第17話 魔族

 深夜。

 炉の中で暖かく炎が燃えている。

 炎を眺めながら、レックス=ティーレックスは自室で赤い葡萄酒を呑みながら物思いに耽っていた。

 今思い出しているのは、昔見た魔邪羅の姿だった。

 

 もう、30年以上も前になる。 

 自分は確か、7歳か8歳だった。 

 自分の父親に本気の殺し合いを挑み、敗北し、完膚なきまでに叩きのめされて、この宮殿を飛び出したのだ。

 簡単に言うと、親子喧嘩をした末の家出だ。 

 その後、8年ほど1人で世界中を彷徨った。

 その旅の最中に、魔邪羅を見たのだ。  

 今でも思い出す。

 凄まじい光景だった。 

 自分が助かったのは、本当に奇跡だったと思う。 

 

 そして、昨日のオラン。 

 全身から迸る黒紫色の魔力と、影の中で紫色に発光するあの両眼は魔邪羅に酷似していた。

 そしてオランの身体に発生していたあの紫色の稲妻には、ただならぬエネルギーを感じた。 

 いったいオランは何者なのか。

 勇者達のみならず、魔邪羅に似た何かを身体に秘めているのか。

  

 「ふむ」

 

 息を吐いて、もう一口葡萄酒を飲んだ。

 飲みながら、夕方のリンクスが報告を思い出した。

 どうやらオランは、リンクスには心を許し、すべてを包み隠さずに話したらしい。 

 リンクスの報告で、オランがどこでどのようにして育ち、この大陸にやって来る前に何があったのかが分かった。

 

 ガララパゴスという南の島で育った事。

 生まれながらに魔物への憎悪を持っている事。

 黄龍が現れて、落雷を受けた事。

 この大陸に潜んでいたヒミコの黄龍水晶が輝き、ヒミコは勇者を召喚するつもりで魔法を発動させた。

 だが、飛んで来たのは勇者ではなく。

 オランだった。

 そして、オランはヒミコに言われた。

 オランの内部には500年前の勇者と仲間達の魂が宿っていると。

 だが。

 そのヒミコは昨日の朝にはもう、姿が消えていた。

 

 「……ふむ」 

  

 これだけの情報を得ても、謎は更に深まって行くばかりだった。 

 南の島で生まれ育ったオランに、500年前の勇者達の魂がなぜ宿っているのか。 

 ヒミコはなぜ消えたのか。 

 

 レックスは、鼻から少し長めの息を吐いた。 

 また一口、葡萄酒を飲もうとした。

 その時。

 レックスの鼻の穴が、ぴくっと僅かに震えて視線が横に移動し、自室の扉を眺めた。

 そのまま数秒間、無言で扉を見つめていた。 

 すると、突然レックスは立ち上がった。 

 グラスの中の葡萄酒を一気に飲み干すと、扉を開けて部屋の外に出た。 

 

 薄暗い廊下を音を立てずに静かに歩いた。 

  

 その時。

 曲がり角をこちらに向かって曲がって来た魔物が現れた。

 パキケファロサウルスの魔物。

 パキオであった。

 

 「おや。王」 

 

 レックスに気付いたパキオが、軽く頭を下げた。

 

 「おう。どうしたパキオ。こんな夜中に」 

 

 「今、ようやく食堂の扉の修理が終わったとこなんですよ」 

 

 「そうか。すまなかったな」 

 

 「いやぁ良いですって。話は聞きました。王がいなかったらどうなってた事やら。扉、更に頑丈にしておきやした」 

 

 「そうか。礼を言う」 

 

 「いえいえこれが私の仕事ですんでね。王はこれからどちらに?」 

 

 「眠れなくてな。ちょっと身体を動かして来る」

 

 「そうですか。まぁ、あんまり無理なさらねぇでください。私は部屋で一杯飲んで寝ます」

  

 「おう。よく休んでくれ」 

 

 「はい。それでは」

 

 そうして、レックスとパキオはそれぞれ逆方向に歩いて行った。

 しばらくして、レックスはトレーニング場に着いた。

 巨大な扉を開けて、場内に入った。

 そして、ガチャリと内側から扉に鍵をかけると、そのまま場内を進んだ。

 

 トレーニング場の真ん中には、噴水があった。

 そこから常に透き通った水が噴き出している。

 その周りを、ひらひらと黒い小さな影が舞っていた。

 

 「……」 

 

 レックスは無言でその黒い影を見つめた。 

 その黒い影は、蝙蝠こうもりであった。 

 小さな蝙蝠が、翼を小刻みに動かして飛んでいるのである。 

 その蝙蝠が、噴水の裏側に回った。

 今、レックスが立っている場所からは、蝙蝠が見えなくなった。 

 1秒程経って、噴水の裏から蝙蝠が出て来た。

 だが。 

 一匹ではなかった。 

 夥しい数の蝙蝠が、黒い霧のようになって集団で現れたのである。 

 

 その蝙蝠の集団は、静かにレックスの目の前まで来ると、その場で同じ所をぐるぐると回り始めた。 

 竜巻のような動きだった。 

 やがてその蝙蝠の竜巻は、黒い霞と化して、ふっと消えた。

 

 すると。

 そこに。

 1人の男が出現した。

 明らかに先程までは誰もいなかった場所に、自然な佇まいで突然現れたのである。

 見た目は、細身の人間の姿をしていた。

 黒いタキシードを着て、左手に赤い液体が入ったワイングラスを持っていた。 

 美女と見間違えるほどの美貌の男だった。

 肌が白く、滑らかで、線が細い。

 通った鼻筋の下で、赤みを帯びた麗しい唇が、微笑みの形になっていた。

 緩くウェーブした銀色の髪が額にかかっている。

 ゆらゆらと揺れている銀髪の下で、やや切れ長の整った形の両の眼が、真っ直ぐにレックスを見つめていた。

 その瞳は、宝石のように深紅に染まっていた。

 そして、微笑を浮かべながら、男が言った。

 

 「こんばんは。久しぶりですね、レックスさん。僕の事、覚えていますか」 

 

 男の唇から、白い歯が覗いた。

 

 「いつぞやの小僧か」 

 

 にやりと笑いながら、レックスが答えた。 

 男が浮かべている涼しげな微笑みと違い、レックスの微笑みには獰猛さがあった。    

 

 「覚えていてくれたんですね」

 

 男は嬉しそうに眼を細めた。

 

 「まぁな。牙はどうした」

 

 レックスが男を真っ直ぐに見つめて言った。

 

 「普段は隠してます。あまり美しいものではありませんから」

 

 「ふん。牙はてめぇらの象徴じゃねぇのか」

 

 「僕たちの象徴は太陽を浴びる事が出来ないという事だけですよ。まぁそのおかげで、夜ならこうしていろんな場所に忍び込める能力があるんですけどね。レックスさん、相変わらず厳しいトレーニングを続けているんですね」

 

 男は、ワイングラスを口に付けて中の赤い液体を飲んだ。 

  

 「俺たちの血を狙う輩が多くてな。なかなか平穏な日々を送らせてくれんのだ」 

 

 獰猛な微笑みを崩さずにレックスが言った。

 言いながら、ぽきり、ぽきりと指の骨を鳴らした。

 

 「それは、何というか、お疲れ様ですとしか言えません」

 

 男は微笑みを崩さずに言った。

 

 「お前も血を吸いに来たのか?」 

 

 「嫌だな。違いますよ。僕は竜の血と相性良くないですし」 

 

 「じゃあ何の用だ。親父の仇討ちか?」 

 

 「それも違います。仇討ちなんて考えた事ありませんよ。あの日の、父と貴方との闘いの光景は鮮明に覚えていますが、僕はあの時、レックスさんを応援していたんですよ。本当に感謝しているんです」

 

 「ほう。そりゃ嬉しいな」

 

 「それに、僕、父の実力はとうに超えましたし。この宮殿に忍び込んで、他の恐竜達には一切見つからずに、貴方だけが気付くように気配を放つなんて真似、父には出来ませんよ。というか多分、こんな芸当は僕以外誰も出来ないと思いますね」

 

 「大層な自信だな。あのふざけた組織はまだあるのか」

 

 「あの組織は全く新しい性質のものとして生まれ変わりましたよ。世界平和を目的とした活動をしているんです。魔邪羅を追っているのも平和の為です」

 

 「そうかよ。親父と妹は元気か」

 

 「妹は城を出て行きました。父はもう、この世にはいません」

 

 「殺したか」

 

 「さぁて。どうでしょう」

 

 男はまた、赤い液体を飲んだ。

 依然として、微笑みを浮かべながらレックスを見つめていた。

 そしてレックスの浮かべていた微笑みが、更に獰猛さを増していった。

 空気が、ぴりぴりと張り詰めていく。 

 レックスの内部で、オーラが熱くぐつぐつと煮え始めた。

 

 「待ってくださいよ。闘いに来たんじゃないんです」

 

 「ああ。闘いじゃねぇ。俺の一方的な虐めだからよ。勝手にヒトん家に入るとどうなるか教えてやるぜ」

 

 レックスのオーラが、更に熱を持って膨らんで行った。 

 

 「ちょっとちょっと落ち着いてくださいよ。いいんですか? そんなにオーラ滾らせて。また、あのトカゲの子が魔邪羅みたいになっちゃうんじゃ」 

 

 「ほう。見てたかよ覗き魔が。こそこそしやがって」

 

 レックスの身体からオーラが熱風となって迸った。

 びきりびきりと、顔や腕に血管が浮かび始めた。 

  

 「待ってくださいって。今日は情報交換が目的で来たんです。貴方の仲間を喰ってる奴の事です」

 

 男が言った直後、ぴたりと、レックスの動きが止まった。

 

 「結構、被害にあったんじゃないんですか? お仲間」 

 

 男がそう言った瞬間、レックスが滾らせていた熱いオーラが、瞬時に冷たく静かなものになった。 

 氷の刃のような、ぞっとするような殺気が揺らめいた。

 

 「ここから先はよく考えてからモノ言えよ。言葉間違えたらその瞬間にてめぇは死ぬぞ」 

 

 普段のレックスとは違い、なんとも冷酷な空気を醸し出していた。 

 両眼に宿る光も、冷たく鋭い刃物のようであった。

 

 「ええ。気を付けますよ」 

 

 男は、相変わらず微笑んだまま、グラスの中の液体を飲んだ。

 

 「まず、誤解を解かせてください。こっそり見てたわけじゃないんです」 

 

 「ならばなぜあのトカゲ小僧の事を知っている?」

 

 「僕の仲間に、魔邪羅の気配の察知、探知、追跡が得意な者がいるのをご存知でしょう? その者が、昨日魔邪羅の気配を察知したんです。場所は、ここ。魔邪羅化したのは小型のトカゲのような魔物という事は分かりました。しかし、どこか妙だったんです」

 

 「……」 

 

 「レックスさんも、妙だと思ったんじゃないんですか? ほんの些細な違いですけど」

 

 「ああ。俺が昔見た魔邪羅とは少し違っていた」 

 

 「そうでしょう。そして、通常、魔邪羅化した者はそのまま死へ向かうしか道は有りませんが、その小さなトカゲの子は魔邪羅状態が止まった。まぁ、止めたのは貴方でしょうけど。それで、これは気になる、って事で、僕が様子を見に来たんです」

 

 「あのトカゲ小僧を実際に見たか」 

 

 「ええ。見させて頂きました。あんなに幼かったんですね。あの翼竜の美女に抱かれて可愛い顔で寝てましたよ」

 

 「……」 

  

 今、レックスの頭をよぎっているのは、目の前にいるこの若造は相当の実力を付けたのだなという事であった。

 寝ているとは言え、リンクスは幹部の一角である。

 幹部ともなれば、敵が寝込みを襲いに来ても瞬時に気配を察知して対応出来る実力を持っている。

 そのリンクスに全く気付かれずに、この若造は部屋に入り、その様子を眺めていたということだ。

 

 「何者なんです? あのトカゲくん」 

  

 男がそう言った直後、レックスは好戦的な笑みを浮かべて言った。

 

 「トカゲ小僧の情報と、俺の仲間を喰ってる奴の情報を交換ってわけか」 

 

 「そうしてくれると嬉しいんですけどね」

 

 しばらくレックスは男を無言で見つめていたが、やがて口を開いた。

 

 「南の島に黄龍が現れたのは知っているか」

 

 「はい。微かですが妙な気配を感じました」

 

 「あのトカゲ小僧は、その島で黄龍の雷光を受けたらしい」 

 

 「あの子はモチダ一族と何らかの関わりを持っているという事ですか?」 

 

 「知らん。話を聞く限りじゃ、生まれも育ちも南の島だ」

 

 「なるほど」

 

 「そんで産まれた時から、魔物を見ると攻撃しちまう癖があったんだと。今でも魔物を見ると憎悪は抱くが、理性で抑えているそうだ。それでも敵意や殺意を向けられると攻撃衝動が湧き上がるらしい」

 

 「ほほう」

 

 「戦闘の際は、小僧の瞳の色がころころ変わる。赤くなったり青くなったりな。ちなみに治癒魔法を使う時は緑色で、雷跳を使う時は黄金に輝くそうだ」

 

 「……なるほどなるほど。伝説の勇者とその仲間達の特徴と一致していますね」

 

 「そんで、俺が思いっきり殺気を浴びせたら魔邪羅もどきになっちまったというわけだ」

 

 「ふむふむ。実に興味深い」

 

 「その興味深い小僧をさらいに来たんだろ? てめぇは」

 

 「正直に言うと最初はそのつもりでしたがね。予定変更します。トカゲ君は僕が思っていた以上に得体の知れない存在のようです。もうちょっと秘密が分かるまで、手は出さないで起きましょう。ここなら安全ですし」

 

 「いちいち勘に障る言い方をするなてめぇは」 

 

 びきりっと、レックスの顔に血管が浮き出た。

 この小僧は今、トカゲ小僧の秘密を知る為にこの俺を利用すると言ったも同然なのだ。

 

 「すみません悪気は無いんですよ本当に」 

 

 「ここまで教えてやったんだ。早く俺の仲間を喰ってる奴の正体を言え。じゃないとてめぇを殺しちまう」

 

 「おそらく、ホンニ3大妖魔の一角です」 

 

 「あ? あいつらは封印されているだろうが」

 

 「ええ。モチダ一族によって封印されていました。それがね、最近、封印が解けたみたいなんですよ」

 

 「なんでてめぇにその事が分かるんだ」

 

 「ホンニ出身の友達がいましてね。ホンニでの出来事はその者を通じて知る事が出来るんです」

 

 「てめぇら魔族は西洋と東洋では仲が悪いんじゃなかったか?」

 

 「基本はそうなんですが、彼とはまぁ、いろいろありましてね、気が合ったんですよ。それに、ホンニ3大妖魔の封印が解けたって、これ、結構な大事件じゃないですか。西洋と東洋で喧嘩してる場合じゃないと言いますか」

 

 「なぜ奴らの封印が解けた?」

 

 「分かりません。まぁでも、モチダ一族が滅びてから500年ですからね。自然と、封印魔法の効力が薄れていったんじゃないでしょうか。まぁ、近いうちにホンニに様子を見に行ってみようと思っているんですけどね」

 

 「……」

 

 「それで、まぁ、封印が解けるやいなや、真っ直ぐにこの大陸に向かった奴がいたそうなんです。なんせ500年振りに開放されたわけですから。腹ぺこだったのでしょう」

 

 「ホンニ3大妖魔の一角で、竜の血を求める奴か」

 

 「ええ。もうお分かりですよね」

 

 びきりっ、びきりっ、と、レックスの全身に血管が浮き出て来た。

 笑っているような口の形になり、逞しい牙が覗いていた。

 全身から、ゆらゆらと熱気が立ち昇った。

 

 「で、ちょっと提案があるんですけど」

 

 「あ?」

 

 「あのトカゲ君を、ホンニの化け物にぶつけてみたら面白そうじゃないですか?」

 

 ワイングラスの中の液体を飲み干して、男は涼しい微笑みを浮かべながら続けた。

 

 「まぁでも、レックスさんって、顔に似合わず優しいからな。そんな事しないか」

 

 言い終えた男が、レックスに視線を戻した直後。 

 男は、ほんの一瞬だけ目を見開いた。

 次の瞬間。

 身体を横に捻っていた。

 男の鼻先の空間を、何かが高速で疾り抜けて行った。

 直後。

 ぼごんっ、と音が鳴り響いた。

 後ろの噴水が、粉々に砕けていた。

 

 「危ないなぁ」

 

 身体を捻ったまま、男は笑いながらレックスを見た。

 男が持っていたワイングラスが、割れて床に散らばっていた。

 

 「やっぱお前ムカつくわ」

 

 レックスが獰猛な笑みを浮かべながら言った。

 今、噴水を破壊したのは、レックスが口から放った空気の塊であった。

 その空気の塊が疾り抜けた時に生じた風圧で、男が持っていたワイングラスが割れたのである。

 

 「貴方と闘うのは、それなりに準備してからじゃないと」

 

 男がそう言った瞬間。

 壊れた噴水から噴き出している水の向こう側から、突然黒い霧が空中に漂い始めた。 

 直後、その黒い霧が無数の蝙蝠に変化した。

 その蝙蝠の群れが、男の周囲に集まり、竜巻のような形になって男を包み込んだ。

 

 「今日は帰ります。気をつけて下さいね。あのトカゲ君は、厄介な潮流を引き寄せますよきっと」

 

 蝙蝠の竜巻が、再び黒い霧となった。 

 

 「安心して下さい。こうやってここに忍び込めるのは、仲間内でも僕だけですから。それでは、また」

 

 男の声が聞こえた瞬間、黒い霧は、ふっと消えていた。

 静寂の中で、壊れた噴水から流れている水の音だけがトレーニング場に響いていた。

 その場に熱気を放つレックスだけが取り残された。

 

 「あの野郎」

 

 レックスは少なからず驚愕していた。

 強者同士というのは、向かい合った時にある程度の力量を察知しあう。

 その者の見た目、眼の力、佇まい、放つ空気、雰囲気等から、感覚的に測量する。

 そして、レックスは、あの男の秘めた戦闘力をひしひしと感じた。

  

 「やっぱ根絶やしにするしかねぇか。奴らは」

 

 拳を握り締めながらレックスは呟いた。

 

 「ひえ〜。あれが吸血鬼ヴァンパイアって奴っすか!」

 

 突然。

 上ずった声が聞こえて、レックスは自分の足下に視線をやった。 

 足下に、小さな緑色の魔物がいた。 

 小型恐竜コンプソグナトゥスの魔物。

 幹部の一角。

 コンピ=コンピーである。 

 

 「おい、いつからいた?」

  

 全く気付かなかった。

 思わず、レックスは笑った。

 

 「最初からっす。王がパキオのおやっさんとすれ違った辺りから、ずっと後をつけてたんす」 

 

 「やっぱり、すげぇなお前。奴はお前にも気付いていたか?」

 

 「いや〜どっすかね。多分気付いてないと思うっすけど」

 

 ふっ、とレックスは笑った。 

 この、小さな部下がずっと側にいてくれていたのかと思うと、妙な安心感が湧いて来た。 

 このコンピは、直接的な戦闘力は低いが、尾行や、気配を消しての監視等においては右に出る者は居なかった。 

 レックスやテイラーにも気付かれずに忍び寄れるのは、この大陸においてはこのコンピのみである。

 

 「しかし、やばいっすね。あいつ。名前はなんていうんです?」

  

 「奴の名は、ヴァン=ドラキュリア。20年近く前に俺がぶちのめしたパイ=ドラキュリアの息子だ」 

 

 「パイってのは、強かったんすか」 

 

 「まぁな。ドラキュリアってのは吸血鬼ヴァンパイアの中でも特別な一族らしい。そんでな、かつて、紀元前至上主義を掲げている組織が存在したんだよ。世界を支配するのは紀元前から存在する魔族であるべきとかほざいていた連中だ。パイ=ドラキュリアはその組織を率いていた男だ」

 

 「へぇ。その組織を王が壊滅させたんです?」

 

 「ああ。なんか、流れでそうなった」

 

 「さすがっすね」

  

 「だが今のキザ野郎が、またなんか組織を作ったらしいな」

 

 「世界平和とか言ってましたね。あいつ、オランちゃんを狙ってこの宮殿に来たんですよねきっと」

 

 「そのようだな」

 

 「王はオランちゃんを守る気ですかい?」

 

 「そうだな。あの野郎に簡単に渡すのもシャクだしな」 

 

 「うん、まぁ、オランちゃんは良い子ですし、可愛いし、みんな異論は無いと思うっす。リンクスなんて、もう自分の子供みたいに可愛がってるっすよ」 

 

 「そうか。ところでお前、リンクスに気付かれずに枕元に立てるか?」

 

 「そんなの朝飯前っすよ」 

 

 「ふふ」 

 

 レックスは優しく微笑んだ。 

 心の底から、この小さな部下が頼もしいと思った。

 

 「お前は本当に頼りになるやつだな」


ーーー 

 

 ジュラシック大陸の岩石地帯に、天に向かってそびえる険しい岩山が連なっていた。

 その中の1つの崖の上で、青い満月を眺めている魔族がいた。 

 上半身は人間の美女の姿をしており、下半身が赤い鱗に覆われた太い蛇であった。

 種族名は、半蛇人ナーガ

 上半身の肌の色は褐色であり、両の瞳は宝石のように赤く透き通っている。

 ショートカットに切り揃えられた赤い髪が、夜風に揺れていた。

 

 その女の視線が、ふと自分の真横に移動した。

 いつの間にか、隣に黒い霧が発生していた。

 その黒い霧が、段々と渦を巻き始め、小さな竜巻のような形になった。 

 そしてその黒い竜巻が、ふっ、と、煙のように消えた。

 突然そこに、ヴァン=ドラキュリアが現れた。

 

 「ふぅ」

 

 ヴァンが、一息ついた。 

 

 「おかえり」

 

 半蛇人ナーガが、ぽつりと言った。 

 

 「あれ? 結局闘ってないの?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、半蛇人(ナーガ)が聞いた。

 

 「もしかしたら行けるかなって思ったんですけどね。やっぱ今は無理でしたね。レックスさん、強い癖に努力してるからなぁ」 

 

 「ふぅん。あんたなんかぶちのめされちゃえば良かったのに」

 

 「酷いなぁラミアさんは」  

 

 「酷いのはあんたよ。一回、叩きのめされた方がいいよ」

 

 「僕にも敗北の経験ぐらいありますよ。その時の話、聞きますか?」 

 

 「いや、いい。それよりあのトカゲちゃんは?」

 

 「置いて来ました」

 

 「なぜ」

 

 「やっぱレックスさんから奪うのはちょっと。まぁ、ここに置いておけばそれはそれで都合が良い事もあります」 

 

 「しばらく観察するって事?」 

 

 「そうですね。その内にいろんな奴らがトカゲ君を狙ってやって来るかも知れません。時期と隙を見て盗もうかなって」

 

 「もっとこう、男らしくやったら?」

 

 「良いんですよ男らしくなくて。僕は綺麗ですから。ラミアさんには負けますがね」

 

 「ああそう」

 

 「妹さんにも是非会ってみたいですね」 

 

 「……妹は私より綺麗だよ」 

 

 そう言って、この妖艶な魔物は月を眺めた。

 眼を細めて、ラミア=エキドゥナはぽつりと言った。

 

 「心もね」

  

ーーーー 

 

 ガララパゴス諸島。

 この島の夜空にも、青い満月が堂々と浮かんでいた。 

 夜の浜辺で、静かな波の音を聞きながら、半蛇人ナーガが満月を眺めていた。

 アミダ=エキドゥナである。

 後ろに束ねた長い赤い髪が、夜風になびいていた。

 アミダの胸に、艶のある黄色い肌に覆われたトカゲ型の魔物が、抱き付くように顔を押し付けて眠っていた。

 マイアだった。

 両眼に、涙が流れた跡があった。 

 アミダは、左の掌でマイアの後頭部を優しく撫でていた。 

 物憂げな、悲しさを我慢しているような表情で、アミダは月を眺めた。

 規則正しい波の音が、妙に切なくその場に響いていた。


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