だしてない、ほん

サカモト

だしてない、ほん

 足繁く通う家の最寄りの本屋に行ったら、わたしの書いた本が売られていた。

 わたしは本など書いたことがない。

 小説コーナーの今週の新刊棚に、平積みされていた。在庫は一冊だけある。

 同姓同名の著者か。一目見ての第一分析は、それだった。わたしのフルネームは、この世界で、唯一無二の組み合わせでもないはずだ、ありきたりである。

 だから、そうだろう。そうにちがいない。思い、本を手にとる。立派なハードカバーだった。帯はない。タイトルはかなり崩した英字で印刷されており、わたしのもてる英語能力では、読み取ることが不可能だった。裏返すと、バーコードが二列ある。カバーをめくると、著者の白黒バストアップ写真が掲載されていた。

 そして、わたしである。わたしの顔写真が載っている。

 とっさに本を裏返し、カバーの裏書きを見た。有名な出版社だった。わたしもよく本を買う出版社だった。くるりと、まわして表紙を見直す。わたしのフルネームと一致している。

 ストーリーは如何にか。混乱が判断を飛躍させる。ストーリーなど、まずどうでもいいだろうに、ストーリーを気にして、ふたたび本をくるりとひっくり返す。あらすじも、よく見ると英語だった。

 英語圏からの刺客か。混乱で、あたまのなかで、そんなことを考え出す。

 買ってみよう。買ってから考えよう。

 レジへ持ってゆく。店員さんがバーコードを通すと、液晶モニターに、二万七千円と表示された。

「二万七千円になります」

「キャンセルでお願いします」

 わたしは本をもとの場所へ戻しにゆく。

 二千七百円だと思っていた。よくみると、たしかにゼロがひとつ多い。

 もはや、いまここで英語の文面を解読するしかない。

 いやまて、そもそも本の中身は母国語だろうか。いまさらページをめくる。わかる、読める、母国語だった。

 いったい、どんな内容か。しかし、時間をかけての立ち読みは困難だった。ここは新刊コーナーだし、一度、レジまで行っておきながら購入を断念した経緯もある、店員さんの眼差しは、やさしいものではあるが、それがまた心苦しさを促進させる。

 買うしかない。現金の持ち合わせはないが、口座引き落としの電子マネー決済ならできる。

 意を決して、わたしは決勝戦に挑む気持ちで、わたしが書いてない、わたしの書いた本をレジへ持っていった。



「むははは、ほれ見ろ、また一冊売れたわい」

 男は部屋のモニターを見て高らかに笑う。

「すごい。けっこう買うんですね」

 男の部下が言った。

「ああ買うさ、買うのさ、買ってしまうのさ。そいつがいつも同じ本屋で小説の新刊を電子マネー決済で買ってるのはわかっているからな、ふははは、こっちが事前にそいつの名前入り小説を用意し、定期的に立ち寄るそ本屋に置くことも容易い。さらに電子決済だ、個人を特定し、SNSからそいつの写真を手に入れるのもまた容易いのさ」

「でも、もしも写真が手に入らない場合は。ターゲットがSNSをやってなかったら」

「そのときは、ターゲットにしないだけの話だ。しかし、ターゲットになる奴はいくらでもいる。個人情報がデータ化され、野に放たれてる時代だ、材料を仕入れる畑は潤沢だ」

「でも、もしそいつが本買わなかったら」

「いいか、あの本の原価は安い。そして、一冊の定価がきわめて高い。しかし、自分が出した覚えのない本が本屋にあれば買ってしまう人間はいる必ず何人かはいる。むはは、十五冊つくって、一冊売れればこちらの勝ちさ。おっと、まてまて、また、一冊売れたぞ」

 男は高まった様子で、モニターを指さした。



 帰って本を読むと、そんな内容の小説であり、すぐに古本屋へ持ち込んだ。

 買い取り価格は二十円だった。

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