第22話 仇

 レックスが左拳を打ち下ろした時、その衝撃波と風圧によりコンピー隊や倒れていたラプトル隊までもが吹き飛んでいた。

 1番近くにいた重量級のスピノピだけが、風圧で身体を押されたものの、吹き飛ばずにその場に留まっていた。

 デノニクは自分から後方に跳躍して衝撃から逃れていた。

 そして跳躍しながら、あの大きな蛇竜を見た。

 

 大きく角の生えた蛇竜の頭が、ぺしゃんこに潰れていた。

 周囲に、赤い血と肉片、鱗、目玉などが散乱した。

 

 突如。

 スピノピの身体に噛み付いていた2頭の蛇竜が、スピノピから牙を離した。

 その2頭の蛇竜は、間髪入れずに、レックスに襲いかかった。

 それぞれ、レックスの背中と脇腹に噛み付いた。

 更に。

 横の樹の影からもう1頭の蛇竜が飛び出して来て、レックスの右肩に噛み付いた。

 合計、3つの顎が、レックスに噛み付いていた。


 頭を粉砕された大きな蛇竜の胴体が、びくんと震えた。

 そして。

 そのまま、真後ろの方向に引っ込もうとする動きをした。

 その動きが、ぴたりと止まった。

 

 レックスが、両手でその胴体を掴んでいた。

 その蛇竜が、真後ろに縮もうとする力と、レックスの引っ張る力が作用し合って、蛇竜の胴体がぴんと張っていた。

 

 その時、レックスの身体に噛み付いている3体の蛇竜の身体が、どくんどくんと波打った。

 凄まじい勢いで、牙に毒を送り込んでいる動きだった。

 大量の毒が、レックスの身体に注入された。

 だが。

 レックスは不敵に笑っていた。

 身体に入る毒など、全く気にしていなかった。

 獰猛な、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 両腕に、血管がびきりびきりと浮かび始めた。

 

 「この俺と綱引きする気かよ」

 

 レックスはそう言うと、掴んでいる蛇竜を思い切り引っ張った。

 蛇竜の胴体が、レックスの方向に引っ張られた。

 更に、ぐいぐいと引っ張った。

 蛇竜の身体にびっしりと生えた棘状の鱗がレックスの掌や身体に無数の傷を付けていた。

 だが、そんな事は全く意に介していなかった。

 更に。

 レックスは、引っ張った蛇竜の胴体の肉を、その怪力に任せて指で引きちぎり始めた。

 でたらめなパワーだった。

 棘状の鱗に覆われた外殻も、肉も、背骨も、まるで柔らかい草の茎か何かのように、その凶悪な握力で掴んでは潰し、裂いてちぎって捨てているのである。

 蛇竜の胴体の肉が、瞬く間に細切れになっていく。

 引っ張ってはちぎり。

 ちぎっては引っ張り。

 その蛇竜の胴体が、どんどん短くなっていった。

 

 その時、レックスの身体に噛み付いていた3頭の蛇竜が、ふいに、その牙を離した。

 噛み跡から、血が流れた。

 3頭の蛇竜は、ひゅんっと、ゴムが縮むように、森の奥へと消えて行った。

 

 「なんだもう終わりかコラァッ!」

 

 吠えながらレックスは、さらに勢い良く、蛇竜の胴体を引っ張った。

 すると。

 蛇竜に引っ張られて、森の奥から人影が空中に飛び出して来た。

 その人影は、蛇竜の尻尾の先端にくっついていた。

 この人影こそが、蛇竜達の本体である。

 蛇竜の身体のサイズに比べると、遥かに小さい。

 その小さな本体を、レックスは睨み付けた。

 本体は人間の形をしていた。

 黒髪の少女である。

 ヒミコだった。

 だが、異様な姿をしていた。

 ヒミコの右腕が、レックスが掴んでいる蛇竜と繋がっていた。

 というよりも、ヒミコの右腕が、その蛇竜そのものであった。

 

 今、レックスが掴んでいる大きな蛇竜は、尻尾の方に近付くに連れて段々と細くなり、ヒミコの右肩の辺りで完全に融合していたのである。

 

 まさに、異形だった。

 右腕だけじゃなく、左腕も蛇竜であった。

 そして、右脚と左脚も、それぞれ蛇竜の形をしていた。

 今は体格が縮んでいるが、先程までレックスに噛み付いていた3頭の蛇竜は、まさにこの左腕と両脚だったのである。

 

 そして。

 今、引っ張られて宙にいるヒミコは、両眼が凶星のように赤く輝いていた。

 唇が微笑みの形に吊り上がっている。

 微笑みながら、凶悪な赤い瞳で、レックスを見つめていた。

 

 ヒミコの凶悪な赤い視線と、レックスの茶色の獰猛な視線が空中でぶつかった。

 レックスもまた凶暴な笑みを浮かべて、ヒミコを見つめていた。

 そして。

 レックスは、ヒミコの眼を見ながらも、同時に腹の辺りも見ていた。

 ヒミコの腹の辺りに、小さな魔物が見えたからである。

 オランだった。

 眼を閉じてぐったりとしているオランに、細い蛇竜が巻き付き、ヒミコの身体に括り付けられているのである。

 そしてその細い蛇竜は、ヒミコの背中から伸びていた。

 

 「滅茶苦茶だな。おっさん」

 

 微笑みを崩さないまま、ヒミコが言った。

 

 「ああ、てめぇのせいで宮殿が滅茶苦茶に」

 

 レックスは自分が掴んでいる蛇竜を、更に引っ張った。

 

 「なっちまったじゃねぇか馬鹿野郎!」

  

 一気に、ヒミコの身体がレックスの方向に引き寄せられた。

 その瞬間。

 ヒミコの左腕の蛇竜が、突然、ヒミコの右腕に噛み付いた。

 そして、右腕を、ぶちり、と噛みちぎった。

 

 レックスに引っ張られていた勢いで、ヒミコの身体が宙高く舞い上がった。

 空中からヒミコは笑いながらレックスを見下ろしていた。

 地上から、レックスは獰猛な笑みを浮かべてヒミコを見上げた。

 

 「宮殿はおっさんの方が壊していただろうが」

 

 ヒミコがそう言った瞬間。

 オランに巻き付いていた細い蛇竜が、オランの首にがぶりと噛み付いた。

 眼を閉じているオランの身体が、びくりと震えた。

 直後、細い蛇竜の身体が波打った。

 オランの首から、黄色い光が蛇竜の胴体の方へと流れていった。

 そして、その光が、ヒミコの背中に届いた瞬間。

 

 どくんっ、と、ヒミコの眼が思い切り見開かれた。

 直後。

 ヒミコの周囲に、小さな黄金の稲妻が、バチバチバチっと音を立てて発生していた。

 

 「おっさんを喰ったら凄ぇ力を得られそうだけどよ。でも、こいつも凄ぇんだぜ。なんてったってあのモチダの力だ」

 

 ヒミコは笑顔でそう言った。

 直後。

 ヒミコの右脚と一体化している蛇竜が、口を開けてレックスの方向を向いた。

 蛇竜の口の中が、静電気を帯びたようにバチバチと鳴った。

 次の瞬間、口の中が黄金に輝いた。

 直後。

 蛇竜の口から、黄金の熱線が解き放たれた。

 黄金の熱線は螺旋状に渦を巻きながら進み、更にその周囲を細かな稲妻が疾っていた。

 

 その熱線は、まさに雷の光線とも言えた。

 とても避けられる速度では無い。

 レックスの身体にその黄金の熱線が直撃した。

 

 落雷のような轟音と閃光。

 その熱線を放出する反動で、ヒミコは更に上空へと舞い上がっていた。

 舞い上がりながらも、ヒミコの右脚の蛇竜は未だに熱線を吐き続けていた。

 

 レックスは、熱線をその身に受け続けた。

 風圧で周囲の木々が薙ぎ倒されていく。

 熱線の熱によって雨が蒸発している為、白い蒸気が立ち昇っている。

 肉の焦げるような匂いも漂い始めた。

 眩しい光と白い蒸気で、レックスの姿は影になって見えた。

 周囲の魔物は眼を細めた。

 その時。

 その光の中から、凄まじい殺気が解き放たれた。

 白い輝きの中で、レックスの影が、大きな顎を開いた。

 そして。

 その大きく開かれた顎は、上空にいるヒミコの方を向いていた。

 

 ヒミコの背に、ざわりと悪寒が走った。

 直後。

 

 レックスの口から、圧縮された空気が螺旋状に渦を巻いて一直線にヒミコに向かって解き放たれた。

 その渦は、熱線を掻き消しながらヒミコへと進んで行く。

 それは、レックスの持つ遠距離用の攻撃。

 レックスの驚異的なまでの肺活量と、膨大なオーラと、凶悪な魔力が合わさって織りなす風属性の魔法であった。

 技名は、暴君暴風ティラノブラスト

 レックスの内包するパワーを空気の塊りとしてぶつける、全てを破壊する暴風である。

 

 瞬間。

 熱線を放っていたヒミコの右脚の蛇竜が、攻撃を中断して、瞬間的な速度でヒミコの身体に巻き付いた。

 同時に、ヒミコの左腕と左脚の蛇竜も、高速で身体に巻き付いた。

 あっという間に刺の生えた繭が出来上がった。

 ヒミコの身体が、蛇竜で出来たその繭の中に完全に隠れた。

 

 暴君暴風ティラノブラストが、その繭に直撃した。

 繭の外殻と化していた蛇竜の鱗が、剥がれ朽ちていく。

 鱗が剥がれ、中の肉と骨も、粉々に霧散し始めた。

 

 見ていた誰もが、このまま、オラン共々、ヒミコも粉砕されるだろうと思った。

 だが。

 

 繭の中で、ヒミコの瞳が金色に光った。

 そして。

 

 「雷跳」

 

 ヒミコが呟いた瞬間。

 黒雲から稲妻が疾って来た。

 ほんの一瞬、稲妻と暴君暴風ティラノブラストのエネルギー同士が衝突して、衝撃波が発生した。

 次の瞬間、稲妻がヒミコとオランに巻き付いた。

 直後、稲妻は黒雲の中へと引っ込み、空の彼方へと疾って行った。

 

 恐竜の魔物達は、呆然と稲妻が疾って行った空の彼方を見つめていた。

 蛇竜の肉片と思われる細かい残骸が、ばらばらと降って来た。

 

 はっとしたように、デノニクとコンピが、レックスの方を見た。

 全身に火傷を負い、湯気を立ち昇らせたレックスが、口を閉じて黒雲を眺めていた。

 

 「すまん。逃がしちまった」

 

 レックスは黒雲を眺めながら、ぽつりと言った。

 

 「王!」

 

 コンピが、レックスに向かって走り出した。

 それに連動するかのように、散らばっていたコンピー隊がレックスに集まり始めた。

 ディモンも、空からレックスの元へと駆け付けた。


 「王! 早く解毒を!」

 

 コンピが叫んだ。

 

 「先にスピノピとラプトル隊を治療しろ」

 

 レックスが空を見つめたまま言うと、片膝を付いて荒い呼吸をしていたスピノピが必死に叫んだ。

 

 「私より先に王の解毒を!」

 

 「俺は大丈夫だ。とりあえずこれで良い」

 

 そう言うと、レックスは全身に力を込めた。

 身体中に、びきりびきりと血管が浮かんだ。

 蛇竜の噛み跡から、更に勢いよく血が流れた。

 

 「お前ら、離れてろ」

 

 レックスの声を聞いて、近付いていたコンピー隊とディモンが離れた。

 レックスは、周囲をざっと確認した後。

 

 「ふんっ!」

 

 思いっきり、前身の筋肉を収縮させた。

 蛇竜の噛み跡から、噴水のように血が噴き出した。

 直後。

 噴き出している血の色が変わった。

 蛇竜の噛み跡から、黒紫の粘度のある液体が勢いよく噴き出した。

 毒であった。

 数秒後、噴き出している黒紫の血の色が、鮮やかな赤色に変わった。

 毒が、レックスの体内から全て排出されたらしい。

 血の噴水が止まった。

 赤い血が、たらたらと流れているだけになった。

 

 「ふぅ」

 

 レックスは、再び天を見上げた。

 いつの間にか、雨が止んでいた。

 天を覆っていた黒雲の隙間から、太陽の光が差し込み始めた。

 細い太陽の光線がレックスの顔を照らした。

 いつもの、不敵な笑みが消えていた。

 曇った表情で、呟いた。

 

 「仲間の仇を討つ事が出来なかった。俺もまだまだだな」

 

 それを聞いたコンピとスピノピの眼に、涙が浮かんだ。

 デノニクは、自分の無力感が身にしみて、拳を握っていた。

 まだまだなものか。

 レックス王。

 貴方がいなかったら。

 我々は……。

 

 その時。

 突然、空気を裂く音が聞こえた。

 飛んで来たのは、リンクスだった。

 そして、レックスのそばに着地した。

 リンクスの背中には、テイラーが乗っていた。

 テイラーはリンクスの背中から離れ、すとっと地面に降り立った。

 

 テイラーの腹部から肩に掛けて、大きな傷跡が残っていた。

 

 リンクスとテイラーは、その場にいた魔物達の表情を見て、敵が逃げ切った事を悟った。

 来る途中に見えた、空の彼方へ疾って行った稲妻がそうだろうと、2人は直感した。

 

 リンクスは、悲しげな表情で、晴れつつある空の彼方を見ていた。

 

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