第11話

 あれから2人で色々と話し合ったが(ほとんどが俺の愚痴だった)、結論らしい結論は出なかった。結局、なるようにしかならないということか。

 俺は考えた。しかし、何度考えても現実から目を背ける空想しか頭には浮かんでこなかった。俺はユーモアで誤魔化そうとした。自分自身をも騙そうとした。文学部の彼と話しているときでも気丈に振る舞った。でもそれは欺瞞だった。自分自身も騙す劇薬だ。笑いは全てを誤魔化してくれるようだった。特に何も解決していなくとも、笑っていられれば良いような気がした。

 現実。現実とは一体なんだろう。どこからどこまでが現実なのだ?俺は今どこにいる?何もかもが分からなくなってきた。

 

 アパートに戻り、新聞を読んだ。俺のことは載っているか?あるいは姉や彼女のことは?勿論そんなことはなかった。個人の極めて個人的な事情に紙面を割けるほど、世の中は事件がない訳ではない。世界から見れば些細な出来事だ。取るに足らない出来事だ。歴史的にも全く価値がない。俺はちっぽけだ。そう実感するだけだった。

 とりあえず落ち着こうと、ポットで湯を沸かした。紅茶でも飲もう。


 いつの間にか冷えていた体を紅茶が温めた。

 秋になったのだ。少しずつ気温は低下し、やがて季節は冬になる。冬。何故かいつも切ない気持ちになる。何もかもが終わってしまいそうで。俺は冬がどうしても苦手だった。

 紅茶を飲みながら、これからのことを考えた。姉の件にしろ彼女の件にしろ、俺からできることはあまりなさそうだと思った。姉や彼女から何か行動があるだろう。今はそれを待つしかない。

 そろそろ夜になる。また眠らなければならない。俺の意思に関係なく陽は登る。それは希望のようでもあり、絶望でもあるように俺には感じられた。白紙と夕暮れ。ー今ならば厭世的な解釈も可能だろう。


 ラジオを聴きながら、不意にやってくる何もかも壊したくなるような衝動を抑えつつ、何とか眠ろうとした。でも上手く眠りにつくことができなかった。今まで俺はどうやって眠っていたのだろう?そんなことを考え、不安が頭を駆け回り、何かをひどく傷つけたくなった。

 俺は本棚から図鑑を取った。恐竜の図鑑だ。恐竜。いっそ恐竜にでもなれたらと思う。恐竜になって、街を壊して回るのだ。何もかも壊して突き進む1匹の恐竜。空想の世界はいつも楽しく、俺の怒りを少しだけ和らげる。

 その夜は2時間だけ眠った。馬鹿だな、と自分でも思う。人生は全体で見れば喜劇だ。でもその時々には悲劇としか捉えられない。振り返って笑い話にすることはできるが、それは結果論だ。今生きている俺は苦しみ、迷って、悩んでいる。馬鹿らしい。でも仕方がないだろう。

 いつに間にか眠っていた。その夜、夢は見なかった。


 朝。ひどく疲れていたが、何とか起き上がり、顔を洗い、目をこすりながら朝食を作り、食べた。全てが嘘のように感じられた。何もかもが俺の空想で、現実に起こったことはもっと簡単で、もっと俺の思い通りになるはずだという気がした。そんなはずはないのに。きっと疲れ過ぎているのだろう。 

 大学に行く準備が終わり、何時か確認しようと携帯を開くと、メールが来ていた。牛丸という男からだ。こいつとは大学1年の頃に知り合った。酒と映画が好きな男で、延々と酒と映画の話を講義に俺にしていた。何度も映画研究会というサークルに入れと勧誘してきたので、一応籍だけは置いといてやると言って、結局入会せず、そのままにしておいたのだ。彼とは半年ほど会っていない。連絡先は交換していたのだが、メールのやり取りなんかはあまりしていなかった。それにしても何故今になって俺に連絡をしてきたのだろうか。また勧誘かな。


 大学に行くと、牛丸の知り合いが俺を発見し、牛丸が呼んでいると言った。俺は講義の後で会いに行くとメールしたはずだと言い、その女を追い払った。

 1限の講義が終わると、牛丸に会うためにサークル棟へと向かった。サークル棟は古い建物で、外見も灰色一色の何とも殺風景な施設だ。そこだけ時代に取り残されてしまっているような感覚を覚える。

 サークル棟のドアを開けると一直線の廊下が伸びていた。実は中に入るのは初めてだ。何故か各部屋のドアが緑色なのが気になった。ドアには紙やホワイトボードでライトノベル研究会とか、オカルト研究部とか、各サークルの名前が示されていた。ここは文化系のサークル棟らしい。体育会系のサークル棟もあるということか。

 廊下の奥の方に映画研究部はあった。この事実だけで映画研究部が大学側からあまり期待されていないということが、分かるような気がした。

 まずノックをした。すると中からどうぞ、という声が聞こえたので、ぎい、と音を立てながら建て付けの悪いドアを開けると、そこには牛丸と文学部の彼がいた。

 どういうことだ。

「やあやあ奇遇だねえ」

 彼はいつもの口調でそう言った。


 

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