第二十二話 まだまだ修行が足りません
場面は再びレイフィルドへ。
長棒を構える。
獣魔族ライガが身を屈めた。まるで四足獣のように。大地が踏込みの力で砕ける。
姿がぶれて見えるほどの速度で突貫。
横に飛んで躱す。かろうじて間に合った。あまりの速度に冷汗が背筋を濡らした。
だが、それでも──
「なるほど」
動きの始点は見極めた。
舌打ちをした獣魔族が再び動き出す前に、長棒で突きを放つ。棒先が相手に触れた瞬間──衝波勁を発動する。
「くぁッ?」
ダメージは無くとも衝撃から動きの始点を止められて苛立つ獣魔族ライガ。
「クソがっ! ウザってぇなアッ!」
僕が突き出す棒先を払い除けようとライガが爪を振るうが、させない。
牽制の突きと衝波勁を入り混ぜてチクチクと攻撃する。
その攻防はしばらく続き戦闘が
「王女の親衛隊とは、エリートときいていたのですが……この程度の実力でなれるものなのですね」
その言葉に獣魔族の精鋭であるライガの額に血管が浮く。
「てめえ……ッ!」
「それは逃げ出した王女を今まで捕捉できなかったわけですよね。とんだ無能だ」
嘲笑。
「……殺してやるァア!」
強引に棒先を爪で弾かれる。常に相手に向けていた長棒が空を向く。
「死ねえェエッ!」
ライガが身を屈めて超速で突っ込んでくる──が、慌てず騒がず自らの身体を始点にして長棒を回転させる。その棒先は遠心力で加速され、獣魔族の足を捉える。インパクトの瞬間に衝波勁を発動。
ライガは自身の速度も手伝い盛大にすっ転んだ。
「これで終わりです!」
渾身の勁を込めた突きを放つ──が、
「なぁっ?」
それを容易く受け止められた。棒先を掴まれてビクともしない。
そして、──ライガの魔力が膨張していることに気づく。
ヤバ──
状態変化03
掴まれた長棒が変化する。一定間隔で九節に分かれ──中に仕込まれた勁の鎖で連結された九節棒になる。
掴まれていない反対側の棒先で突く。
ガードされるが問題ない。意識が逸れたその一瞬に、もう片側から衝勁を放つ。相手の手が弾けた。嫌な予感に突き動かされて、距離をとりつつ、九節棒で乱打する──
──が、
オオオオオオオオオオ──ッ!
魔力を伴った咆哮に全て無効化された。
ライガの姿が変わる。
膨大な魔力が獣魔族の身体を内部から変貌させていく。
その姿はまさしく百獣の王である獅子だった。
ざっとした目算だが、戦闘力は僕の五倍はある。
「これは、マズイかもしれませんね」
冷汗が顎をつたい流れ落ちる。
「お前……、楽には殺さねぇぞォッッ!」
完全にキレていらっしゃる。
怒りで我を忘れて攻撃が雑になってくれれば勝機はあるかも?
そう自分を慰めた時だった。
ライガが目の前から消えた。
否。
目に写らない速度で攻撃に移られたのだ。
「──くぅっ!」
僕は勘のみを頼りに、倒れ込むように横へ跳んだ。
轟音と衝撃。
爆風が僕の身体を木の葉のように吹き飛ばした。
化勁を駆使して衝撃を大地に逃しながら立ち上がる。
ライガは拳を大地に突き刺した状態で視界に映った。
その一撃は大地を砕き、僕の勝機があるかもという希望をへし折った。
近づかれたら終わる。
恐怖に突き動かされて九節棒を振るう。初手から自身最大の攻撃をぶつけることしか考えられない。それで倒せなければ、──終わりだ。
呼吸で取り込んだ体内の魔力を全て勁に練り上げ、それを高速循環──九節の先端に集約させる。
剛羅貫尖撃衝
棒術の奥義である。
──だが、無駄であった。
ライガは攻撃を避けることもせず、身に纏う魔力圧だけで無効化した。
「うそでしょ……っ!」
ライガの攻撃。
「うらァっ!」
肥大化した鋭い爪がこれでもかというほど繰り出される。
僕が生きているのは、楽には殺さないという宣言通り、猫が鼠をいたぶるように弄んでいるからだ。
このままでは死んでしまう。
だが、自分の魔力量では、相手を傷つけることすらできない。
それでも、ひとつだけ瞬間火力を大幅に上げる手段がある。
師匠から授かった体内の
すると、どこぞの竜クエストに存在する──炎と氷、相反する呪文を対消滅させ純粋な対消滅エネルギーの塊を生み出す極大消滅○文のように圧倒的な火力を生み出すことができる。
ただし、聖力と魔力は、水と油よりも相性が悪い。
混ぜるな危険と表記のある塩素タイプと酸性タイプの洗剤を混ぜるよりも危険だ。
あまりに膨大なエネルギーに身体の内側から決壊してしまう。
だが他に完全獣化したライガを倒すほどの大火力を生み出す手段がない。
そもそも武技魔法は継続力に優れるが、瞬間火力に劣るのだ。
理由は簡単。
空気をいくら吸っても酸素を一定以上溜めておけるわけではない。それと同様に、魔力を勁に変換して循環させているだけで、──集約はできても貯めてはおけない。だから勁を貯蔵させておく魔道具ができれば画期的だったのに──いや、あるやん──勁。
懐には破壊僧アニーが込めた膨大な勁が充填された魔道具がある。それも二つ。
いや、勝てるやん僕!
攻撃手段が確立された今、もともと身に纏っていた勁は身体運用に全てを傾けることができる。軽身勁を利用した高速移動術を行使する。
迅勁
武器を手放すなど、僕の主義に反するが。
両手に貯蔵魔道具を持ち、カチ合わせることで砕く。解き放たれる膨大な勁。それを両掌で操り、螺旋を描くように球状に凝縮する。
キィイイイィイイイィィ──ッッ!
超圧縮された勁はまるで鬼が
──ゼロ距離で敵に叩き込む衝波勁の絶技。
「鬼哭螺旋双波掌」
それは鉄壁であった相手の纏う魔力を容易く貫き、相手を粉砕した。
「グオオオオオオオオ──ッッ?」
獣魔族の背後の大地が衝撃から放射状に抉れた。
そのことに思わず舌打ちをした。やはり達人級の奥義を扱うには自分はまだ未熟であったようだ。衝波勁を集約しきれず、ほとんどの威力が相手の背後に流れてしまった。本来であれば大地を抉った破壊力も相手に叩き込まれるはずだったのに。
だが、それでもライガを倒すには十分であったようだ。倒れ伏した獣魔族に歩み寄る。
「不完全だったとはいえ……これを受けて生きてるなんて、バケモノ並みに頑丈ですね」
放り出した武器を拾い、トドメを刺そうとしたところに──
「──あぶらっ?」
横から衝撃波。
あっけなく吹き飛ぶ。この体験は過去にもしたことがあると、半ば反射的に化勁で衝撃を大地に逃がす。
確信を持って自分を攻撃してきた者の名前を呼ぶ。
「ア・ニ・ィー?」
「ふぇええっ」
起きあがって視線を攻撃元に向けると、案の定──転んで泣いている破壊僧アニーがいた。
「あなたは毎回毎回、──反省という言葉を知っていますか?」
こんこんと説教する。
「せっかく倒したのに、頑張ったのに……」
うるうると涙目のアニー。頑張ったのに、すっごいすっごい頑張ったのに……と超落ち込んでいる。
ため息、魔族を撃破したのは事実である。そのことを褒めようと手を彼女の頭に伸ばした。
涙が引っ込みワクワク顔のアニー。
だが、その手が彼女に届くことはなかった。
背後の動く気配に、即座に振り返る。まさかあのダメージで立ち上がっのか?
背後では、アニーを相手にしていた悪魔族が獣魔族を助け起こそうとしているところだった。相手の表情がヤベェ
「……は?」
目が点。状況が飲み込めなかった。
「倒したと言っていませんでしたか?」
「倒しましたよ?」
「ピンピンしてるみたいですが?」
「回復魔法かけましたし」
アホか!
アニーへのツッコミを省略し、九節棒で即座に攻撃をしかける。蛇が獲物に襲いかかるが如く鋭い一撃であったが──遅かった。避けられて空へ逃走される。
そのまま魔族領へ超高速飛行。あっという間に視界から消えた。
「ああ、せっかくの魔族撃破という手柄が」
がっくりと崩れ落ちる。
「あの、まだ褒めてもらってないですよ? ここぞとばかりに褒めてくれてもいいんですからね?」
この状況で、こんなことを宣える彼女はホントにすごいと思う。
あまりにうるさくまとわりついてくるので、根負けして彼女の頭を撫でる。
まあ、アニーが敵を一人受け持ってもらえたからこちらも戦うことができたし、なにより僕が勝てたのは彼女が魔道具に勁を込めてくれたおかげである。そう考えると生き残れたのはアニーのおかげと言っても過言ではないのだ。
「今回はよく頑張りました」
「はい!」
魔族姫誘拐、また親衛隊という実力者撃破の手柄こそ逃したが、ミッションは無事成功。
とりあえず、魔族の哨戒に絡まれる前に退却しよう。
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