第29話 凶風 ②

 クズリン達3人の魔物は全身の震えを止められずにいた。

 今すぐここから逃げ出したいのだが、身体が言う事を聞かなかった。

 

 白虎びゃっこは、殺気も怒気も放っているわけではなかった。

 ただ、そこに座っているだけである。

 それなのに、クズリン達の身体が細胞レベルで震えて硬直し、全く動く事が出来なかった。

 

 「てめぇら、この狼たちの知り合いか?」

 

 耳の辺りをぽりぽりとかきながら、白虎が聞いた。

 

 「は……はい」

 

 クズリンが震える声で応えた。

 

 「あー。そいつぁワリィ事をしたな」

 

 白虎は、目の前に転がるロウの死体を見ながら言った。

 

 「こ、これは……あなたが……?」

 

 クズリンは引きつった声で恐る恐る聞いた。

 ごくりと、息を飲んだ。

 

 「おう」

 

 平然と白虎が答えた。

 

 「な……なぜ……?」

 

 「いや、わざとじゃねぇんだ。わしとした事が、加減を間違えちまった」

 

 「……?」

 

 「わしゃあ、この道を真っ直ぐ通ろうとしただけなんだよ。そこをさ、この狼が、ここは通らんでくれ、迂回してくれってうるせぇもんでよ、ちょっと風魔法でも見せてビビらせてやろうと思ったんだよ。そしたら、加減を間違えた」

  

 「……」

 

 「魔法使うの、久しぶりだったもんでよ。えれぇ抑えたつもりだったんだが。みんな死んじまった」

 

 「……」

 

 「子供もいたよな。殺すつもりは無かったんだ、本当によ。気の毒だが、まぁ、やっちまったもんは仕方ねぇ。ちょうど、なんだか知らねぇが酒も用意されていたし、小腹も空いてたもんでよ。狼の臓物をつまみにして一杯やってたら、寝ちまったみてぇだ」

 

 「……な」

 

 身体がぶるぶると激しく震えた。

 クズリンの眼に、涙が浮き出て来た。

 悲しいやら怒りやら呆れやら、自分が今どんな感情なのか分からなかった。

 分からないが、涙が溢れて止まらない。

 狼の魔物達が、あまりにも不憫で可哀想だった。

 何なのだ。

 何なのだその理由はいったい。

 そんな。

 そんな理由で。

 そんな、加減をうっかり間違えた、ただそれだけの事で。

 この狼の魔物達は、死んだというのか。

 あんなに、小さな子供も。

 挙げ句の果てに。

 酒が用意されていたから、それを飲んだ、だと。

 ロウさんの内臓をつまみにして……。

 おい。

 おい。

 てめえ。

 ふざけんな。

 ふざけんなよ。

 そんな理不尽な事があってたまるか。

 その酒は。

 その酒はな、今日、ここで祭りをするから用意されていたんだよ。

 ロウさんの息子の、祝いの酒なんだよ。

 それを。

 それを。

 てめえ。

 

 「な……お……て……て……め」

  

 クズリンは、泣いていた。

 言葉にならない声しか出なかった。

 悔しくて堪らなかった。

 今すぐに、目の前にいるこのクソジジイに殴りかかりたかった。

 全ての力を込めて、思いっきり殴りたかった。

 それが、出来なかった。

 どうしても、身体が動かなかった。

 怒鳴り声を上げる事も出来なかった。

 

 ヒグマオとユキも、同様だった。

 2人とも、涙が頬を伝っていた。

 何という理不尽な暴力なのかと思った。

 今、目の前にいるこの年老いた魔物は、まさに災害そのものだと思った。

 嵐や地震のように、もたらされる被害には目を瞑るしか無い、災厄。


 「……」


 泣いている3人の若者を、白虎は無言でじっと見つめた。

 この若者達の表情から、何とも言えぬ哀愁が漂って来た。

 白虎は悩んだ。

 なんだこいつら。

 なんで泣いてんだ?

 何だか知らねぇが凄まじく悲しんでいるようだ。

 この狼たちとそんなに深い関係だったのか?

 なら、同じ所に行かせてやった方がいいか。

 一瞬で首を跳ねて、楽にしてやるか。

 

 「悪かったな。詫びとして、全く苦痛を感じさせずに逝かせてやろうか」

 

 白虎なりの気遣いをしたつもりだった。

 その気遣いが、クズリンの中の何かを切った。

 ピアノ線のように張り詰めていた、細い何かを。

 

 「うあああああっ!」

 

 クズリンが吠えた。

 吠えると同時に、白虎に飛びかかっていた。

 

 「お?」

 

 白虎は楽しそうに微笑んだ。

 のそりと立ち上がりながら、言った。

 

 「良いな小僧。そうだ。そうなんだよな。命ってのはそうやって燃焼させなきゃならん」

 

 一瞬。

 クズリンと白虎の身体が、交錯した。

 その瞬間僅かに、白虎の左手が霞んだ。

 超高速で左手が動いたらしい。

 直後。

 ずがん、という音が鳴った。

 クズリンが、顔から後ろの壁に激突する音だった。

 身体が、床にずるりと落ちた。

 完全に気を失っていた。

 

 2人が交錯した瞬間、白虎は左の手刀でクズリンの側頭部を叩いたのである。

 白虎にとっては、極限まで手加減した手刀だった。

 この自分に飛びかかって来る小僧の気概に、白虎は好感を覚えたのだった。

 だから、殺さないように手加減をした。

 

 白虎が、ヒグマオとユキを見た。

 びくりと、2人は身体を震わせた。

 

 「てめぇらも来るか?」

 

 白虎の問いに、2人は、ほんの僅かに顔を横に振った。

 

 「そうかい」

 

 言うと、白虎は家の外に出た。

 震えているヒグマオとユキの間を、平然と歩いた。

 白虎の身長は、165センチほどである。

 ヒグマオとユキの方が身長が高い。

 それでも、白虎が横切った時、ヒグマオとユキは死を覚悟した。

 怖くて仕方なかった。

 

 震えている若者の横を通りながら、白虎は思った。

 自分も随分、丸くなったものだ。

 昔の自分なら、狼の魔物達に話しかけられたその瞬間に、殺すつもりで技を発動していただろう。

 しかし今日は本当に、殺すつもりは無かった。

 悪い事をした。

 そして、この若者達もだ。

 昔なら、自分が寝ている所に近付いた時点で、殺していたはずだ。

 でも今は、違う。

 無駄な殺生はしたくないと、本気で思っている。

 

 ふと、白虎はヒグマオとユキを振り返った。

 

 「ここで会ったのも何かの縁かよ。一応、言っておくか」

 

 「……!?」

 

 ヒグマオとユキは身体を震わせて身構えた。

 

 「どうやら勇者が復活したらしいぜ」

 

 「!……ゆ、勇者……ですか?」

 

 震える声で、ユキが言った。

 

 「おう。5日前に、黄龍の光が見えた。遥か南の方でな。嬢ちゃんも黄龍の光が見えたか?」

 

 「い、いえ……私は、なにも」

 

 「そうかい。まぁ、500年続いた魔物の世界の平和も終わりを告げたわけだ。人間達がまた攻めてくるかも知れんぞ。てめぇらも闘いを楽しめや」

 

 そう言って、白虎は背を向けて立ち去ろうとした。

 その時。

 ぴたりと、その動きが止まった。

 そして、背中の方を振り返った。

 

 白虎は、さっきまで自分が寝ていた家を見た。

 家の入り口に、失神していたはずのクズリンが立ち上がっていた。

 ヒグマオとユキは、ぎょっとした。

 クズリンが、牙を剥き出して、凄まじい怒りの形相で白虎を睨み付けていたのである。

 クズリンの全身の毛が逆立っていた。

 血の涙を流し、ゆらゆらと熱気を立ち昇らせている。

 一回失神した事によって、クズリンの中で、何かが吹っ切れたらしかった。

 ぞっとする程の殺気を全身から放っていた。

 

 「良いじゃねぇか小僧」

 

 白虎は、にぃ、と笑みを浮かべた。

 良いな。

 良いぞ小僧。

 てめぇみてぇな小僧は、好きだぜ。

 

 「やめろクズリン! 殺されるぞ!」

 

 ヒグマオが叫んでいた。

  

 友の叫びは、クズリンには届いていなかった。

 とにかく、この糞爺が許せなかった。

 このまま、のうのうと帰らせてたまるかと思った。

 自分の命と引き換えに。

 何か、傷を。

 なんでもいい。

 どこでもいい。

 とにかく傷を、白虎の身体に。

 刻み込んでやる。

 

 クズリンは、家の入り口の地面を思い切り蹴って凄まじい速度で白虎に突っ込んだ。

 その瞬間、白虎は笑っていた。

 小さな修羅が、自分に遠慮の無い殺意をぶつけて突っ込んで来る。

 それが、堪らなく嬉しくて楽しかった。

 こうやって自分に向かって来る奴が、可愛く思えて仕方なかった。

 ふと、いつぞやの日を思い出した。

 20年以上前か。

 あの恐竜の小僧。

 あいつも、可愛かった。

 いくら叩き潰してもしぶとく向かって来やがった。

 あいつは今、元気だろうか。

 何やら恐竜の国の王だかなんだかになっていて、地上最強の魔物とか言われているとかなんとか。

 大したもんだ。

 会ってみてぇな。

 今のあいつを見てみてぇ。

 だが。

 もし、会ってしまったら。

 

 瞬間。

 凄まじく凶暴で獰猛な笑みが、白虎の顔に浮いた。

 白虎は右の拳を握った。

 あの恐竜の事を考えていたら、思わず、力が必要以上に入った。

 びきりと、腕に血管が浮かんだ。

 こんなに力を込めたら、このクズリの小僧は死んでしまうかも知れないと思った。

 だが。

 頭に浮かんでいるのは、あの恐竜の小僧。

 力を抜く事が出来なかった。

 

 どぎゃっ!

 という音が、響き渡った。

 突っ込んで来たクズリンを、白虎が右の拳で迎え撃った音だった。

 弾丸のような勢いでクズリンの身体が森の中へ吹っ飛んで行き、激突した針葉樹が激しい音を立てて砕け折れた。

 しばらく雪の積もった地面を転がった後、クズリンの身体が止まった。

 うつ伏せの状態のまま、ぴくりとも動かなくなった。

 

  

 「クズリンっ!」

 

 ヒグマオが悲痛な叫びを上げた。

 叫びながら、全身の獣毛が一斉に逆立っていた。

 眼が赤く充血し、顔中に血管が浮かび上がっていた。

 牙を剥き出し、喉から唸り声が鳴っていた。

 普段の穏やかな表情からは想像出来ない怒りの形相へと変貌していた。

 自分の親友が致命的な危害を加えられた事によって、普段は精神の奥深くに眠っている残虐性が現れたのである。

 

 「ヒグマオ、落ち着いて!」

 

 ユキも叫んでいた。

 ヒグマオがこの表情をした時の凶悪なまでの強さは重々承知していたが、それでもこの老人には立ち向かっては行けないと本能が告げていた。

 

 「良い貌じゃねぇか」

 

 白虎は、堪らない笑みを浮かべていた。

 良いぞ。

 その貌は良いぞクマ公。

 遠慮なく来い。

 受け止めてやるぜ。

 

 「がぁぁっ!」

 

 ヒグマオは吠えると同時に、突進していた。

 間合いに入った瞬間、両手から凶悪な爪を剥き出し、そのまま白虎の身体を叩き潰すように振り下ろしていた。

 白虎は笑いながら、僅かに身体を横にずらした。

 白虎の身体の1ミリ先をヒグマオの爪が通過していき、両方の爪が地面を穿った。

 ヒグマオは四つん這いに近い姿勢になっている為、顔の位置が普段よりも下がっていた。

 その顔に、白虎の左脚が容赦なく襲い掛かった。

 左脚が下から天へ跳ね上がり、足の甲がヒグマオの下顎を打ち抜いていた。

 ばごっ!

 という音が鳴り、ヒグマオの顔が真上に跳ねた。

 下顎が砕け、口から数本の牙が舞い落ちた。

 ヒグマオはそのまま白眼を剥いて、地面に崩れ落ちた。

 それっきり、動かなくなった。

 

 「ワリィな、クマ公。ちょっと知り合いの恐竜を思い出していたらよ、つい力が入っちまった」


 言いながら、白虎は笑った。

 そして、思い出していた。

 ああ、そうだ。

 あの恐竜の小僧の顔を、何度も蹴ったっけな。

 もっと、力を込めて。

 あいつは本当にタフな野郎だった。

 普通なら一撃で骨が砕けるような蹴りも、あいつは耐えて反撃してきたな。

 どんなに打ちのめされても、血だらけの牙を剥き出して、視線で殺すかのように睨み付けて来やがった。

 あいつは、本当に良い奴だった。

 楽しかったな。

  

 「やべぇ……あいつを思い出していたらアガッて来ちまったぜ」

  

 獰猛な笑みを浮かべながら、白虎がくるりと顔を動かした。

 その視線の先に、ユキがいた。

 

 「ひっ」

 

 ユキの身体がびくりと跳ねた。

 未だかつて経験した事の無い圧倒的な恐怖感が、ユキの全身を包み込んでいた。

 身体が動かなかった。

 自分はこれから死ぬんだと直感した。

 

 「ワリィな、嬢ちゃん。おめぇの友達をわしがやっちまった。仇を取るかい」

 

 一歩、白虎が近付いた。

 ユキは動けなかった。

 ガチガチと歯が鳴っていた。

 全身の獣毛は恐怖に逆立ち、眼は丸く見開かれ、瞳が激しく揺れていた。

 その時。

 

 「ユキ、後ろに下がりな」

 

 真上から、声がした。

 自分が最も信頼する、暖かい声だった。

 その声が届くと同時に身体の硬直が解かれ、ユキは反射的に後方に向かって跳躍していた。

 直後、つい今までユキが立っていた場所に、痩身の影が軽やかに着地した。

 そして、その影がゆっくりと立ち上がった。

 身体は細身だが身長は180センチを超えており、人間の女性に似た体付きをしていた。

 全体的に肌が白く、尾と四肢には氷のような質感の水色の獣毛が生えていた。

 髪の毛も、瞳も水色であった。

 人間に近いが狼の要素もある整った顔を、真っ直ぐに白虎に向けていた。

 

 「リルファさん!」

 

 ユキが感嘆の声を上げた。

 

 「すぐにクズリンとヒグマオに治癒魔法を掛けてあげて」

 

 リルファは前方の白虎に視線を向けたまま、背後に佇むユキに指示した。

 ユキは返事をして、すぐに走り出した。

 白虎は、走るユキには目もくれなかった。

 獰猛な笑みを浮かべながら、目の前に現れた女を見つめていた。

 

 「ほう。魔氷狼フェンリルか」

 

 白虎が呟いた。

 

 「はい。リルファ=フェンリリィと申します」

 

 リルファは白虎の視線を真っ直ぐに受け止めながらはっきりと言った。


 「姉ちゃんもこの狼達の仲間かい」

 

 言いながら白虎はじろりとリルファの身体を見回した。

 そして、この痩身が纏う圧倒的な戦闘力を感じ取った。

 

 「仲間と言えますね。同じ山に住んでいますから」

 

 リルファは無表情で淡々と言った。

 

 「そうか。そりゃ仇を取らねぇとな」

 

 「ええ。彼等の無念を晴らしたい。ですが、相手が貴方となると無理です」

 

 「なぜだい」

 

 「私では貴方に勝つ事は出来ませんから」

 

 「分かんねぇだろうがよ。試してみようぜ」

 

 「嫌です。私はまだ死にたくありませんので」

 

 「けっ。思ってもねーこと言いやがって。わしとやり合っても死なねぇって貌してるぜ」

 

 言いながら、白虎は一歩足を進めた。

 全く同じタイミングで、リルファは一歩後ろに下がった。

 

 「見逃して頂けませんか」

 

 白虎の瞳を真っ直ぐに見据えながら、リルファが言った。

 

 「見逃すも何も、わしは別にてめぇらを狙っているわけじゃねぇぜ。あのクズリとクマ公が向かって来たから迎え撃ったまでよ」

 

 「それなら良かった。では、彼等を連れて私は消えます」

 

 そう言って、リルファが視線を移動させかけたその時。

 リルファはただならぬ気配を察知した。

 察知すると同時に、ほんの数ミリ顔を横に傾げていた。

 直後。

 しゅっ……!

 という風切り音が、リルファの頬の横を疾り抜けて行った。

 リルファの左頬に細い切り傷が出現し、その先端からほんの僅かに血が垂れた。

 

 「ほう。よく避けたな」


 白虎は嬉しそうに目を細めて、感嘆の声を出した。

 右の人差し指が、鉤状に曲がっていた。

 白虎はリルファが視線を移動させた瞬間、人差し指を曲げて小さな風魔法を発生させていたのである。

 規模は小さいが、もしもリルファが避けていなかったら首を切断されていたであろう斬れ味を誇る魔法だった。

 

 「逃がして頂けないのですか」

 

 冷たい瞳で真っ直ぐに白虎を見ながら、リルファは低く呟いた。

 

 「あのクズリとクマ公があんまり良い貌をするもんでよ、身体が火照って来ちまったんだ」

 

 ゆらりゆらりと、白虎の身体から熱気が立ち上り始めた。

 

 「ならば提案があります。ここから東に真っ直ぐ行くと大きな滝があるのですが、そこでひたすら身体を鍛えている変態がいます。しかもそいつは南の島出身のウミイグアナの男です。会いに行ってみては如何でしょうか」

 

 リルファは東の方角を指差した。

 

 「ほう。爬虫魔レプティがスタシアの滝に打たれているのか」

 

 白虎の瞳に、好奇心の光が宿った。

 

 「はい。身体とオーラからして相当の強者であると分かります」

 

 「ふむ」

 

 「彼はまだしばらく滞在すると言っていました」

 

 「姉ちゃんとそいつ、どっちが強いんだい?」

 

 「彼ですね」

 

 「ほう」

 

 白虎は真っ直ぐにリルファの顔を見つめた。

 その水色の瞳は、嘘は言っていなかった。

 どうやらそのウミイグアナの魔物は本当に強いらしい。

 

 「では、私達はこれで失礼させて頂きます」

 

 言いながらリルファは一歩下がった。

 

 「ふん。上手く逃げたな」

 

 「ええ。正直に申しまして貴方との遭遇は不運以外の何者でも無いですから。早々に逃げるが吉です」

 

 「けっ。酷ぇ言い様だぜ」

 

 「では」

 

 リルファがまた一歩下がろうとした。

 その時。

 

 「おい」

 

 「なにか」

 

 再び、2人の間の空気が僅かに張り詰めた。

 

 「その男の名は何という」

 

 「イグアニオ=ウミーグアノです。暴力的な体付きをしていますから、見れば直ぐに分かります」

 

 「そうか」

 

 「では、私達はこれで」

 

 そう言うと、リルファは視線を白虎に向けたままゆっくりと下がった。

 充分に距離を取ったところで、白虎を警戒しながらユキが立っている場所に向かった。

 ユキの足下に、クズリンとヒグマオが座り込んでいた。

 治癒魔法により致命的な危機は脱したらしいが、まだダメージが残っているらしく2人とも目が虚だった。

 心配そうな表情で、ユキはリルファを見つめた。

 

 「行こう、ユキ」

 

 リルファが声を掛けた瞬間、ユキは瞳に涙を浮かべて抱き着いた。

 リルファは優しく受け止めながら白虎を見やった。

 森の奥へと消えて行く、白虎の背中が見えた。

 

 「ふぅ。凶悪な嵐が去ったね」

 

 溜め息を吐くと同時に、ようやくリルファの身体から緊張が解けた。

 安堵の表情を浮かべたまま、リルファは懐から水晶を取り出した。

 

 「誰かと話すんですか?」

 

 その水晶を見ながら、ユキは不思議そうな表情をした。

 

 「うん。ちょっとね」

 

 リルファはその水晶を口元に持って行き、魔力を込めた。

 すると、その水晶が淡く光り出した。

 

 『はい』

 

 突然、その水晶から男の声が聞こえた。


 「リルファだけど」

 

 『ええ。どうしました?』

 

 「なんかさ、こっちで白虎が暴れ回ってんだけど」

 

 『白虎? 四天王のですか?』

 

 「うん」

 

 『それはそれは。やはり黄龍の気配に気付いていましたか』

 

 「は?」

 

 『南の島で黄龍が出現しましてね、それに伴って勇者の技を使える者が現れたのですよ。きっと白虎はそれで血が疼いて来たのでしょう』

 

 「……あんた今どこにいんの?」

 

 『ジュラシック大陸ですよ。雨降りなのでね、外に出て面白いものを見ているんです』

 

 「面白いもの?」

 

 『ええ。今ね、最強の恐竜軍団と八岐大蛇やまたのおろちが闘っているのですよ』

 

 「……なにそれ」

 

 『ホンニ3大妖魔の封印が解けたのです』

 

 「……まさか、あんたが封印解いたの?」

 

 『いえいえ、僕じゃないですよ。詳しい事は城で話します』

 

 「そう。んじゃ、明後日行くから。よろしく」

 

 『はい。お待ちしております。では』

 

 ふっ、と水晶から淡い光が消えた。

 リルファはふと視線を下げると、ユキが不安そうな表情で見つめていた。

 リルファは優しくユキを抱き寄せて、後頭部を撫でた。

 撫でながら、天を見上げた。

 灰色の雲が、空一面に広がっている。

 

 「……」

 

 今、水晶から聞こえた単語を心の中で反芻する。

 黄龍。

 勇者。

 ホンニ3大妖魔。

 そして、目の前に現れた四天王の白虎。

 

 「何かが起き始めているかも知れないね」

 

 ぽつりと、リルファは呟いた。

 得体の知れない不安が、胸に充満していた。

 

 

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