第14話 粉砕
瞬時に、オランは後方へ跳んでいた。
テイラーの右脚が、オランの目の前の空間を疾り抜けて行った。
オランは川と岸の丁度境目辺りに着地した。
左脚だけ、浅い水に浸かっていた。
全く間を置かず、テイラーが間合いを詰めて来た。
その瞬間。
ばしゃりと派手な音が鳴った。
オランが、水に浸かっていた左脚を思い切り蹴り上げたのである。
水飛沫が、テイラーの方に飛散した。
テイラーは眉ひとつ動かさずに突っ込んで来た。
その勢いのまま、オランを殴り抜くつもりだった。
だが。
テイラーは予定を変更した。
オランを殴り抜く予定で振り上げていた右拳で、自分に向かって来た水飛沫を殴っていた。
蹴り放たれた水飛沫の中に、いくつかの小石が混ざっていたのである。
ほんの刹那の時間の中で、テイラーの眼は水飛沫に紛れ込んだ小石の影を捉えていた。
そしてその小石は、そのままだったらテイラーの眼や鼻に直撃する軌道上にあった。
本来オランを殴る予定だった右拳を、小石を防ぐ為の防御に使った為、テイラーのリズムが僅かに崩れた。
その一瞬の隙を見て、オランは横っ飛びに跳躍すると岩の上に降り立った。
昨日、3匹の魚が置かれたあの岩だった。
オランの目線が、テイラーより高くなった。
テイラーが身体を反転させて踵を返し、オラン目掛けて疾り出すのと、オランが岩を蹴ってテイラー目掛けて跳躍したのは同時だった。
岩を蹴った勢いがある分、速度はオランの方が速かった。
オランは流星のような勢いで、テイラーに迫りながら、右脚を槍のように真っ直ぐ突き出した。
その右脚は、テイラーの顔面を打ち抜く軌跡を描いていた。
見事な飛び蹴りだった。
テイラーは両腕を顔の前でクロスさせた。
次の瞬間。
オランの右足が、テイラーの両腕を強かに蹴り抜いた。
ごっ。
という音が、静かな河原に響いた。
オランの全体重を乗せた飛び蹴りを受けて、テイラーは僅かに後ろによろめいた。
顔の前でクロスさせていた腕の骨が、じぃんと痺れた。
オランは地面に着地すると、そのまま下からテイラーを見上げた。
テイラーは、腕の隙間からオランを見下ろした。
後ろに倒れ込みながら、笑みを浮かべていた。
そして思う。
水飛沫に小石を混ぜる狡猾さ。
思い切り自分の顔を蹴り抜こうとしたこの容赦の無さ。
小さな身体からは考えられぬ威力の蹴りだった。
もし、今の蹴りが顔面に直撃していたらーーー。
そう思った瞬間、テイラーのうなじの辺りの産毛が、ざわりざわりと逆立った。
浮かべていた笑みが、更に獰猛なものになった。
そして、心の底から楽しいと思った。
おい、トカゲ小僧。
良いぞお前。
おもしれぇ。
突如、テイラーは後ろに倒れ込む勢いをそのまま利用して、くるりとオランに背を向けた。
一瞬遅れて、テイラーの尻尾が、びゅおっと風を裂く音を立てながら、追撃の構えを見せていたオランに襲いかかった。
太い蛇がムチのように身体をしならせて体当たりをするがごとく攻撃である。
オランは咄嗟に、左肘と左膝を上げた。
テイラーの尻尾が、オランの身体の左側に激突した。
どごっ。
という音が鳴り響き、オランの身体が吹き飛んだ。
頭部は左肘で防御し、腹部は左膝で防御したものの、樹の幹で叩かれたような衝撃がオランの身体の芯にまで響いた。
「ぐっ……!」
オランは空中で歯をくいしばっていた。
左肘と左膝が痺れた。
やがてオランは地面に落下して、その上をごろごろと転がった。
間髪いれずに、テイラーがその後を追っていた。
オランが立ち上がった時には、テイラーはもう目の前にいた。
テイラーの右の拳が、オランの顔を目掛けて飛んで来た。
オランは頭を下げて、それを避けた。
避けた直後、テイラーは右拳をパッと開いた。
その右の掌で、オランの頭をがしっと掴んだ。
その瞬間、オランの背に、一気に戦慄と悪寒が疾り抜けた。
オランの頭を掴むのと、テイラーの左膝が跳ね上がるのはほぼ同時であった。
どっ。
という鈍い音が響き渡った。
オランのみぞおちの辺りに、テイラーの左膝がめり込んでいた。
「がはっ」
オランの口から空気が漏れた。
テイラーの左膝が、オランのみぞおちから抜けて、左足が地面に着いた。
左足が地面に着いたその瞬間に、再び左膝が跳ね上がった。
今度は、左膝がオランの顔面を狙っていた。
オランの頬に、テイラーの左膝がめり込んだ。
鋭い痛みと衝撃がオランの頭に響いた。
オランの口の中が切れて、血の味が広がった。
テイラーの左膝が、オランの顔から離れ、左足が再び地面に着いた。
直後、今度はテイラーの右脚が跳ね上がった。
右の前蹴りである。
どごんっ。
という重い音が響き、テイラーの右足がオランのみぞおちに深くめり込んだ。
オランは身体を「く」の字に曲げて真っ直ぐに吹っ飛んで行った。
背中から地面に落ちて、またごろごろと転がった。
「がはっ!」
オランは両手で腹部を抱えるようにして、血と空気を吐き出した。
苦しくて息が出来なかった。
オランが背中を地面に着けた時には、すでにテイラーは疾り出していた。
オランの本能が、このまま倒れていたらやられると告げていた。
オランは腹部の痛みを必死で耐えて、テイラーに向き直りつつ立ち上がった。
テイラーの右の拳が見えた。
オランは両腕を顔の前に上げた。
テイラーは助走を付けた勢いと全体重を乗せて、オランの顔を腕のガードごと思い切り殴った。
まるで自分の拳も砕けよと言わんばかりの、全く遠慮の無い純粋な力技であった。
シンプルに、ただ殴っただけである。
ゴォ!
という派手な音が鳴った。
テイラーの右の拳と、オランの腕の骨が激しく衝突した音であった。
その拳のあまりの威力に、オランの両腕のガードが弾かれたように顔の前から離れた。
オランの顔面が、がら空きになった。
次の瞬間には、テイラーの左の拳がオランの右の頬を打っていた。
鋭い左フックである。
ごっ!
と、また鈍い音がしてオランの頭を衝撃が貫いた。
オランが一瞬、ふらついた。
テイラーはその隙を見逃さなかった。
今度は右正拳であった。
渾身の右ストレートが、オランの顔面を真正面から捉えていた。
テイラーの右の拳が、オランの鼻先に一瞬だけめり込んで、オランの身体が後方へ吹き飛んで行った。
吹き飛んだ先に、大きな岩があった。
オランは背中から、その岩に激突した。
岩にぶつかった勢いで弾み、オランは地面にうつ伏せに倒れた。
テイラーは更に追い討ちを掛けようと走り出そうとした。
だが、ぴたりとテイラーの身体が止まった。
テイラーの本能が、走り出そうとした身体を止めたのである。
違和感を感じた。
なんだ? と思った。
うつ伏せに倒れているオランから、何か妙な気配を感じた。
直後。
倒れているオランの身体から、青いオーラが渦を巻きながら迸った。
そして、オランはゆっくりと立ち上がった。
鼻と口から、赤い血が、ぼたぼたと垂れていた。
眼の光が、変化していた。
テイラーを真っ直ぐ見据える瞳が、青く光っていた。
「!」
その青い眼の眼光を受けた瞬間、テイラーの本能は最大レベルの警戒音を発していた。
「瞳が青くなった……?」
言いながら、テイラーは腰を落とした。
先程までは攻めの姿勢であったが、今は迎撃の構えを取っていた。
「何なんだ?……お前」
言いながら、様々な考えがテイラーの頭を巡った。
何だ。
こいつ。
この青いオーラと青い眼は何だ。
まるで別人になったかのようだ。
そして今のこいつから感じるこの研ぎ澄まされた魔力は何だ?
この魔力なら。
この魔力で何か強力な魔法を使えば、あのカルタをも倒せるかも知れない。
やっぱりこいつか。
こいつだったのか。
犯人は。
沸々と、テイラーの中で怒りが煮え滾って来た。
テイラーの身体から、熱を帯びたオーラが更に放出された。
「……」
オランが、テイラーを見ながら右手の甲で鼻血を拭った。
じり、と、テイラーが僅かに右足を後ろに下げた。
下げた先に、手頃な大きさの小石が転がっていた。
テイラーはオランを見ながら、その小石を素早く蹴った。
小石が、弾丸のように真っ直ぐにオランの顔に向かって飛んで行った。
その飛んできた小石を、オランは右手で弾いた。
小石が、地面に落ちた。
同時に、オランの左手が動いていた。
左の掌を開いて上に向けて、天に向かってすくい上げるような動作をした。
相対していたテイラーは、この時、五感が極限まで研ぎ澄まされていた。
テイラーの超感覚は、オランが発動した魔法の攻撃の気配を、敏感に捉えていた。
目の前の地面が震えるのと同時に、テイラーは左側に向かって横っ飛びに跳躍していた。
直後。
地面から、突如として土で造られた腕が生えて来た。
その土の手が、テイラーの身体を捕らえようとして、伸びた。
間一髪で、テイラーはそれを避けていた。
テイラーは跳躍している最中、その土の手を驚愕の眼で見つめていた。
オランは、真っ直ぐに青い瞳でテイラーを見つめていた。
そして、今度はオランの右の掌が、下から上にすくい上げるような動作をした。
テイラーの背に、ぞくりと戦慄が走った。
地面から、もう1本の土の手が生え出て来た。
空中にいる以上、避ける事は出来ない。
その土の手は真っ直ぐに伸びて、テイラーをがっちりと掴んだ。
直後。
オランは両手を軽くクロスさせた。
最初に出て来た土の手と、後から出て来てテイラーを掴んでいる土の手が、互いに引き寄せられるように移動した。
そして、2本の土の手は、両手でテイラーの身体を包み込むようにして挟んだ。
あの日、オランが実際に受けた技であった。
「くっ!」
テイラーは歯を食いしばった。
土の手がテイラーの身体を握り潰そうと圧を強めて来た。
みしりみしりと、全身の骨が軋み始めた。
「ぎっ……!」
テイラーは全身に力を込めた。
額に汗が浮いていた。
少しでも気を抜いたら、その瞬間に身体が潰れそうだった。
オランが、両方の掌を、ぐっと閉じた。
土の手で、テイラーを握り潰すつもりだった。
殺す事に、何の躊躇も無かった。
土の手がテイラーを押し潰そうとする圧力が、更に強くなった。
テイラーの眼に、更に光が宿った。
凶暴な眼で、オランを睨み付けた。
おい。
トカゲ小僧。
こりゃなんだ。
青い時は魔法が得意なのか。
くそが。
魔法を使えるのが自分だけだと思ってんのか。
舐めんな!
「おぉぉおあああっ!」
テイラーが吠えた。
直後、大気が震えた。
テイラーの身体から、黒い霧のような魔力が渦を巻いて迸った。
次の瞬間。
がぱっ、と、両方の土の手が互いに引き離されるように開いた。
その土の手と土の手に間に、両腕と両足を目一杯左右に広げているテイラーがいた。
テイラーは土の手を、力ずくで押し除けたのである。
その体勢から、全身のバネを使って素早く跳躍して土の手から脱出した。
土の手が、崩れた。
オランの魔法が解除されたのである。
魔力が尽きかけていた。
オランは驚愕の表情でテイラーを見ていた。
テイラーの全身から、黒い霧状の魔力が渦巻いていた。
全身の筋肉に、びきりびきりと血管が浮き始めた。
今、テイラーはティーレックス一族に伝わる特殊魔法を発動していたのである。
自分の持つ魔力をパワーに変換して、一時的に身体能力を数倍から数十倍に跳ね上げる魔法。
「この野郎。死ぬかと思ったじゃねぇか」
眼は殺気立っていたが、口元は楽しそうに笑っている。
次の瞬間、テイラーが僅かに腰を落とした。
全身から渦巻いている黒い霧のような魔力が、その動きに合わせて僅かに揺らいだ。
直後。
テイラーは思い切り大地を蹴って、その推進力でオランに真っ直ぐに突っ込んだ。
蹴った部分の地面が、何かが爆発したように弾けて後方に石飛礫が吹き飛んで行った。
この時、オランが顔の前に腕を上げていたのは、幸運だったと言える。
テイラーが飛び出すと同時に、オランは無意識にクロスさせた腕を顔の前に上げて顔面を防御した。
その腕に、テイラーの右の拳が衝突した。
ドゴォ!
と、今までより遥かに派手な音が鳴り響いた。
同時に、めきりっ、という何かが砕けるような音が響いた。
オランの身体が、暴風に吹かれたように真っ直ぐに後方に吹き飛んだ。
森の中の太い樹に背中から衝突した。
太い樹が激しく揺れて、上から枝や葉や虫などが落ちて来た。
オランの瞳から青い光がふっと消えて、通常の茶色い瞳に戻っていた。
後頭部を樹に打ち付けた為か、意識がぼんやりとしていた。
両腕の感覚が、おかしかった。
激しく痛むような、痺れているような、それでいて何も感じていないような。
ゆっくりと近付いて来るテイラーが見えた。
立たなきゃ。
立たなきゃやられる。
オランは自分を奮い立たせて、樹につかまりながら立とうとした。
その瞬間、オランは転んだ。
「?」
おかしい。
身体がおかしかった。
上体だけ起こして、ふと両腕を見た。
右の手首から肘にかけての中間の骨が砕けて折れて、皮膚を突き破って白い骨が露出していた。
テイラーの
「……っ!」
自分の右手の惨状を見た瞬間、激痛が襲って来た。
涙が浮かんだ眼をふと上げると、目の前にテイラーがいた。
テイラーの身体から渦巻いていた黒い霧が、しゅうぅぅとゆっくりと消えていった。
テイラーが
上体のみを起こしているオランの目の前で、テイラーは足を止めた。
そして、見下ろしながら言った。
「まだやるか?」
オランは答えなかった。
肩で息をしながら、真っ直ぐに、茶色の瞳でテイラーを見上げていた。
「ふん。さっきのお前の地属性の魔法、危ないところだったぜ。他にもああいう事が出来るんなら、カルタだってやられちまうかも知れねぇな」
テイラーが、ゆっくりと語り掛けるように話し始めた。
「お前、雷跳も使えるんだろ? 体術も一流で魔法も一流と来たもんだ。お前、何者だ?」
ボロ雑巾のように傷ついた身体と顔で、オランは真っ直ぐにテイラーを見つめた。
「なぜ、俺の仲間達を狙う? 目的は血か?」
「……き、君の……」
ここで、ようやくオランは言葉を発した。
「仲間達が消えた……っていう話には、僕は無関係だよ……本当に、知らない」
「……」
テイラーは、真っ直ぐにオランの茶色の瞳を見つめた。
嘘は言っていないなと思った。
直感だった。
「じゃあ、お前と一緒にいたというヒュームが犯人なのか?」
「それも多分……違うと思う。だから、ヒミコを返して」
「返してと言われても知らん。俺たちだってそいつを探してんだよ」
「……本当に?」
「ああ。とりあえずお前、俺と一緒に来い。仲間達のところへ連れて行く」
「……」
「その怪我だ。これ以上は戦う必要は無ぇだろ? 抵抗しねぇで大人しく従え。抵抗するならお前が気絶するまで殴らなきゃならん。そんな胸糞悪い弱い者いじめはしたくねぇんだよ」
「どうして、僕を連れて行くの……?」
「俺はもうお前を疑っちゃいねぇが、俺の仲間たちが疑っている。だが大丈夫だ。あいつらも馬鹿じゃない。すぐに疑いは晴れる。そしたらお前は自由だ」
「……」
オランはしばらく、考え込んだ。
そして、ある疑問がよぎった。
それを、口に出した。
「君の仲間を襲っている誰かがいるとして……もしかしてヒミコも……そいつに襲われたんじゃ」
「ああ。その可能性も無い訳じゃない」
ふらふらと、オランは立ち上がった。
粉砕骨折された腕が激しく痛んだ。
先程から、自分の怪我を治そうと念じてはいるのだが、全く出来る気配がなかった。
治癒魔法を発動する為の魔力が無いのかも知れない。
オランの顔が、苦痛に歪んでいた。
「とりあえずその怪我を治すか。見てて痛々しい」
テイラーが、オランの砕け折れた腕を見ながら呟いた。
「え?」
この男は治癒魔法も使えるのか、とオランは思った。
そんな事を考えているオランの表情を見て、テイラーは笑った。
「はっ! 治すのは俺じゃねぇよ」
「……?」
すると突然、テイラーは後ろの森を振り返って、叫んだ。
「おい。デノニク、リンクス。いい加減出てこい。それで隠れているつもりか」
瞬間。
森の中の梢枝ががさりと揺れた。
直後、何か動物が動くような音が鳴った。
その直後、樹の後ろから2つの影が出て来た。
その2つの影は、魔物であった。
1つは、ラプトルの魔物、デノニク=ヴェロキラ。
そしてもう1つは。
「いつから気付いていたの?」
女の声だった。
翼竜ランフォリンクスの魔物。
名を、リンクス=ランフォリンといった。
妖艶な雰囲気を纏った、顔立ちの整った魔物であった。
背が、すらりと高い。
身長169センチのデノニクよりも、20センチ程高かった。
「最初からだよ。俺の超感覚を舐めんなよ」
テイラーが不敵に笑いながら言った。
「そうなるともう、コンピ以外、誰も王子を尾行する事は出来ないなぁ」
リンクスが、口を尖らせながら言った。
「ふん」
その会話を聞いて、オランは少しきょとんとした。
王子?
この魔物は、王子なのか?
ん?
あの男は……。
誇らしげに笑っているテイラーの後ろに、見覚えのある顔がある事に、オランは気付いた。
あ、と心の中で声を上げた。
あの時の魔物であるという事を、すぐに思い出した。
「よぉ。トカゲ小僧。また会ったな」
デノニクの方から先に声を掛けた。
びくりと、オランが少し身体を震わせた。
「戦いを見ていたぞ。やっぱりお前は只者じゃないようだな」
デノニクの言葉は、本心であった。
このトカゲ小僧は、戦闘に関しては稀に見る逸材だと思った。
そして、今現在、こうして囲まれても怖気付くどころか、眼の奥に闘志を漲らせる。
こいつは、相当の大物になると思った。
「ああ。只者じゃねぇ。こいつ俺に力(ストレングス)を使わせやがった」
テイラーが、僅かに笑いながら言った。
テイラー、リンクス、デノニクの3人の魔物が、一斉にオランを見下ろしていた。
その視線を受けて、オランの意思とは無関係に、オランの瞳に警戒と嫌悪の光が宿った。
魔物に対する、憎悪の光。
オランが本能的に持つ、魔物に対する攻撃的な光だった。
「大丈夫だよ。安心して」
そう言いながら、リンクスはしゃがみ込んでオランと視線の高さを合わせた。
そして両手で、オランの肩に触れた。
リンクスの腕から緑色の光が溢れ出し、その光がオランの身体を包み込んでいた。
しゅぅうううと音を立てながら、オランの全身の傷がみるみる内に治っていった。
砕かれた右腕の骨も、瞬く間に治った。
暖かくて気持ちが良かった。
強力な治癒魔法だ、とオランはすぐに分かった。
「あ、ありがとう……」
気が付いたら、オランは礼を言っていた。
「ふふ。どういたしまして。君も可愛いね。お名前はなんていうの?」
「……オラン」
「オランくん。君は凄いね。何か武術を習っていたの? それと、あの地属性の魔法も、高度な技だよ。魔法も得意なの?」
「……ま、魔法は得意じゃないけど……土の手は、前に一度見た、というかくらったから……なんか知らないけど出来た」
「ふ〜んなるほど。オランくんは一度見たり体験した魔法を使えちゃう天才タイプか」
リンクスはにやりと笑いながら、テイラーの方に視線を移した。
「
リンクスに言われて、テイラーはぶっきらぼうに言った。
「知るか」
そして、テイラーはオランに向き直って真っ直ぐに目を見て言った。
「おい、おめぇ、逃げようとしたりするんじゃねぇぞ」
「……」
オランは無言で頷いた。
逃げようとしても無理だろうなと思った。
今、自分を取り囲んでいる魔物達の実力が、ひしひしと伝わって来る。
この魔物達は、ガララパゴスにいた魔物達と全然違う気がする。
あの怖かったイグオでさえ、今ここにいる魔物に比べたら優しく感じる。
この大陸を支配している恐竜の魔物というのは、皆これほどに強く怖いのだろうか。
ヒミコはもしかして、このような強い何者かに捕らえられているのではないか。
ヒミコは今、どこにいるのだろうか。
無事でいて欲しい。
心からそう思う。
不気味な靄のような不安が、オランの胸を満たしていた。
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