に向かう笠井。


 その後の翔太による妨害工作は熾烈しれつかつ執拗しつようを極め、突然テレビに不気味な映像が流れたり、ブルートゥーススピーカーから奇妙な音楽が流れたり、リビングのドアが勝手に開いたり閉まったりと、半ば強引にセックスどころではない状況が作り出された。


「アタシの職業柄、これはしょうがないことなの。どうしても霊が帯同しちゃってね」


 仕方なく、アタシは打ち明けた。そもそものところ、この男とのセックスにそれほど前向きでもない。


「アタシが今どんな仕事をしてるか、知らないわけじゃないでしょ? 今日のところはやめておいた方がいいかもしれないわね。これって怒ってる証拠だから」


「お、怒ってるって、誰が……」


「霊よ。当たり前じゃない。ほら、アタシ、モテるから」


 努めて妖艶な笑みを浮かべ、ねっとりとした口調で言い放つ。酔いが醒めてそうなっているのか分からないが、笠井の顔は蒼白に近い色合いにあった。たぶんこの手の話に弱いのだろう。表情には戦慄がほとばしっていた。


「どうすれば、どうすれば許してもらえるんだろうか」


「さあ、流石に霊に示談条件を確認することはできないから。でも、早くこの部屋から出ていった方がいいということだけは確かね」


 慌ただしい手つきで帰り支度を始める笠井。その様子を翔太は嫌悪感丸出しで見下ろしていた。


「じゃあ、静香ちゃん。その気にさせちゃったところで申し訳ないんだけど」


 どこまでもポジティブな男だ。このくらいでないと、テンザンではやっていけないのかもしれない。正常な感性というものを破壊されているのだろう。


「大丈夫よ。くれぐれも気を付けてね」


 小刻みに頷きながら靴を履く笠井の目の前で、ゆっくりと、そして勝手に玄関ドアが開いた。翔太、いい加減にしろ。


「ひぃや‼」


 足腰の立たない小鹿のような挙動で笠井は玄関から飛び出し、去っていった。


「ありゃ、あかんで。とんでもなくやばい奴や」


 アタシは伸びをしてから冷蔵庫へ向かった。中から二本、三五缶のビールを取り出す。


「翔太、あんた見た目は別として十七なんでしょ。飲み直しに付き合いなさい」


「おいおい、何をいうてるんや」


「酒で伸びた人間を馬鹿にしてたでしょう。あんたも飲んでみなさい」


「あいつの肩を持つんか? 姉ちゃんまじで見る目ないで」


 アタシは鼻から溜め息を吐きながら頭を振った。


「幽霊にまでなって律儀に法律を守る必要なんてないでしょ。あの男のことはどうでもいいわ。大体アタシが誘ったわけでもないもの。あっちが言い寄ってきたの」


「まあいいわ、飲んだるわ。ただな、飲んだら俺の話をちゃんと聞けよ」


「はいはい」


 片方の缶のプルタブを引き、翔太に持たせた。右手に残った感のプルタブを引き、翔太の缶に合わせた。


「翔太のアルコールデビューに乾杯」

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