第23話
俺と彼女は歩きながら話をした。どこへ向かっているのか、俺には全くわからなかった。彼女も分かっていなかったかもしれない。
「私、実は本を出した事があるの」
ちょっと驚いた。本?
「高校生の時に詩をつくるクラブに入っていたの。それで高校一年生の時に仲間で詩を編んで、詩集にした。親が出版社に勤めている友達がいたから、自費出版という形で本にして、文化祭で配ったり、友達に渡したり、詩の愛好家が集まるイベントで売ったりしてたのよ。詩集のタイトルは『月』。単純に部長の名字からとったタイトルだった。私は確か3編の詩がその詩集に載ったと思う」
「知らなかった。どうして言わなかったの?」
「思い出したくないことも思い出さないといけないから。恥ずかしいし。君がこの話を聞くと私が書いた詩を読みたがるでしょう?」
「まあ、そうだね。・・・どういう詩を書いたの?」
「時間の経過と人生についての詩を書いた。朝と夜、生と死について。未熟な詩だったけどね。そして私が書いた詩にこんなタイトルの詩がある」
彼女はそこで言葉を区切った。そして言った。
「「白紙と夕暮れ」」
俺は驚いて彼女の顔を見た。「白紙と夕暮れ」?あの落書きの?いや、それ以前に嵐山の思い人が書いた作品名じゃないのか。
「以前君が話してくれた文学部の彼、確か嵐山君だっけ?その嵐山君の彼女が書いた文章は、多分、私の詩を踏まえての作品だと思う。どこかで『月』を手に入れて、私の詩を読んでくれたのかもしれない。ただの偶然ってこともあり得るけど、偶然にしては出来すぎているし」
「じゃあ、あの落書きの文言は」
「あれは私が書いた文章とは異なっている。内容的には大体同じというか、詩の内容を一言で表した感じね」
今にして思えば、嵐山があの落書きを描いたのではないかと言っていたことは、半ば本気だったのかもしれない。嵐山は文学が好きだし、彼女の詩集にたどり着いてもおかしくはない。そう言えば、嵐山があの落書きについて何か知っている風だが何も話してくれないと、彼女に相談した時に、彼女は引用元が自分の出した本だからかもしれない、と推測していた。俺は学生が本を出すという発想がなかったので、よくすぐにそういった発想になるなあ、と感心した覚えがある。それは、彼女自身が本を出していたから、そうした発想に至ったのだ。というより、落書き自体が彼女の書いた本から生まれたものだったのだ。
何という巡り合わせだ。俺は彼女からメッセージを受け取っていたのだ。あの個室トイレで。
俺と彼女は心を通わせたのだ。解釈は当たっていただろうか?俺は胸が震えた。
「事実は小説より奇なり、だね。詩のクラブの仲間とはその後色々あって、仲違いをして、結局解散して。だからあの落書きの話が君の口から出た時、恥ずかしいという理由もあったけれど、思い出したくないことを話さなきゃならないから、言えなくて」
彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。
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