第8話

手紙は季節の挨拶などなしに始まっていた。


 僕は桜庭さんの彼氏の洲鳥と言います。今日、このアパートにきたんだけど、いないようなので、こうして手紙を書き、封をし、ポストに入れました。このアパートを訪れた理由は、君の姉さんに戻って来てほしいと思ったからです。もしかしたら、君のところに行ってるんじゃないかと思って、訪れたんだけど、どうでしょう。来ていますか。時間がある時でいいので、僕の携帯に連絡ください。

 

 手紙の最後には彼の携帯電話の番号が書かれていた。

 成る程。姉は彼に振られたのではなく振ったのか。勘違いをしていた。そしてどうやら姉の心配をしていたのは地球上に2人はいたようだ。

 連絡するべきかどうか。一応姉に確認を取りたいところだが肝心の姉がいない。しばらく考え、やはり連絡すべきだろうと思い、彼に電話をかけた。

 夕方にアパートの近くの喫茶店で会うことになった。俺は少しだけ眠りについた。


 喫茶店は空いていて、落ち着いて話ができそうだった。アパートから歩いて5分くらいの場所にその喫茶店はあったが、俺は来たことがなかった。待ち合わせの10分前に行くと、もう既に彼は来ていて、俺を見かけると、やあ、と声をかけてきた。

「君の顔はミサトに写真を見せてもらってたから知ってたんだ」

「そうなんですか」

 窓際のターブル席に腰掛け、俺はカフェラテを頼んだ。ちなみにブラックは飲めない。洲鳥さんはアイスのブラックコーヒーを頼んでいて、既に半分近く減っていた。

「さて・・・どこから話そうか。まず、初めまして、だね。洲鳥と言います。職業は、まあ、フリーターだね。今は色んな仕事をしてるって感じだ。たまに翻訳の仕事もしている。翻訳家と名乗れるほど大した仕事ではないがね。歳は26。大学は中退している。まあ、自己紹介としてはそんなところかな」

「僕のことは姉から聞いていますか?」

「よく話してくれたよ。手のかかる弟だって」

 どっちがだ。

「そうですか。では自己紹介は省略してもいいですか?」

「君は自己紹介が苦手なの?」

「すみません。正直あまり得意ではないです。気分を害してしまったのなら謝ります」

「いやいや。大丈夫だよ。誰にでも不得意なもはある。僕や君の姉さんなんかはずっと同じところにいるとか、同じ仕事をするとか、そういった誰もが普通にできることができないんだ。それに比べれば君のはそこまで気にすることじゃないと思うよ」

「そう言っていただけると助かります」

「やけにかしこまるねえ。君は人が苦手なんだろうな。社会で苦労するよ、きっと。僕らとは違う意味で」

「そうですよね」

「うん。僕は思うんだ。人はもっと自由でいいのに、って。皆が皆なぜ型に嵌ろうとするのか、僕には全く理解できない。誰もがしたいことをして、それで幸せってことでいいじゃないか。きっとこの国は僕が総理大臣になった方がいいんだろうなと思うよ。でも僕は職が続かない。これはこの国の大きな損失だろうねえ」

「な、成る程」

 なかなか癖のある人だな。姉からもっとこの人のことを聞いておけばよかった。自己主張が強いというか、自己を肯定する力が強いのだろうか。自分に自信があるのだろう。そういった意味では文学部の彼とは真逆の饒舌家だ。

「ああ、やはりこの国は窮屈だ。僕には狭すぎる。君、こんなところに住んでいたら魂が腐ってしまうよ。もっと広い視点で物事を見れるようにしておいた方がいい。知ってるかい?世界って広いんだ。君の想像している以上にね。色んな人がいて、色んなことをしている。それを言葉の上で知っているのと、体験して知っているのとでは全然違う。部屋にこもってないでもっと外の世界を見るべきだ。君は可能性がある。しかし今、その可能性とそこに秘められた才能は死のうとしている。これは大きな損失だよ」

「僕には自分に才能があるとは、思えないのですが」

「そんなことはないさ。誰しも才能はある。僕にも君にも当然ある。素晴らしい、とっておきの才能がね。僕は自分の可能性を信じている。僕はきっとビックな男になるよ。これは運命であり、宿命だ。僕は天才なんだ」

 この人といると頭がおかしくなりそうだと思った。姉も流石にこの調子で喋られては参るだろうなあ。

「あの、そろそろ、本題に入っても・・・」

「そうだね。すまない。僕は時に喋りすぎる」

 ・・・これは長くなりそうだな。

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