第7話
姉がいなくなること自体は珍しいことではない。いつふらふらと何処かへ行ってしまう人だし、彼女も多少秘密主義的なところがあるから。
でも、今回の失踪は何故かとても不思議な感じがした。不思議、いや、違う、何だろう、とにかく胸騒ぎがした。
月曜なので大学に行かなければならない。けれど俺は踏ん切りがつかなかった。姉を探しに行くべきか?いや、今回もいつもの失踪だろう。いや・・・
ぐるぐると思考は同じ所にとどまり、尻尾を追いかける犬のような状態だった。結論は出ず、時間だけが流れた。杞憂だという自分がいて、万が一があるだろうという自分がいた。不安と心配が全身を駆け巡っているような感覚があった。
彼女のことも心配だった。朝にもう一度連絡したが、繋がらなかった。一体どういうことだ?俺だけ世界に取り残されてしまったのか?そんなわけはないと思いながら、無意味な空想だけが頭に浮かんだ。
心配が募り、時間が過ぎた。今から家を出ても講義開始には間に合わない。遅刻して講義を受けるより、姉や彼女の安否を確認した方が良いか?どうせ前回のテストがダメだったから、「優」は貰えないだろうし。
一通り逡巡し、とにかく家を出て街に出ようと思った。ドアを開け、駆け足で廊下を渡り、階段を降りた。街はいつもの顔で活動を続けていた。
住宅街を抜け、商店街に向かった。古くからある商店街らしく、どの店も建物が古い。店主もお年寄りが多く、人気はあまりないが、不思議と暗い雰囲気はなかった。彼らの人柄が明るいからかもしれない。
俺は商店街の人に姉を見なかったか尋ねた。2、3人に尋ねたが、皆首を横に振った。ここには来てないということか。やはり杞憂だという思いが脳裏をよぎったが、もう大学に行っても仕方がないので(午後の講義には間に合いけれど)、もう少し捜索を続けることにした。
バスに乗り、都心へと向かうことにした。姉は人混みが好きで、賑やかな場所を好む。ここら辺で賑やかで姉が好みそうな場所と言えばあそこだ。ライブハウスが多くある場所、俺の寄り付くことのない場所。
バスを降り、その場所へ向かうと、馴染みのない空気が漂っていた。昼でさえ異質な印象を受けるのだから、夜はもっとだろう。昼に来て良かったと思うと同時に、昼に店は営業しているのか?営業していたとして姉は昼にその店々に行くか?という疑問が生まれた。徒労だと思った。もう今から大学に行こうかと思った。杞憂だったに違いない。
とりあえず昼飯を食べようと辺りを見回すと、ラーメン屋を見つけた。まだ昼前で行列はなく、店内を少し覗いてみると混んでいない様子だった。入ることにした。
中に入ると、少し薄暗い店だなという印象を受けた。照明が少し弱いのだろう。でも憂鬱そうな雰囲気というよりは落ち着いた雰囲気だという気がした。古くもなく新しくもない建物で、この店もそこまで古くからある店ではないのだろう。おそらく個人経営の店で、店員も厨房に2人、ホールに1人だった。客はすでに3組来ていて、俺を含め客は6人いた。6人いるとちょっと手狭に感じるほどの広さの店だった。
俺はラーメン屋にあまり立ち寄らない。濃い味が苦手だということもあるし、ラーメン屋は騒がしいイメージがあったからだ。でも今日はせっかくここまで来たのだし、新しい世界に踏み込んでみるのも悪くないだろうと思った。
塩ラーメンを頼み、来るのを待つ間、設置されているテレビを見ていた。ニュースをやっていた。日々新たな情報が入り、そして発信されている。人々は何かを受け取り、何かを見逃し、時に考え、時にどうでもいいことだと流す。人間とは実に身勝手な生き物だなと思いつつ、俺もその一員なのだと再認識する。
ニュースに姉が映っていればいいのになあ、などと思うが、当然そんなことはなかった。おそらく姉を心配しているのは地球で俺1人だろう。そんな俺も杞憂かもしれないと思い始めている。杞憂であってほしいな。
ラーメンが来た。良い匂いがする。人間の食欲にダイレクトに訴えかけてくるような匂いだ。空腹は最大のスパイスだと言う。今日、本当にその通りだと改めて思った。
ラーメン屋を出る頃には店内は人でごった返し、外には行列ができていた。多分行列ができていたら俺はこの店に入らなかったろう。偶然は偶然でしかないが、大袈裟に捉えれば奇跡だ。何事も大袈裟に捉えすぎるのが人間らしさと言えるかもしれない。そうだとすれば、姉の捜索でここまでしている俺は、側から見れば人間らしいのかもしれない。人間らしさ。人間らしさって一体何だろうな。分からない。分かるわけがなかった。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、ほとんど手がかりもなしに歩いても意味はないなと思い、もう家に帰ろうと思った。何のためにここまで来たんだろうな。段々馬鹿らしくなってきた。
バス停で4分ほど待っているとバスが来た。乗り込む。大学は休むことにした。
バスに揺られ、うつらうつらしていると、俺の降りるバス停に着いたので、降りた。眠気が凄い。帰って眠ろうかと思った。
アパートに着くと何だか久しぶりに帰って来たなあという感じがあった。不思議だ。そんなに長い時間家をあけていたわけでもないのに。
家のポストを見ると何か入っていた。手に取るとそれは封筒だった。姉からかもしれないと思ったが、違った。封筒には名前が書かれていたが、知らない名前だった。部屋に入り、早速封を切ると、手紙が入っていた。
それは姉の彼氏からの手紙だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます