第5話 予知
ガララパゴス諸島の天には青空が広がっていた。
穏やかな風が吹き抜けている。
波の音と海鳥達の声が、島の平和を物語っていた。
離れ小島の海岸に、中型犬程の大きさのトカゲの魔物が座って海を眺めていた。
白い布で作られた簡素な衣を着ている。
オランである。
年齢は、5歳。
顔はまだ幼いが、身体付きが少し逞しくなっていた。
ふと、オランは視線を下に向けた。
座っている岩の上に、1匹の小さな蟹がよじ登って来ているところだった。
オランはその蟹を、ひょいとつまみ上げた。
蟹が、ぷくぷくと泡を吹いて必死で手足を動かしていた。
その蟹を、じっと見つめながら、思う。
どうしてだろう。
蟹や魚や小鳥達を見ても何とも思わないのに。
虫や小動物達を見たって何も思わないのに。
でも。
どうして魔物達を見るとあんなに嫌な気持ちになるんだろう。
もし今、目の前にいるのが蟹の魔物だったのなら。
オランの指に挟まれた蟹の動きが、更に激しくなった。
無意識のうちに、蟹をつまんでいる指に力が入ったのである。
「あ、ごめんね」
言いながら、オランは蟹を海に放そうとした。
「それ、いらないのかい?」
突然、オランの真横から声が聞こえた。
声のする方を向くと、ジョース=ホオジロが海面から顔を出していた。
「ようオラン」
ジョースが、いつもの無邪気な笑顔で言った。
「やぁ、ジョース」
挨拶を返したオランが、自然と笑顔になった。
オランはジョースの事が大好きだった。
母親にはなかなか言えない事も、カメジにもアミダにも言えない事でも、ジョースになら遠慮なく相談する事が出来た。
親友と呼べる信頼関係が、ジョースとの間にはあった。
「その蟹、食べないのかい?」
オランに指で摘まれている蟹を見ながらジョースが聞いた。
「蟹なんて食べた事ないよ。ジョースはよく食べるの?」
オランはジョースの顔を見ながら聞いた。
「食べるさ。オランも食べてみなよ。美味しいよ」
「いやだよ。可哀想だよ」
「可哀想? オラン、きみは普段何を食べているんだい?」
「果物とか木の実とか。あと虫かな」
「それらは可哀想じゃないのかい?」
「え? 可哀想じゃないよ」
「どうしてだい? 果物や木の実や虫だって生き物だよ」
「それはそうだけど……」
オランは思った。
確かに、果物や木の実、虫だって生きているのにどうして可哀想とは思わないのだろうか。
蟹と何が違うのだろうか。
蟹みたいに動かないから?
動くものは可哀想?
けど、虫は動く。
動くけど、虫は小さいから可哀想に思わないのだろうか。
この蟹だって小さいじゃないか。
何が違うんだろう。
「生きていく為に感謝して命を頂く。それで良いじゃないか」
オランがごちゃごちゃと考えているのを見かねたジョースが言った。
「俺たちは命を食べて生きているんだ。俺たちの身体は誰かの命で出来ているんだよ、オラン」
「……」
それは、知っていた。
そういう事は、マイアから聞かされていた。
だが、なぜだか今ジョースに言われた方が心に響いた。
「君は成長期だ。動物性タンパク質は重要だよ(ってアミダが言ってた)」
「どうぶつせいたんぱくしつ?」
「そう。果物や木の実にも大切な栄養があるけど、お肉からしか取れない栄養もあるんだよ(確かこんなような事を言ってた気がする)」
「ふぅん」
「その蟹は、感謝を込めて食べた方が良いよ」
「……」
オランは指でつまんだ蟹をじっと見つめた。
相変わらず蟹は諦めずにじたばたともがいている。
蟹も、生きる為に必死で自分に抗っているのだと思った。
その生への執着と不撓不屈の精神、エネルギーを取り入れてみたいと思った。
「ごめんね、蟹さん。頂きます」
オランは心からの感謝を込めて蟹に言った。
そしてその蟹を、口に放り入れた。
ぱきっ、と噛み砕くと、口の中に濃厚な液体と潮の香りが広がった。
それら全てをオランは飲み込んだ。
何か高温のエネルギーが、じわじわと漲って来るような気がした。
「美味しいよなぁ。蟹」
ジョースが言った。
「うん。美味しい」
オランが答えた。
「あ、そうだ、ちょっと待ってて」
ジョースはそう言うと、とぷんと水中に潜って行った。
オランはその場で、先程までジョースがいた海面を眺めていた。
およそ1分後。
海面が少し盛り上がったかと思うと、ジョースが再び顔を出した。
両手に1匹ずつ、小魚を握っていた。
「魚は食べた事あるかい?」
「な、ないよ」
ジョースの突然の問いに、オランは答えた。
「魚は本当に素晴らしい食材だよ。美味しいし、そしてこういう小魚はカルシウムもたくさん摂れるんだ(ってアミダが言ってた)」
「かるしうむ?」
「そうさ。君の骨を強くしたり身体を大きくする栄養のひとつだよ」
「へぇ〜」
「さっ、食べてみな」
そう言って、ジョースは右手を差し出した。
掌の上で、10センチ程の大きさの小魚がピチピチと跳ねていた。
「どうやって食べるの?」
「こうやってさ」
オランが聞くと、ジョースは左手に持っていた小魚を自分の口に放り込み、ごくんと飲み込んだ。
「僕の口はジョースみたいに大きくないから、そんな食べ方出来ないよ」
「そのままかぶりつけば良い」
ジョースは、差し出している右手を更にオランに近付けた。
オランは差し出された小魚を、両手で受け取った。
小魚の頭が、オランの方を向いている。
小魚がびくびくと暴れる感触が、オランの両手に伝わって来る。
オランが、小魚の顔をじっと見つめた。
目が合っているのか合っていないのかよく分からなかった。
だが、ずっと見ていると、なんだか無性にかじりつきたくなってきた。
先程蟹を食べた影響なのか、肉食動物としての本能が目覚めつつあるのかも知れなかった。
「お魚さん。いただきます」
オランはそう言うと、小魚にかぶりついた。
次の瞬間には、小魚の上半身がなくなっていた。
オランはしばらく咀嚼してから飲み込むと、残りの下半身も全部口に入れた。
あっという間に平らげてしまった。
「どうだい? 美味しいだろう」
ジョースが聞いた。
「うん。美味しい。」
オランは言いながら、口の周りをペロリと舌で舐めとった。
「いま、君が食べた蟹と小魚は、君の血や肉となって、君の身体を大きくし、君を強くするんだ」
「強くするの?」
「そうさ。君が頂いた命が、君の身体に宿って力になるのさ」
「……」
「オラン、君は優しくて強い。食べ物を粗末にする奴がいたら、怒って良いんだ。そういう理由なら、マイアだって許してくれるさ」
「ダメだよ。僕は周りを危険に晒してしまうから、怒るのは我慢しなきゃいけないんだ」
「悪い奴には怒っていいんだよ」
「悪い奴って?」
「そうだな、まず、食べ物を粗末にする奴だな」
「そんな奴いるの?」
「いるんだよ世の中には。あと、君の大切な者を傷つける奴だ」
「大切な者……」
「そう。大切な者を守る為に、君は強さを持っているんだ」
「……守る為なら、怒っても良いの?」
「そうなんだよ。相手が力で来たらこちらも力で迎え撃つしかないんだ。守るという事は、戦うという事なんだよ」
「僕、戦いなんてした事ないよ」
「ハハッ! そうだったな!」
「……」
何が可笑しくてジョースが笑ったのか、オランには分からなかった。
その時。
2人が座っている岩の目の前の海面が、突然盛り上がった。
海中から、黒い影が水飛沫を上げながら飛び出して来た。
その影は飛び出した勢いで飛翔し、岩の上に着地した。
黒い体色の魔物が、水を滴らせながら2人を見下ろしていた。
ウミイグアナの魔物。
イグオ=ウミーグアノであった。
「!」
オランの緊張度が、一気に跳ね上がった。
反射的に、座った姿勢から片膝をついた姿勢へと転じていた。
「やぁイグオ。どうした?」
ジョースが、イグオに陽気に声を掛けた。
さりげなく、左の掌をオランの方に向けていた。
その掌が、落ち着け、とオランに言っていた。
「……長老が呼んでいる。東の海だ。モッさんが来てる」
「モッさんが? ここに来るなんて珍しいな。何かあったのかな」
「……知らん」
イグオはぶっきらぼうにそう言うと、すぐに海の方を向いた。
海の方に向く時、イグオは一瞬だけオランを見た。
オランも、ずっとイグオを見ていた為に、2人の目があった。
イグオの鋭い目付きと交錯した瞬間、オランはどきりとした。
無意識のうちに、身体が身構えていた。
片膝をついたまま、いつでもどの方角に転がれるような体勢を取っていた。
いつ攻撃されても、回避行動が出来る姿勢である。
このような反応を、誰かに教えてもらったわけでは無い。
身体が勝手に動いていたのである。
オランの本能的な部分に、魔物は無条件に襲って来る存在、と刻み込まれているかのように、反応してしまうのである。
しかしイグオはすぐに視線を切り、何も言わずに海へと飛び込んで、すぐに見えなくなった。
オランはしばらくそのままの姿勢で、イグオが飛び込んだ海面を、茶色の瞳で見つめていた。
「オラン、もう大丈夫だよ。怖い顔をしたお兄さんは海に潜って行った」
「……うん」
オランの表情が、先程よりも暗くなっていた。
カメジ、アミダ、ジョースと母親以外の魔物を見ると、どうしても気持ちが沈んでしまうのである。
ガララパゴス諸島に住むほとんどの魔物達は、今でもオランに対しての警戒心が消せずにいた。
その警戒心や、僅かな嫌悪感を、オランは無意識の部分で感じ取っていた。
その為、オランも心を開く事が出来なかった。
「大丈夫だよオラン。そのうちに皆と友達になれるさ」
ジョースがオランの肩に腕を回しながら言った。
「いいんだ。僕、友達はジョースだけでいい」
「そんな寂しい事言うもんじゃないぜ。大人数でワイワイやるのも楽しいよ」
「……でも」
オランは自分が大人数の中で笑い合っている場面を想像した。
楽しそうだと思った。
しかしすぐに、自分では無理だという考えが浮かんで来た。
「でもじゃない。君は良いやつだよ。いつか必ず皆と仲良くなれる。大丈夫さ!」
ジョースは腕に力を込めた。
「……うん」
オランはジョースの腕に触れた。
自分の肩に回されているジョースの腕が、とても暖かいと感じた。
「オラン、もうちょっと大きくなったら、一緒に大陸に行ってみような。どうせならニューステイツに行こう。世界一の大都市だ」
「うん。でも、いっぱい魔物がいるんでしょ?」
「ああ。ぶったまげるぜ。何千何万って魔物がごった返しているんだ。いつもいろんな出店が並んでいて、いろんな美味しい物が食えるんだよ」
「……行ってみたいけど……」
オランは見た事の無い街というものを想像した。
いったいどのような食べ物が並んでいるのだろう。
食べ物を想像するのは楽しかった。
心から行ってみたいと思った。
しかしその直後、夥しい数の魔物を想像すると、途端に嫌悪感が全身を疾り抜けた。
「大丈夫だオラン! 街に行っても食い物の事だけ考えてりゃいい」
「……うん」
「さてと、モッさんか。会うの久しぶりだな。ちょいと行って来るかな」
ジョースが、オランから腕を外して立ち上がりながら言った。
「モッさん?」
オランが聞き返した。
モッさんとは、初めて聞く名前であった。
「そうか。オランはまだ会った事無いよな。モッさんは普段は遠くの海にいるんだ。身体がデカイからこの辺りの浅瀬までも来れないんだよ。いや、身体を小さくする魔法を使えば来れるって言ってたかな」
「そんなに大きいの?」
「ああ。とにかく身体が大きいんだ。あと口も大きい」
「何の魔物なの?」
「モササウルスの魔物だよ」
「モササウルス……?」
「見たことないよな。怖い見た目に反して親切なおじさんでね。いくつもの海岸に自分の絵が描かれた旗を立てていてさ、海を越えたい陸の生物がそこで待っていると、背中に乗せて運んであげてるんだって」
「優しいおじさんなんだね」
「その怖くて優しいおじさんが俺を呼んでいるらしい。ちょいと行って来る」
そう言うとジョースは、海へと潜って行った。
揺れる海面を、オランはしばらく見つめていた。
ーーー
ガララパゴス諸島から東の方角へ沖を進んだ海に、小さな木製の筏(いかだ)がぷかぷかと波に揺られていた。
その筏に、老齢の魔物が胡座をかいて座っていた。
長く伸びた白い顎髭が、海風にそよいでいる。
カメジ=ゾガメスである。
左手にひょうたんを持ち、右手にお猪口を持っていた。
波の揺れを全く気にする事なく、筏の上で平然と酒を飲んでいた。
カメジの目の前の海面に、巨大な魔物が上半身を出していた。
顔と口も、とにかく巨大である。
顔の大きさだけで、カメジをひと飲み出来そうなサイズであった。
モササウルスの魔物。
名を、モッサ=モサモッサといった。
モッサも、右手にこれまた巨大なひょうたんを持っていた。
そのひょうたんから、中の酒を直接口に注ぎ込んで美味そうに飲んでいた。
「良い酒だ」
モッサが恍惚の表情を浮かべながら言った。
「もっと味わって飲めやい」
カメジが、お猪口を口に運びながら言った。
軽く笑みを浮かべていた。
「うめぇんだから仕方あるめぇ」
モッサが、もう一度ぐびりと飲んで答えた。
こちらも軽く笑みを浮かべている。
「作るの大変なんだからよ」
カメジが言った。
どうやら、この酒はカメジが作っているらしい。
「隠居生活中の楽しみがあって良かったじゃねぇか」
モッサが酒を飲みながら言った。
「ふん。てめぇは相変わらず陸の奴の海渡りを手助けしてんのか」
カメジはお猪口を口に運んだ。
「おうよ。それが俺の生きがいだからよ」
そう言って、モッサはまた酒を飲んだ。
ふと、モッサの視線がカメジの背後を見た。
カメジの背後の海面に、灰色の三角形の背びれが突き出ていた。
その背びれが、カメジの左手側の海面で緩やかに止まった。
ぬぅっと、ジョースの顔が海面から出現し、微笑みながら声を出した。
「やぁ長老」
「おう。急に呼び出してすまぬの」
「いいさ」
そう言うと、ジョースは視線をモッサに移した。
「モッさん、珍しいねここに来るなんて」
「おうジョース。調子はどうだ」
「絶好調だよ」
「そうか。そりゃ良かった」
「モッさんは?」
「まぁまぁだ。まぁ飲めよ」
言いながら、モッサは右手に持ったひょうたんをジョースに差し出した。
「ちょ、そんなに飲めないって。ところで何かあったの?」
ジョースはひょうたんを拒否しながら言った。
「おう」
モッサはそう言うと、差し出していたひょうたんを自分の口に運んで酒を飲んだ。
そして、続けた。
「深海に棲むスクイーダってババァを覚えているか」
「覚えてるよ。5歳ぐらいの時に一回占ってもらった事があったと思う」
「おう。あの占いクソババァが、妙な事を言い出してな」
「妙なこと?」
「ああ。近いうちに、この辺りで強烈な光が発生するらしい」
「ふ〜ん。いや、強烈な光とか言われても俺分からないけど」
「そりゃそうだろう。誰だって分からねぇさ。あのクソババァだって予知の始めは曖昧な事しか見えん。だが……」
「……だが?」
「あのクソババァは予知能力を発動してから時間が経つに連れて細かい事まで鮮明に見えるようになるんだ。今日聞けば、もっと詳しい事が分かるかも知れん」
「ふぅん」
「だからおめぇがババァの所に行って詳細を聞いて来い」
「……えぇ。なんで俺が。モッさんが行けばいいじゃないか」
「うるせぇ。俺はやる事があんだよ」
「え〜……」
戸惑いながら、ジョースはカメジを見た。
その視線を受けて、カメジが口にお猪口を運びながら言った。
「強烈な光というのがどうも気になっての。ジョース、頼まれてはくれぬか。深海まで行けるのはお主しかおらん」
「う〜ん。まぁ、この島全体が関わる事だよねきっと。しょうがないなぁ。行って来るか」
「すまぬの」
「いいさ。で、いつ行くの?」
「今から行けるかの」
「え〜。急だなぁ」
ジョースが、やや不満そうに呟いた。
ーーー
ーーー
ガララパゴス諸島から南に進んだ海底に、マリアナイ海溝と名付けられた深い海溝があった。
その海溝をひたすらに下へ進むと、やがて暗闇の世界が広がって来る。
深海である。
その深海にある崖のひとつに、大きな岩の裂け目があった。
その裂け目が入り口の役目を果たしており、中は洞窟になっていた。
洞窟の内部が、明るく照らされていた。
大きな水晶が、光り輝いて洞窟内を照らしているのである。
その光る水晶を見つめる2体の魔物がそこにいた。
1体は、とにかく巨大であった。
体調18メートルを誇るモッサよりも、更に大きい。
巨大なイカに似た姿をしていた。
名を、スクイーダ=クラーケナといった。
巨大な数本の触手で、水晶を撫でている。
ギョロリとした淡く紅く光る巨大な眼球が、その水晶を見つめていた。
そして、スクイーダは呟いた。
「おや〜? 光の正体が分かって来たよ。これは面白い事になりそうだね。メグや、ちょっと来てごらん」
「何か分かったんですか?」
スクイーダに言われて、水晶の前に出て来た魔物がいた。
鮫の魔物であった。
姿は、ジョースに似ているが、こちらの方が身体が大きかった。
巨大鮫メガロドンの魔物。
名を、メグ=メガロドといった。
「この光、
スクイーダがにやりと笑いながら言った。
「……まさか。何かの間違いではありませんか?」
「なんだいあんた、私の占いにケチつける気かい」
「いえ、決してそんな意図で言ったのではありません。ただ、可能性として有り得ないのではないかと思いました」
「ふん。私だって信じられないさ。けどこうして水晶に映っちまってる以上はねぇ。本当に退屈しない島だねあそこは。イッヒッヒ」
水晶には、ぼんやりとした島が映っていた。
島全体を空中から眺めているような景色である。
その島の片隅に、朧げな光がぽうと灯っている。
「……黄龍の光だとしたら、また戦いが起こるのでしょうか?」
水晶を見ながら、メグが言った。
「さぁどうだろうね。いずれにしろ、世界を揺るがす大事件だよこりゃ」
「いつ現れるんですか?」
「5日以内かねぇ。いや3日以内か。いやでも分からないね。なんせ私も歳だからねぇ。昔のように正確に分からなくなっちまったよ。今夜かも知れないし明日かもしれないし5日後かも知れない。いつだろうね。イーヒッヒッヒ」
スクイーダが、水晶を見ながら楽しそうに笑っていた。
その時ふと、水晶に映っている映像がいきなり変わった。
「おやおや。メグ、良かったね」
「?」
「あんたの好きな男がこっちに向かってるよ」
「え?」
メグが、水晶を覗き込んだ。
あくびをしながら泳いでいるジョースの姿が、水晶に映し出されていた。
「……ジョース。やっぱりかっこいい」
メグが頬を紅潮させながら呟いた。
スクイーダが、やや冷めた眼差しをメグに向けた。
「そんなにかっこいいかい? 私にはマヌケ面にしか見えないけどねぇ」
「……え? かっこいいじゃないですか」
メグは顔を紅に染めていた。
心臓が高鳴っていた。
ーーー
ーーー
その日の夜。
オランはマイアの膝の上に座って星を眺めていた。
ふいに、オランが口を開けた。
「ねぇ母さん」
「なぁに」
マイアも星を見ながら答えた。
右手で、優しくオランの頭を撫でている。
「今日、蟹と魚を食べたよ。魚はジョースがくれたの」
「まぁ。ちゃんと食べられたの? 美味しかった?」
「うん。魚にはなんとかって栄養がいっぱいあるってジョースが言ってた」
「ふふ。そうなのね」
オランとジョースのやり取りを想像したら、マイアは何故だか笑えて来た。
何とも微笑ましい光景が頭に浮かんだ。
「今日僕が食べた蟹と魚が、僕を強くするんだってさ」
「ジョースがそう言ったの?」
「うん」
「そうだねぇ」
まぁ間違ってはいないなとマイアは思った。
「僕、強くなって母さんを守りたい」
「ふふ。ありがとう。オランは優しいね」
「そう?」
「うん。オランは本当に優しい子。私はオランが優しく育ってくれて本当に嬉しいよ」
「母さんは強い子より優しい子の方が好き?」
「どっちが好きとかじゃないの。強さと優しさは一緒じゃなきゃいけないんだよ。強さがあっても、優しさが無かったら周りも自分も不幸になっちゃうの」
「……そうなんだ」
「そうよ。だから私は、オランが優しさをちゃんと持っていてくれて嬉しいの。強さなら後から手に入るからね」
「……僕、優しいのかな」
「ええ。オランはとっても優しい子だよ」
「父さんも優しかった?」
「うん。あなたのお父さんもとっても優しかったよ」
「優しいのにどうしていなくなったの?」
「お父さんにはやらなくちゃいけない事があったんだよ。オランの顔だって見たかったはずよ」
「いつか会える?」
「うん。いつかきっと会えると思う」
「どうしてそう思うの?」
「そんな予感がするの」
「予感?」
「そう。予感」
そう言って、マイアは星空に夫の姿を思い描いていた。
自然と、笑顔になった。
笑顔の母親を見て、オランも微笑んだ。
「母さんは父さんの事が好きなんだね」
オランが、ふと言った。
マイアは、優しい眼差しでオランを見た。
「ええ。好きよ。でも、オランの方がもっと好きだよ」
「ふふ。僕も好き」
オランは、無邪気に笑った。
天には無数の星々が煌めいている。
波も風も心地良い穏やかな夜であった。
明日。
この島に大事件が起き、母と子が離れ離れになってしまうという事など、今の2人には知る由もなかった。
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