ep.8 酒盛り

「ラーメン……うま」


 尋常ならざる居心地の悪さに耐えかねてラーメンを一口啜った笠井が、ついこぼれたというような調子で呟いた。


 そうなのだ。たつみのラーメンは店主の顔を二度見するくらいの美味さにある。誰もが「本当に、このハゲがこの味を生み出しているのか?」と疑うのである。


 動物系のスープからはしつこさというものが完全に取り除かれていて、これでもかというほどに麵に絡む。添えられた二種の叉焼チャーシューは鶏と豚の熟成肉から作られ、飽きさせない意匠いしょうが施されてる。更には柑橘系の隠し味が利いていて、この店がこんな出で立ちでなければ女性客だって集められるはずなのだ。


 味は至高、それでいてボリュームの方も申し分ない。アタシはこの店が流行らない現状に、メリットしか感じていない。


 澤村がふんと鼻で笑った。あたりめえだろうが、とでも言いたげだ。


「おら、源さんからだ」


 辰見の手で、チンピラ二人の前にビール瓶がどんと二本置かれた。


「どうも、源さんごちそうさまです」


 二人が声を合わせて礼を述べる。見てくれとギャップのある礼儀正しさが意外に可愛らしい。根っからの悪人というわけではないのだろう。


「あいよ。ごゆっくり」


 源さんが天海のグラスを空にしながら応じた。澤村と間島はそれぞれ手酌でビールをグラスに満たす。澤村がカウンターの上からグラスを一つ取り、笠井に差し出した。


「ほれ、お前も飲めよ」


 どう聞いても本音としか取れなかった笠井の呟きに気を好くしたのだろう。


「あ、いや」


 笠井は営業の外回りの最中だろう。これからテンザンに戻ることを考えれば、飲酒はまずい。そもそも女をナンパしてるのがまずい。


「なんだ? 俺が勧める酒が飲めねえってのか? あ?」


「い、いえいえ。頂きます」


「礼は源さんにいえよ」


「源さん、どうもありがとうございます」


 笠井の礼に源さんが掌を向けて応じる。店内に謎の一体感が形成され始めた。


「なんかこのまま酒盛りが始まっちまいそうな雰囲気だなあ、おい」


 間島がグラスビールを喉に流し込んでから威圧的な笑みを笠井に向けた。


「アタシはこの後も仕事があるから。男たちだけで仲良くやってよ」


 勘弁してくれ! 笠井が見開いた眼球をこちらに向ける。


静香姐ねえさん、そりゃないっすよ。こんなむさくるしい男ばっかじゃ華がないじゃないすか」


「だから、そのネエさんってのやめろって」


「もう今更無理ですって。俺ら馬鹿ですもん」


 そう言いながら二人は茶化すように笑っている。アタシの反応を楽しんでいるのだ。クラスの好きな女子を虐める心境に似たアレなのだろう。


「ったくしょうがないわね。一時間だけよ。それ以上は有料だからね」


 店内に源さんと澤村と間島の歓声が響いた。笠井の視線は刹那虚空せつなこくうをさまよった。

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