第13話 魔法の話

 おや。

 よく来たね。

 なに?

 私に魔法の話を聞いて来いとお父さんに言われた?

 まったくあの男は。

 私も暇じゃないんだが。

 ふむ。

 そうだな。

 まぁいいだろう。

 魔法を使う上でその歴史や性質を知る事はとても重要だ。

 

 どれ。

 君の魔法を少し見せてもらえるかね。

 おや?

 まだ基本も出来ていないようだが。

 なに?

 今日初めて魔法の修行をして今終えて来たとこ?

 そうだったのか。

 相変わらずのスパルタだな君のお父さんは。

 まぁいい。

 

 今の君の状況も考慮して説明しよう。

 魔法を発動する為の体力の事を、魔力と言う事は君も知っているよな。

 そして魔法そのものの威力の事を、魔法力と言う。

 その通り。

 君が先ほどどれほどの修行をして来たのか知らないが、今の君は魔力が尽きている状態だ。

 この状態では、どんなに頑張っても魔法は使えない。

 休息を取るか、特別な道具を使うか、特別な物を身体に取り入れるかして魔力を回復させる必要があるのだ。

 まぁ、魔力が枯渇した状態でも魔法を使う方法はあるにはあるが、君はまだ知らなくていい。

 

 さて。

 それでだ。

 魔法を使う上では、自分の現在の魔力と相談する事がとても重要になってくる。

 そう。

 賢い君なら分かるだろう。

 基本的に、魔法の威力の大きさと消費する魔力の量は比例するのだ。

 指先に小さな炎を灯すのと、巨大な火球を創り出し撃ち出すのとでは消費する魔力はまるで違う。

 小さな擦り傷を治癒するのと、損傷した内臓を治癒するのとでは、最早別種の魔法と言えるぐらいに違うのだ。

 

 そう。

 戦闘においては魔力の絶対量が多い方が圧倒的に有利だ。

 なので君のように戦いの日々を送る事が運命づけられてしまっている者は、魔力の絶対量を増やす事が必須なのだ。

 そして魔力を増やす方法だが、これがまた不可思議で、面白くてね。

 様々な方法があるのだよ。

 

 個人個人で得意不得意の魔法の属性があるように、魔力を高める方法も個人個人でまるで違うのだよ。

 自分にとって1番しっくり来る方法を探さなくてはならない。

 まぁ、最も多い方法は、魔法の基礎練習を繰り返し行う方法だ。

 慣れて来るに連れて、鍛錬の時間や精度を上げて行く。

 この方法なら誰でも確実に魔力を増やすことが出来る。

 最も一般的で確実だ。

 失敗は無いと言っていい。

 

 次に多いのは瞑想だな。

 瞑想して魔力を増やすのだよ。

 寺院や教会に所縁のある者はこの方法で高める事が多い。

 一見簡単そうに見えるが、何時間も瞑想し続けるのはなかなかキツイぞ。

 

 その次に多いのが、戦闘経験を積む方法だ。

 特に好戦的な性格であれば、戦闘を繰り返すたびに魔力がどんどん上がって行く事も少なくない。

 このタイプは、実力が拮抗したギリギリの戦闘を行うと飛躍的に魔力が増えていたりする。

 更に死の淵から這い上がって来ると爆発的に魔力の絶対量が増えている場合が多い。

 

 そして更に特殊な例もある。

 身体を鍛えたら魔力も上昇したという者や、魔法に関する書物を読んでいたらぐんぐん魔力が上がったという者も過去にいたんだ。

 これらは極めて珍しい例だが、確かに実在した。

 こういうところが魔法の面白いところだよ。

 これだから魔法の研究は辞められん。


 え?

 ああ、そうだ。

 魔法は才能や素質という要素が非常に大きい。

 生まれつき魔力が多かったり少なかったりは当たり前だ。

 身長が高い者と低い者がいるのと同じだよ。

 中にはまったく魔力を持たずに生まれて来る者もいるのだ。

 普通に考えれば、魔力を持たない者や少ない者は圧倒的に不利だ。

 だが。

 それも一概には言えないんだな、これが。


 魔力の絶対量が少ない者でも、魔法の威力を飛躍的に高める方法がある。

 それは、魔法の発動に条件や制約を設ける方法だ。

 雨の日にしか使えない魔法とか、限られた範囲の中でのみ発動する魔法、とかね。

 その条件と制約が厳しいものであればあるほど、魔法力は加速度的に高まっていく。

 その最高峰とも言えるのが、自分の命と引き換えに発動するタイプの魔法だな。

 命を犠牲にするのだから、その威力、効果は凄まじいものとなるのは、想像に難くないだろう。

 

 そして、更にだ。

 生まれつき魔力を全く持たない者は、魔力を持つ者には絶対に勝てないかというと、そうでもない。

 いいかね。

 生命には必ず気というものが流れている。

 血液のようにね。

 その気はオーラとも呼ばれている。

 オーラとは生命エネルギーの事だ。

 オーラに溢れる者は生命力に漲り、あらゆる困難に臆する事なく立ち向かう精神力を持つ。

 魔力を全く持たない者は、このオーラが豊富な傾向がある。

 

 面白い事に、凄腕の魔法使いを、魔力を全く持たない者が打ち破ったという事例がある。

 なんとその戦いは、魔力を持たない者が、相手の魔法攻撃を肉体の強さと精神力の強さでただ単純に耐え続けて、一瞬の隙を突いてただ思い切り殴って決着が着いたという。

 極限まで鍛え抜かれたシンプルな「力」というのは本当に、純粋に強いのだろうな。


 え?

 魔力も豊富で、オーラも豊富な者が最強じゃないかって?


 そう。

 まったくその通りだ。

 それが最強だ。

 皆それを目指して、各々の修行に励んでいるのだよ。


 さて。

 そろそろ私の大好きな特殊魔法について語ろう。

 どんなに魔力が多くても魔法の天才でも、条件が揃わなければ決して習得出来ない魔法。

 それが特殊魔法だ。

 

 その条件とは、遺伝、特殊な体内器官の有無、育った環境、特別な儀式など様々だ。


 そして魔法学者達は、特殊魔法を大きく3つの階級に分類した。

 第一級が最も希少で、第三級は目にする機会が比較的多い。

 

 第三級から説明して行こうか。


 まず、第三級。

 このグループの特殊魔法は肉体や物体を変異させるものが多い。

 透明化の魔法。

 変身の魔法。

 肉体強化の魔法。

 幻惑魔法。

 毒、麻痺。

 巨大化、縮小化の魔法等だ。

 確かにこれらの魔法は、さほど珍しくはない。

 

 体内に毒を生成する器官を持つ者は高確率で毒魔法が使える。

 そして面白い事に、身体の大きな種族、つまり巨人族ギガントや恐竜の魔物、魔族の巨大種などは、ごく当たり前のように縮小化の魔法が使える傾向にある。

 これは普段は身体を縮小させていた方が、何かとメリットが多いからだろうと言われている。

 元々身体の小さな者が身体を巨大化させるのは莫大な魔力を消費するが、その逆はほとんど魔力を消費しないという理由も大きいだろうな。

 

 続いて第二級。

 このグループは、呪いや封印の類が多いな。

 呪いの効果は様々なものがある。

 石化。

 魔力封印。

 対象の行動を完全に支配する呪い。

 何らかの行動を制限する呪い。

 それらを解く解除の魔法、など。

 封印の種類も実に様々なものがある。

 魔力のみを封印、視覚や聴覚などの感覚器官の一時的な封印、ある一部の能力のみの封印などね。

 そしてその解除の仕方も様々な種類があるが、一般的に、封印を掛けた術者以外の者がその封印を解くのは、相当の魔力と知識と高度な魔法力を待たなければ成し遂げる事は出来ない。

 他者が掛けた魔法を解呪出来る者は、相当の実力者と見て間違い無いだろう。


 さぁ第一級だ。

 ここに属する魔法は、生命や魂に関係するものが多く、それに高速移動、瞬間移動の類が含まれる。

 その能力は極めて強力だ。

 死者蘇生。

 死霊使役。

 老化を著しく遅くする。

 生物を急成長させる。

 生物の遺伝子を操作する。

 物体に生命を与える。

 あらゆる物を融合させる。

 瞬間移動。

 高速移動。

 などだ。

 死者蘇生は肉体が残っていればその者を蘇生する事が出来る。

 死体の損壊や腐敗がどの程度までなら蘇生出来るのかは、はっきりしていない。

 が、この広い世の中には、どれだけ死体が損壊していようと蘇生出来る魔法使いも存在するらしい。

 素晴らしいが、恐ろしい事だよな。


 死霊使役は、死霊、死んだ者の魂を元の朽ちた身体に宿らせ、意のままに操る魔法だ。

 死者蘇生と違い、身体が朽ちていても骨だけになっていても宿す事が出来る。

 この魔法の使い手は、ネクロマンサーと呼ばれたりする。


 そして高速移動。

 そうだ。

 君の一族お得意の雷跳も、第一級の特殊魔法なんだよ。

 移動系の魔法というのは本当に便利なものだ。

 考えてみたまえ。

 馬車で何日も掛けて行くような離れた場所や、船で数日間の航海をしてようやく辿り着けるような場所に、ものの数秒で行けてしまうのだぞ。

 

 凄いよな。

 うむ。

 魔法というのは、たくさんの恩恵を与えてくれる素晴らしい力である。

 しかしだ。

 同時に、破壊と滅亡を引き起こす呪いの力でもあるんだ。

 例えばだ。

 人混みの中で、精神がおかしくなった者がいきなり攻撃魔法を使ったらどうなるだろうか。

 善悪の区別がつかない子供が強力な魔法を使えてしまったらどうなるだろうか。

 恐ろしい事になるよな。

 

 だから、魔法というものは絶対に使い方を間違ってはいけない。

 遺伝の影響で強力な魔法を使える子供がいたのなら、周囲の大人がしっかりと導いてやらねばならない。

 自らの魔力に飲み込まれた者は、やがて倫理も秩序も理性も無い闇そのものになってしまう。

 

 そう。

 君も知っているだろう。

 人間も亜人も魔物も魔族も、魔力を持つ全ての生物は皆平等にリスクを抱えている。

 

 あらゆる物事は等価交換でありプラスマイナスゼロになる法則の通りに、魔法がもたらす全てのプラスを、そのリスク1つだけでゼロに釣り合わせてしまう最凶の爆弾が存在する。

 

 それは、魔力が生み出した邪悪な修羅。

 

 魔邪羅まじゃらだ。



ーーーー



 「なにそれ?」


 自分が寝言を発するのと同時に、オランは目を開けた。

 また、妙な夢を見ていたようだ。

 今のは誰だろう。

 眼鏡をかけた壮年の男だった。

 特徴的の青い髪をしていたが、マイケ=ムーンウォーカーではなかった。

 明らかにマイケよりも歳を取っていた。

 誰だろう。

 知っているような気がするが、名前が出て来ない。

 それに。

 最後に言った、聞き慣れぬ言葉。

 妙に心に引っかかる言葉だった。


 考えていると、オランは洞窟に流れて来る早朝の空気を感じた。

 同時に、何か違和感を感じた。

 静か過ぎる。

 オランは上体を起こした。

 洞窟内は湧き水が滴る音が響くのみで、全く誰の気配も感じられなかった。


 「ヒミコ……?」


 思わず、オランは名を呼んだ。

 しかし洞窟の中にはいないみたいだった。

 どこに行ったのだろう。

 トイレだろうか。


 オランは洞窟の外に出た。

 早朝特有の澄んだ空気が満ちていた。

 小鳥達の声が、森に鳴り響いている。


 「ヒミコ」


 もう一度名前を呼んで、オランは周囲をきょろきょろと見回した。

 だが辺りは森のざわめきと、小鳥のさえずりが聞こえるばかりであった。

 どこに行ったのだろう。

 オランは昨晩の事を思い出していた。

 2人で星を見た後、すぐに眠りについたはずだ。


 「どこに……」


 呟いた瞬間、ふと、オランの頭にあのラプトルの魔物達の姿が頭に浮かんだ。

 どきりと、オランの心拍数が上がった。

 まさか。

 ヒミコはトイレか何かの用で洞窟の外に出て、その時に敵に襲われたんじゃーーー。


 オランは自然と、昨日魔法の練習をしたあの河原へ足を運んでいた。

 昨日、3匹の魚が乗った岩があった。

 だが、ヒミコの姿は見当たらない。

 とりあえずオランは、屈んで川の水を少し飲んで喉を潤した。

 もう一度、洞窟の方に行ってみようと思って立ち上がった。

 その時。


 「よう。トカゲ小僧」


 オランの背後の上方から、声がした。

 心臓がどきりと跳ね上がった。

 体温が一気に上昇した。

 オランは、後ろを振り向いた。

 そして目線が上の方を向いた。

 オランから5メートル程離れた樹の枝の上。

 そこに、初めて見る魔物がいた。

 自分よりは歳上だが、まだ子供の魔物だと、オランは感じた。

 

 その魔物は、ティラノサウルスの魔物。

 テイラー=ティーレックスが、樹の枝の上に立っていた。

 右手を太い幹に着いて、左手に摘んだ白い布を、鼻に当てていた。


 「この布に着いた匂いがこの辺りで一段と濃くなったんだが、お前じゃねぇな。だとするとこの布の落とし主はお前と一緒にいた人間(ヒューム)か?」


 テイラーはそう言うと、白い布を懐に仕舞い込んだ。

 直後、すとっ、と、枝から飛び降りた。

 運動神経の良さを感じさせる、羽毛のような身軽な着地であった。

 

 「……!」

 

 オランは身構えると同時に、この魔物の姿を観察した。

 なんだ、この魔物。

 恐竜だろうか。

 だけど、この前の奴らとは違うーーー。


 「ヒュームはどこだ?」


 言いながら、テイラーが堂々と歩いて来た。

 

 「ヒューム?」

 

 オランは警戒しながら聞き返した。

 

 「とぼけんじゃねぇよ。一緒にいただろ?」

 

 「!」

 

 ああ、ヒミコの事かとオランは思った。

 そして、震える声で言った。

 

 「さっき……いない事に気付いたの」

 

 「あん? いねぇのか?」

 

 「うん。きみ達が誘拐したんじゃないの? 返して」

 

 オランの声が震えていた。

 心臓の音がうるさい程に耳に響いている。

 

 「返してだと? 寝ぼけんなよ。てめぇらも俺の仲間を散々消してるくせによ」


 「?……え?」

 

 「まぁいい。話は後でゆっくり聞いてやるよ」

 

 「!」

 

 テイラーが、全く遠慮なく平然とオランに向かって歩いて来た。

 先程から漲らせていた闘志と殺気が、更に色濃くなった。

 凄まじい目の光だった。

 睨まれるだけで相手がショック死しそうな、凶悪な眼光。

 オランは、その眼光を真正面から受けた。

 直後。

 どくん、と。

 心臓が高鳴った。

 オランの内部から、沸々と獰猛な感情が湧き上がって来た。

 相手から敵意を向けられると、自分の中で何かが沸騰するこの感覚。

 ピンキーを怪我させてしまった事で膨れていた罪悪感が、瞬く間に心の奥底に沈んで行った。

 

 今、目の前にいるこの魔物は、明らかな敵意を持って、僕を壊そうとしているーーー。

 ならば。

 その前にーーー。


 オランも、真っ直ぐにテイラーを見返した。

 その視線に、凶暴な光が宿った。


 「!」


 テイラーは、オランのその視線に込められている暴力性を感じ取った。

 そして、思った。

 あれ。

 へぇ。

 こいつ。

 俺を殺る気満々じゃん。

 

 直後。

 テイラーが浮かべていた好戦的な笑みに、更に獰猛さが加わった。

 瞬間。

 どう、と音が鳴った。

 テイラーの身体から、沸騰した蒸気のように闘志と殺気が噴出した。

 周囲の木々に止まっていた小鳥達が、一斉に空へと飛び立って行った。

 オランとテイラーとの距離は、もう2メートルも無かった。

 周囲の空気が、凄まじい速度で張り詰めて行った。

 

 そして。

 テイラーとオランは互いの間合いに入った。

 テイラーの身体は、オランよりもふた回りほど大きかった。

 その時。

 再び、どう、と音が鳴った。

 今度は、オランの身体からも闘志が勢いよく迸った。

 禍々しい光景だった。

 オランから迸っているオーラが、透き通った赤い色をしていた。

 そして、瞳が燃えるような真紅に輝いている。

 その瞳に、研ぎ澄まされた刃物のような殺気が込もっていた。

 

 「!」

 

 一瞬、テイラーは驚愕し眼を丸くした。

 これか、と思った。

 ラプトル隊の報告にあった通りだ。

 瞳が赤くなると凶暴になるらしい。

 だが。

 赤い瞳や赤いオーラも、今はどうでもいい。

 重要なのは、このトカゲ小僧が、明らかな殺意を込めて俺を睨んでいる事だ。

 そして、今から始まる闘いがぞくぞくするようなスリルに溢れている事も、重要な要素だ。

 

 テイラーの中に流れる凶暴な血が、熱く滾った。

 そして、テイラーは牙を剥き出して笑った。

 笑うと同時に、テイラーの右脚がオランの顔面に向かって跳ね上がっていた。

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