ep.9 泥酔ゲスト

「誰やねん、こいつ」


「前の会社の同僚。てか、目覚められたら面倒だからあんま喋りたくないだけど」


 はたから見れば独り言を喋り倒す狂人にしか見えないのだ。翔太は口を尖らせながら頷いた。意を察したらしい。


 あの後笠井は、澤村と間島にいじり倒され、たらふく酒を飲まされ、ほんの一時間程度で潰れてしまった。


 アタシはアタシで楽しくなってしまい、午後の営業は取りやめ、源さんが帰宅するタイミングまで散々飲んで騒いだのだが、笠井の処理を余儀なくされたという状況にある。笠井の運搬においては澤村と笠井も手伝ってくれたが、所詮はそこまでだ。


「姐さんすんません、ちょっとやり過ぎました。こいつが変な気を起こしたら、俺たちがぶっ飛ばしますから」といわれたが、他の住民に勘違いされるから早く去れ、と追い返してしまった。


 そんな笠井は、幸せそうで、それでいて気持ちが悪そうな、二律背反にりつはいはんともいえるような表情でリビングに転がっている。そのままゲロをブチ撒けないかが一番の懸念事項だ。


「大の大人がしょうもない」


 翔太はそう言いながら、メジャーリーグで活躍するイケメン野球選手のニュースに興味を移した。


 翔太の言い分もまあもっともだが、あの状況では仕方がないことなのかもしれない。ビールに日本酒、麦焼酎にワインといった究極のチャンポンの破壊力は一入ひとしおだ。加えてチンピラたちのパワハラもあった。


「大人は大人で大変なのよ」


「……答えとるやんけ」


 子供扱いされて更に口を尖らせる翔太に背を向け、アタシは浴室に足を向けた。湯船に浸かりたかったが、とりあえずシャワーを浴びたかった。


 シリコンシャンプーとボディソープで手早く汗を洗い流し、ジェラートピケのルームウェアを身にまとう。このスタイルになって、ようやくモードはオフになる。


 濡れた髪にタオルを当てながらリビングに戻ると、笠井は状態を起こして呆然としていた。顔色は青白い。ゲロを吐いたのかもしれない。その場でぶちまけなかっただけでも、一定の評価に値するところだ。


「おはよう」


 あたしの呼びかけに、笠井はワンテンポ遅れて答えた。


「いやあ、俺、ますます静香ちゃんが好きになったよ」


 何がどうなってそういった感情に遷移せんいするのだろうか。頭のネジが数本飛んでいるとしか思えない。目を覚ましてたら逃げ去って、二度と近寄ってこないだろうと思っていた予測を遥かに越えてきた。


 そんな笠井に、アタシは密かに感心した。


「ねえちゃん、こいつまじでやばいで」


 ちょっと黙っといて。アタシは視線で翔太を制する。こうまで嫉妬するとは流石に意外だ。

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