第13話

 その後3人で学食へ昼飯を食べに行った。その間、全く身にならない、くだらない話をし続けた。今思い返しても意味のない会話だったが、面白かったし、楽しかった。友達はいいものだな、と改めて思った。

 3限の講義があるので、昼飯を食べ終わると、俺は2人と別れた。彼らはまだ話をするらしい。どちらも物語が好きらしいし、話が弾むのだろう。面白い奴らだ、と思った。何故か泣きそうになった。


 3限の講義を終えると、俺はバイトに向かった。ふと携帯を見ると、牛山が今週の土曜に飲みに行こうと言っていた。俺は行こうと思った。

 バイトを終え、家路に着くと、洲鳥さんからメールが来ていた。今週土曜に会えないかということだった。少し迷ったが、先に連絡が来ていた牛山の方を優先することにした。洲鳥さんには日曜はどうですかと、返信した。

 その後彼女からも連絡が来た。どうしたんだ。急に人気が出たのか、俺。彼女の方は今週の日曜に会えないかという連絡だった。日曜。流石に彼女の方を優先すべきか。了解と返事を送った。洲鳥さんには急用ができて今週の土日は無理そうだとメールを送った。

 洲鳥さんから返信が来て、できれば今週会っておきたいということだった。明日はバイトがあるし、金曜なら時間を取れるか。明後日はどうでしょうと返信した。それでいいということだった。金曜の夜に会うことになった。

 忙しい一週間だ。これほどまでに忙しい一週間は今までにあったろうか。心が掻き乱せされ、とにかく右往左往していた気がする。激動だ。側から見ればそこまで忙しくは見えないのだろうが、心の中では激流に飲まれているような感覚だった。そしてそれはまだ続いている。

 今日もラジオを聴きながら寝た。今日は知っている音楽が流れていた。オアシスの『スタンドバイミー』。昨日や一昨日よりは上手く眠りにつくことができた。


 ビルから落ちる夢で起きた。朝は驚きから始まった。気持ちよく迎えたかったのに。明日からはまた姉の問題に向き合わなければならない。姉のことだから無事だと思うが、一応念のため、洲鳥さんともう一度話し合う必要があるだろう。もっとも、俺は姉の失踪の原因は洲鳥さんにあると思っているのだが。

 スクランブルエッグとハムとパンを朝食に食べながら、彼女のことを考えた。彼女は今どんな気持ちなのだろう。俺にどうして欲しいのだろう。事情を詳しく知らないため、俺は想像することもできなかった。

 朝食を済ませると、出かける支度をした。


 学食のいつもの窓際のカウンター席に座り、サバの味噌煮定食を食べていると、隣に誰かが座った。嵐山か牛丸だろうと思い、ちらと横を見ると、昨日牛丸が呼んでいると俺に言ってきた女だった。

「ねえ、ケンゴには会えた?」

 1人で黙々と飯を食いたい気分だったのだが、まあ、いいか。

「君は牛丸と知り合いなの?」

「その前に会えたかどうか答えてよ」

「そうだね・・・会えたよ」

 彼女は金髪で、童顔なため、どこかちぐはぐな印象を受けた。ふとした瞬間に幼いという感じがした。

「私は柊サクラ。牛丸とは幼馴染なの。まあ、腐れ縁というやつね。私とあなたが同じ学部だから知り合いだろうと思って、私に呼んでこいと頼んできたのよ」

「成る程」

「私は一応あなたのことを知ってたけど、私のこと知ってた?」

「ごめん。知らなかった」

 彼女はため息をつき、とても悲しそうな顔をした。俺は悪いことをしてしまったと、居た堪れない気持ちになった。

「同じ講義取ってたこともあったのよ」

 彼女は泣き出しそうな雰囲気さえあった。そこまでショックだったのだろうか。いや、やはり人から覚えられていないというのは悲しいものか。俺はどうやって償おうかと思ったが、何にも思いつかなかった。俺からプレゼントを貰っても嬉しいかどうか分からないし。

「まあ、いいわ。あなたがそういう人だということは知っていたから」

「何故?」

「ケンゴから聞いていたから」

 そうか。牛丸経由で彼女は俺のことを知っていたんだな。そうだとしたら覚えられてないのは確かにより悲しいことかもしれない。

「映画研究部に入るんでしょう?」

「らしいね」

「映画は好き?」

「時々観るくらいかな」

「どんなの観てるの?」

「最近はあまり観てないな。色々と忙しくて。テレビも壊れてるし」

「そう」

 沈黙が流れた。俺は主体的に会話を進めることが苦手なタイプなので、頭の中で必死に話題を探したが、あまり良い話題は見つからなかった。牛丸のことを聞くことにした。

「牛丸とはよく遊んでいるの?」

「もう1人金木トモカって幼馴染がいて、昔は3人でよく遊んでいたわ。でもトモカが県外の大学に進学して、最近はトモカと月一回飲みに行く程度。その時にケンゴもついて来る感じね」

「そうか」

 しまった。もう話題がない。黙々とご飯を食べていると彼女の方から話してくれた。

「今週末飲みに行かない?」

 俺にとって人とどこかへ行くということはそれなりのハードルがある。彼女は他人との距離を容易に詰められるタイプなのかもしれない。素直に羨ましいと思った。俺はそうではない。人見知りだ。だから牛山と3人で飲んでも良かったが、牛山には色々と相談もしたいし、牛山とは2人で飲みたいと思った。

「ごめん、今週は予定が入ってるんだ」

「そっか。分かった」

 彼女は席を立った。よく見ると、トレイを持っていなかった。ご飯を食べるためにここへ来たのではないのだろうか。あるいは今から食べるのか。どちらにせよ俺には関係ないことではあるが、少し気にかかった。

 彼女は少し振り向き、俺に手を振ると、そそくさと出て行ってしまった。俺は冷えたご飯を口に運んだ。何故かひどく冷たかった。俺は窓の外を見た。曇り空だった。突然、彼女を追いかけようと思った。何故かは分からない。ただ、そうすべきだと思った。定食の残りを勢いよく平げ、トレイを返した。

 学食を出て、辺りを見回した。でも彼女はいなかった。

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