ep.10 無言の抵抗

 神経質っぽくセットされていた笠井の髪は緩く崩れた状態にあり、前髪は目元にかかり、どういうわけか僅かに色っぽい。こんな三流芸人のようなビジュアルの男に魅力を覚えてしまうとは、アタシは酔っ払っているのだろうか。


 ただ、男は顔ではないと思う。魅力はその「在り方」や「仕草」、「振る舞い」の中に生まれるもの。それがアタシの持論である。「声」や「会話のテンポ」なども重要だ。


 笠井は現状、アタシへの愛情を突き通す「在り方」の部分で及第点きゅうだいてんをマークしているように思える。その他の要素においては総じて基準落ちといった判定にあるが、それらが全て揃った男などそうはいない。


 ふとして雨宮のことを思い浮かべてしまったが、引き摺らない女であるアタシはその空想を諸手で弾き飛ばした。


 タオルを首にかけ、アタシはソファに腰を下ろした。テレビの上のリモコンでチャンネルを変える。その様子をじっと見ていた笠井はのっそりと立ち上がり、頭を掻きながらこちらへ寄ってきた。


「隣に、座ってもいいかな」


「アタシに手を出したら、あの二人があんたをぶっ飛ばすそうよ」


「静香ちゃんはすっぴんでも変わらないね。美人だ。あの二人にぶっ飛ばされようがなんだろうが、この状況でおとなしくはいられないよ」


 上げられて不快になる女はこの世にいない。表向きはすかして見せても、内心では喜ばずにはいられない。ナンパがうざいだなんて、嫌よ嫌よも好きの内。異性に異性として見られないことの方がよっぽど恐ろしい。


 おどけた表情でかぶりを振ってから、笠井はおもむろにアタシの横に腰を下ろした。リモコンを手に取りテレビを消すと、間髪入れずに腰に右手を回してきた。


 笠井は勢いそのままに、アタシの上衣に左手を滑り込ませる。笠井の胸板にアタシの左腕が当たっていた。胸筋の盛り上がりが尋常ではない。笠井は隠れマッチョ?


「明るくてもいい?」


 流石にアタシは面食らう。案外に大胆な男である。昔からやけに自信満々な男だなと思うことはあったが、これほどまでとは思わなかった。そのくせ、営業成績でアタシの上に立ったことは一度もない。


 笠井が唇を合わせようとしてきた瞬間、バチン、という音が鳴り、照明が一斉に落ちた。ブレーカーが落とされたのだろう。どう考えても翔太の仕業だ。


「あれ。ブレーカーが落ちたみたいだ。水回り? 玄関?」


 どうしても明るい状態で行為に至りたいのか、笠井はアタシの乳房に及びかけた左手を衣服から抜き、腰を上げた。


 こいつは本当に酔っ払いだったのだろうか。あれが演技だったのだとしたら中々の食わせ者だ。

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