第16話

 彼は、那村ヨウスケと言った。海外のIT企業に勤務しているらしい。姉のクラスメイトだった男だ。体格に優れているのは小学校から柔道をやっていたからで、耳を見ると激しい練習の痕が見受けられた。文武両道で、部活と学業どちらも成績優秀だったらしい。髪型はオールバックにしていて、精悍な印象だ。今日は白シャツに黒いズボンという格好だった。

「どこから話せば良いのか。少し込み入った話でな」

「まず洲鳥さんを殴り殺したのですか?」

「まさか。殺してないよ。殴ってもない」

 殴ってない?確かに息はあるようだが、確実に殴られている。どういうことだろう。

「これは洲鳥が仕組んだ計略なんだ。彼は俺じゃなく、彼の友人に殴られた」

 どういうことだ?全く状況が把握できない。

「つまり俺はそもそも洲鳥を殺すなんて、そんな物騒なことを言いふらしてたりなんかしてなかったんだ」

 頭がくらくらしてきた。どういうことだ?

「君はミサトをかなり信頼しているみたいだが、彼女はかなり良い加減というか、その場その場で生きているような人なんだ。えっと・・・」

 那村さんはそこで言葉を切った。適切な言葉を探しているようだ。

 俺は質問をすることにした。

「姉が洲鳥さんからDVを受けていたっていうのは本当なんですか」

「それは本当だ。俺も4年前にミサトから相談を受けていて、警察に言った方が良いとか、そいつとは別れろと何度も言った。まあそこまで酷く殴られることは無いようだったが、それでも、だ。人としてやってはいけないことだ。一時期は殴られることも無くなって関係も良好になっていたようだがな。でも今回ようやくミサトは洲鳥と別れる気になったみたいだな」

 4年前なら俺と姉は別々に暮らしていた。

「成る程。では、那村さんが洲鳥を殴り殺すという、姉の伝聞が間違っていたということですか」

「その通りだ。洲鳥の協力者がミサトの友達を通してミサトに流したらしい。その協力者も洲鳥に上手く言いくるめられたようだ。その協力者は少々噂を言い過ぎて、ついに俺の耳にまで届いたんだ。それは洲鳥にとっての予想外の出来事があって、ああ、どうやって話せば良いんだ」

 俺ももどかしかった。かなり事情が込み入っているらしい。

「とにかく俺に噂が届いて、俺はどういうことだと思ったんだ。俺が洲鳥を殴り殺す?初耳だ。俺はその協力者に噂の元を探っていってたどり着いた。そいつに事情を説明すると、洲鳥の計画を教えてくれた。今日の夜に俺は計画を聞いた」

 彼はそこで一拍置いた。呼吸を整えているのだろうか。

「洲鳥はミサトとヨリを戻したかったらしい。でも洲鳥はミサトを殴っていた。ヨリを戻せるわけがない。だから洲鳥は考えた。俺も殴られれば帳消しになるのではないか、と」

 そんな馬鹿な論理があるかと思った。

「それで洲鳥はその協力者に今日の昼頃に殴られた。そして君との待ち合わせの場所に行く予定だった。那村という男に殴られたのだ、と。そう君に言い、いつか君のアパートに帰ってくるであろう姉に伝わるようにしたんだ。

 誤算は俺が今日地元に帰ってきたことだ。俺はアメリカに勤務していて、あっちで家族も持っている。両親もアメリカにいるから、日本には帰る事情がほとんどない。洲鳥はそうした俺の事情を知っていたから、俺の名前を使ったんだろう。俺と洲鳥は面識が一応あったしな。俺は婆ちゃんが倒れたと聞いて飛んで帰ってきたんだ。一昨日帰ってきた。結局大したことはなくて、婆ちゃんはぴんぴんしていたから、良かったけどな。

 俺の元に噂が届いたのは本当にたまたまだった。地元の友達に偶然会って、聞いたんだ」

「じゃあ、姉から聞いた那村さんが洲鳥を殺すと言い出して聞かなかったというのは」

「何だそれは。・・・多分君をこの公園にすぐさま行くように説得するための嘘だろう」

 あの馬鹿姉め。まんまと引っかかった俺も俺だが。

「この公園の指定は誰が」

「それは俺がした」

「なら姉に連絡したということですか?」

「その通りだ」

 もうやめてくれと言いたくなったが、抑えた。

「しかし、ミサトの行動には不可解な点がある。洲鳥の計画が判明すると、すぐに俺は洲鳥と君が待ち合わせをしたという場所に行った。洲鳥はその場所にまだ来ていなかった。でも辺りを探していると、洲鳥を見つけた。すまん。君に一つだけ嘘をついた。俺は洲鳥を一発だけ殴って気絶させた。

 まあ、その後にミサトには正確にこの状況を連絡した。君と洲鳥の待ち合わせ時間の少し前だ。だからミサトは全てを知っているはずなんだ。多分君がここにいるということは、すぐに君に連絡したのだろう。しかし君には全てを伝えなかった」

「姉は直接俺のアパートに来ましたよ」

「ならミサトは君のアパートのすぐ近くに潜んでいたのだろう」

「そういうことになりますね。ちなみに俺のことはすでに知っていたのですか?」俺は疑問を口にした。

「ミサトから写真を貰っていて知っていた」

 成る程。那村さんも疑問を口にした。

「何故ミサトは君に全てを伝えなかったのだと思う?」

「さあ、いつもの姉の気まぐれでしょう」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る