第15話

 いつも過ごしているはずの公園が今日は違って見えた。夜。涼しい風が俺の頬を撫でた。俺はここに来て逆に落ち着いていた。覚悟を決めたからかもしれない。

 空には雲一つなく、星が煌めいて見えた。公園には誰もおらず、しんと静まりかえっていた。何だか寂しいような、切ないような印象を受けた。街灯には羽虫が群がり、公園の横の道路では猫が目を光らせていた。

 洲鳥さんとの約束の時間はとうに過ぎていた。何なら今日会う必要はないだろう。俺が一番にすべきは姉の男友達とやらを止めることだ。名は那村というらしい。

 風が俺の体温を奪い、やがて寒気を感じるようになった。もっと厚着で来れば良かったと思った。

 僕はこれまで僕の身に起こった事を思い返してみた。今でも整理がついていなかった。僕の頭は混乱し、心はひどくかき乱されていた。俺はこれからどうすれば良いのか、俺は何をしたいのか、漠然としていた。

 何故僕は今この公園に来ている?ー姉の彼氏を殺すという男を止めるため。

 何故僕はそんな事をしなくちゃならない?ー姉に頼まれたから。

 僕は本当はどうしたいのだ?ー家で眠っていたい。

 最後のは俺の本音だった。しかし人は時としてやらなければならないことができる。今が正念場だ。俺は宿題をすぐに終わらせるタイプではない。最後までだらだらとどうにかこの宿題がなくならないものかと考え、最後の最後にようやく取り掛かる。今が最後の最後なのだろうか。分からない。でも今やらなければ洲鳥さんは殺されるかもしれない。知り合いが死んでしまっては、夢見心地が悪い。姉にも散々文句言われるだろう。言われないか?

 しかし何故姉を殴るような奴を助けなければならないんだ?

 俺は段々と苛立ってきた。もはや何に苛立っているのか、自分でもよく分からない。とにかく混乱しているのだ。少し歯軋りし、何で外はこんなに寒いんだ、と、地球に八つ当たりをした。

 何分待ったことだろう。もしや姉は間違った情報を摑まされたのではないかと思いかけた頃、公園のトイレがある側の出入り口の方に人影が見えた。

 やっと来たか、と思った。

 人影の方へ歩み寄った。少しずつその人影の全体像が見えてきた。

 僕は息を呑んだ。

 大男が殴られた洲鳥さんを担いでいたのだ。

 街灯に照らされたその姿は、一見戦場から仲間を救った男みたいに見えた。しかし真相は逆だろう。

 間に合わなかったのか。俺はへまをしたのだ。姉に悪いと思う一方、少しざまあみろと思った。

「君はミサトの弟だね」その大男は威圧的な声でそう言った。

「ええ、そうですけど」

 俺がそう答えると彼は背負っていた洲鳥さんをどさりと無造作に下ろした。人としてどうかと思った。まあ、すでに相当殴られているから、今更下ろし方ひとつを批判しても仕方がないのかもしれない。

 横たわった洲鳥さんを見ると、顔は腫れており、口からは血が出ていて、歯も何本か抜けてしまったようだった。

「何故ここに来たのですか?」俺はせめて少しでも姉の思いに応えるため、そう訊いた。とても怖かった。相手は人を殴り殺した男である。洲鳥をすでに殴ったのなら、ここに来る必要はない。俺は事情を聞こうとした。

 彼は少し目を見開き、そうか、と言った。そしてこう続けた。

「君には色々と説明する必要があるだろう。少し長い話になるかもしれないが、まあ、聞いてくれないか」

 彼は少し沈黙し、こう言った。

「君は何点か誤解している点があると思う。ー俺にはそれを訂正する義務がある」

 

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