第27話

 柊さんは、自分のことは下の名前で呼んでほしいと言った。気恥ずかしかったが、牛丸と酔っ払っていた時に、サクラさんと言ってしまっていた気もする。当然その場に彼女はいなかったわけだが。

 これからサクラと呼ぶことにした。

 サクラは人と話すことが好きなようだった。色々な事に興味があるようで、彼女と話していて、話題は尽きなかった。

 傷心を癒すような、暖かな、優しい声音だった。

 二人で歩いていると、猫が俺達の前を通り過ぎた。真っ白な猫で、顔の一部と靴下を履いているように足の先の方だけ黒色だった。俺達の前を通り過ぎると、道の端に座り込んだ。あくびをして、眠たそうに道ゆく人々を眺め出した。呑気な奴だ、と思った。サクラはその猫に近づき、猫を撫で出した。その猫はかなり人に慣れているようで、されるがままに撫でられていた。

 俺はその光景を目に焼き付けるように、眺めていた。


「柊さんはさ」

「サクラって呼んでよ」

「サクラは、牛丸のことどう思っているの?」

「どうしてそんなことを訊くの?」

「いや、別に大した理由はないけど」

「まあ、幼馴染よね。仲が悪いわけでもないし。昔からケンゴは変わらず良い人だなあって感じかな」

 良い人とはどういう意味だろう。恋愛対象ではないのだろうか。幼馴染同士の恋愛は、まあそれこそドラマの見過ぎだという感じがあるが、牛丸がサクラに恋をしているのは事実だし、どうにかサクラが牛丸のことをどう思っているのか探ろうとしたのだが、俺には難しいようだった。

「ミノルは映画観ないんでしょ?」

「最近は観ないね」

「じゃあ、私と別のサークルに入ろうよ」

「いや、牛丸に悪いし」

「でもケンゴに辞めるのを止める権利はないよ」

「そうだけど、何か心情的に、ということもあるし、楽しいんだよ彼らといるのが」

 サクラは少し寂しそうな顔をした。悪いことしてしまったかなと思った。まるで少女をいじめているみたいだ。何だか居た堪れない気持ちになった。

 少し後ろを振り向くと、猫が女の子に撫でられていた。

「ねえ、今度二人でどこか行かない?」サクラが言った。

 俺はどうしようと思った。確かに俺は今付き合っている人はいない。でも俺はあの終わり方に納得のいっていない部分があるし、彼女のこともまだ好きだと思う。友達として二人で遊びに行くというのなら良いが、それ以上の関係になる可能性があるとしたら、俺は尻込みしてしまう。

 そんな感じで迷っていると、サクラが立ち止まった。

「私と遊ぶのは嫌?」そう訊いてきた。

「そんなことはないよ」

「本当?」

「本当だよ」

 俺は決心した。いや、サクラのペースに流されていただけかもしれない。

「今度の土曜に何処か行こう」

 俺はそう言った。サクラは嬉しそうな顔をした。何でも思っていることが顔に出るタイプなのだ。俺は良いことをしたなという気分になった。何だか俺も嬉しくなった。

「海に行きましょう」

 サクラは演技口調でそう言った。

「うん。楽しみだね」

 思わず俺はそう言っていた。

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