第12話

 牛丸は旧来の男らしさを体現したような男だ。髭をはじめ体毛が濃く、体格もがっしりとしていて、がははと快活に笑う。気持ちの良い性格で、酒を飲むとすぐに人に奢る癖がある。映画も派手なものを好むようだ。しかし繊細な一面もあるようで、人とはきっちりと一線を引くし、気遣いもできる男だ。人からも好かれやすいが、1人で何かすることも好きらしいし、飲み会も少人数でやることを好んだ。俺はこの男と二度飲みに行ったが、どちらも2人きりで行った。その後同じ講義を受けることが無くなり、何となく疎遠になっていたのだ。

 その牛丸が、文学部の彼ー嵐山ーと一緒にいる。どういうことだ。知り合いだったのか。

「桜庭、久しぶりだな」

 よく通る低音の大きな声で牛山はそう言った。

「我が映画研究部にようこそ、と言いたいところだが、実は今危機でな」

「危機?」

「存続が危ういのだ。大学4年もいよいよ卒論が大詰めで、というかもう今年で辞めるし、2年も2人いたのだが、軟式テニスサークルとやらに取られたのだ」

「成る程」

「その口癖が聞けて俺は嬉しいぞ、桜庭」

 俺はそんなに成る程と言っていただろうか。自覚していなかった。

「で、俺にどうしろと?」

「映画研究部に入れ」

 話の流れから大方予想はついていたが、ここまで正面切って言われると、何だかむず痒い感じがする。俺だったらもう少し婉曲に言いそうなところを、この男は堂々と告げられるのだ。清々しい。面白い男だなと思った。

「その前に何故嵐山がここにいるのかを教えてくれ」

「シュウジ、説明してやれ」

「いやあ、実は牛丸くんとは中学の同級生でねえ。当時はそこまで仲良くはなかったのだけど、まあ、知り合いくらいの関係性だね。たまに話すくらいの関係性さ。1週間前、大学の図書館でばったり会って、久しぶりだなあ、なんて言いながら世間話をしていると、何と桜庭くん、君の名前が牛丸くんの話に出てきたんだよ。僕は驚いてねえ、その桜庭くんというのはあの桜庭くんかい、と言うと全くその通りじゃないか。僕は奇縁を感じたよ。そうして僕らは意気投合して、このサークルの事情を聞き、サークルに入ることに決めたんだ」

「昨日は何も言ってくれなかったじゃないか」

「それは、まあ、言い出しづらかったんだよ」

 確かにそうだな。そんな雰囲気でもなかった。しかし今日もこうして呼び出すのはどうなんだろう。俺はそんな気分ではないような気がするのだが。

「昨日の夜色々と考えて、今日呼び出そうかと牛丸とメールでやりとりしたんだよ。気分転換になるかなあ、と思って。迷惑だったら謝るよ」

「いや、別に迷惑じゃない。ありがたいよ」

「無理しないで迷惑なら迷惑と言ってくれても構わないよ」

「大丈夫。無理してない」

 気分転換、か。確かに気分が沈み過ぎていたかもしれない。これが彼なりの優しさなのだろう。

「桜庭、どうだ。入ってくれるか。入ってくれたら嬉しいがな。なんせこのサークル、人気がない」

 牛丸はがははと笑いながらそう言った。彼の笑い方には思わずつられてしまう。俺も気づけば笑っていた。久しぶりに笑った気がした。

「桜庭、沈んでちゃあいかんぞ。笑え笑え。人生どうにかなるものさ」

 おそらく牛山の人生観を示した言葉だろう。俺はこの楽観的な性格に憧れている部分がある。俺は悲観的になりすぎる傾向がある。

「分かったよ。入るよ」

「おお。それでこそ桜庭だ」

 牛山はこれでもかというくらいに喜んだ。ただでさえ大きい笑い声がもっと大きくなった。これだけ人に喜んでもらえると、俺も嬉しくなった。何だか暖かい気持ちになった。

「入るのは良いけど、どういう活動をするの?」

 俺は当然の疑問を口にした。

「ま、映画を観たり、漫画を読んだりして感想を言い合う、とかだな」

 特に活動らしい活動はしてないみたいだな。何となく予想はしていたが。

「映画撮ったりはしないのか?」

「前はしてたんだが、ひどい映画が一本撮れただけだった。映像もひどい、役者もひどい。がはは。撮った俺らでさえ最後まで観られなかった。あれは本当にひどい」

 何回ひどいを言うんだ。そこまでひどい映画なら逆に観てみたいような気もする。

「僕も観たけれど、あれは本当にひどかったよ。観ない方が人生にとっては得だろうと思うよ。ひどい上に、胸くそ悪くなる内容だし」

 ここまで酷評される映画が今まであったか?というくらいに酷評されていた。どういう内容の映画なんだ。好奇心がそそられてきた。

「そうだな。そろそろもう一本撮っても良いかもな。しかし予算が下りるかどうか。ま、どうにかなるか」

 楽観的過ぎやしないか。そんなひどい映画を撮ったサークルに予算は二度と下りないと思うが。

「僕が脚本を担当すればある程度のクオリティは保持できると思うけれどね。映画はあまり観ないけど、小説はよく読んでるから、ストーリーは書けると思うし」

 嵐山らしくない自信のありようだな。流石に文学部なだけあるということか。それを聞いて牛山が口を開いた。

「なら俺は監督ということか。良いなあ。前は助監督だったから、特にすることなくてなあ」

「おいおい。俺は映画に詳しくないし、脚本も書けないぞ。演技もできないし。何をすれば良いんだ」

 2人は急に黙り込んだ。ようやく牛山がこう言った。

「観客?」

 それは映画研究部に入らずともなれるだろう。

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